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華の龍とモブの巫女。  作者: 友坂 悠


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10/23

花蓉。

 ◇◇◇


 玉后宮に来た時とは違う、朱塗りの輿。

 すでに先ぶれは出してある。

 こちらには参られぬ皇太子の名代として赴く小凛。


 もともと招待されたのは小凛の方ではあったけれど、一女官が上級妃に招かれたとてそう気軽に応えて良いものでもないから、このような形式でも拵えなければ難しい。

 あれだけの短い会話の中でそこまで考え答えた小凛に対し、花蓉は満足そうな表情をみせていた。


 彼女が何のために小凛を呼んだのか、それがはっきりわかっているわけではない。


 それでも。


 わかりたい。

 そう思ってしまった。

 彼女のことを、ちゃんと知りたい。と。


 彼女に聞きたかったことが、わかった気がする。

 とそう龍月には言ったけれど、まだちゃんと言葉にすることはできなかった。

 それでも、彼女に対して感じていた違和感は、もう解消していた。

 同情、ではない。憐憫、でも無い。そんなものは烏滸がましい。

 きっとそれは、共感、に、近い感情なのだと小凛は思う。

 彼女の過去と、彼女の未来を、心の奥底の瞳で感じて、そしてそれに自分を重ねてしまっている。

 だから。


 “友達になりたい”

 そう素直に言葉にしたのだと、今ならわかる。



「お待ちしておりました。こちらへ」


 花蓉宮の女官の出迎えに、小凛は輿を降り軽く礼をする。


「お出迎え感謝いたします」


 それだけ言って、あとは彼女の後ろをついて行くだけ。


 伏し目がちに廊下を行くと、途中で小燕の姿を見かけた。他の下女とともにこっそりこちらを覗き見ている。


 目を合わせなくてもわかる。

 不思議そうな顔をしている小燕。


 綺麗にお化粧をし、髪も亜麻色に染めて。そして上等な薄い生地のキラキラに光る羽織を纏っている小凛を、いつもの小汚い宦官服のショウリンだと見破る女官も下女もいなかった、けれど。

 ショウリンの顔を見慣れ、その顔が実は可愛らしいのだと、そう気づいている小燕にだけは――。

(隠しきれないかもしれない、ね……。どうしようか、ごまかそうか……)

 困惑の色。濃い紺と深い灰色が混ざって渦巻いている。そんな色が彼女からは見える。


 もしも彼女にショウリンの本当の姿を知られでもしたら……。

 そう思うといたたまれない。

 きっと、それまで通りにはいられない。

 小凛が、ではなく、小燕の方が、距離をとってしまうだろう。

 そんな未来が見えすぎて、嫌だ。


 だから――


 バレちゃいけない。

 絶対に小燕には。


 バレる訳にはいかない。

 自分勝手な話だとは思ってはいる。

 わがままだとも思ってはいる。


 それでも、小燕との関係は、まだ、壊したくはなかった。


 ◇◇◇


 長い廊下を通り過ぎ、最奥の間に通された。

 朱色の欄干の端には、大きな太い朱の柱。

 それが左右に二本建っていた。

 まるでここからが宮殿の本番かとでも言いたげな大きな扉をぎいっと開く女官に促されるように中に入ると、正面の椅子に花蓉妃が座ってこちらを見ていた。


 両手を胸の前で交差し、礼をする。


「お招きいただき、ありがとうございます」


「いいのよ。そう堅苦しくしなくても。さあ、こちらにどうぞ」


 花蓉妃の前には艶のある紫檀の卓。

 花蓉とちょうど対面になるように置かれた、背に薔薇の透かしが彫られた椅子に腰掛けて、小凛は改めて花蓉に声をかける。


「して、本日はどういったお話でしたでしょうか」


「ふふ、特に、ないわ。ただあなたに興味があっただけ。いけないかしら?」


 妖しい瞳がなめるようにこちらを見る。

 花蓉からは赤いマナが溢れてる。

 でも、その色はとても薄くて、感情が濃く吹き出しているのとは違っている。

 怒った人のマナは赤黒くなるけれど、そういうわけでもない。むしろ、気分が高揚している時の色に似ていた。


(もう、遠慮のない目。やっぱり私のことをあの時のショウリンだと気づいているのかしら……。ううん、気がついていると言うより、そうだったら面白い、そんなふうに思ってそうだ……)


「いけない、ことはありませんわ。私(わたくし)の方こそ、花蓉様とはお話してみたいと思っておりましたし」


「なら、よかった。あなたもしかして紅(こう)の一員なの?」


「え!?」


 いきなりのことにたじろいて。

『紅』と言うのは龍の手足とも呼ばれる皇室の密偵部隊の名前だ。

 龍月が数人の『紅』を後宮に放っているのは知っている。

 時々、小凛のところにも伝令として現れたりもする、けれど、基本は神出鬼没な人たちだ。


「図星?」


 イタズラっぽい声でそう囁く花蓉。


「い、いえ。私なんかがそんな、烏滸がましいです……」


 彼女らはそれこそ龍の手足としてどんな危険な任務もこなす。とても真似のできる存在じゃない。そう頭を大きく振って否定する。


「ああ、でも、“紅”のこと知ってるのね」


「それは……、役割方、です……。接触することもありますし……」


 皇太子の付き人であれば、そう言う機会もある。

 それくらいは当たり前として話してもおかしくはないだろう、けれど。


「ふーん。でもその割にあなた、変装が得意よね?」


「いえ、そんな」


「だって、この間あった時は、白銀の髪で腹掛け一枚だったじゃない」


「!!」


「あの時、あんな見窄らしい服を着て誤魔化してたけど、昨日あなたをみて納得したのよ。あれは仮の姿、なのよね?」


 もう完全に疑ってない。

 小凛がショウリンだって、確信している。

 そんなセリフに、しょうがないなぁと覚悟を決めた。


「私は、この後宮を浄化するために、お掃除をしていただけなのです……」


「ふふふ。そうだったのね。あなた、浄化ができるの!?」


「ええ、少しだけですが……」


「そうなのねー。てっきり皇太子の命令で後宮を探るためにあんな見窄らしい格好で誤魔化しているんだと思っていたわ。お掃除をするため、だったのね?」


「ええ。実際に掃除をすることで、澱んだ闇を掃き出して、浄化してるんです……」


「ふふ、それで納得したわ。あなた、姫巫女ね? 姫巫宮の」


「どうして……」


 まさかここまで言い当てられるとは思ってもみなかった。

 隠しきれない動揺が、自分の気となって溢れてしまっているのがわかる。

 いくら自分で明かしてしまっても構わないとそう思っていたとしても、向こうから言い当てられてしまうのは想定外、だった。


 それも、姫巫宮の関係者、といった風でもなく、完全に姫巫女だと確定する言い方で。


 確かに。小凛は環の国からやってきた、人質皇女だった。

 籠の鳥。

 誰ともあわず、誰とも会話せず、姫巫宮に引きこもって過ごしていた。

 龍月にそこから救い出してもらうまでは……。


「柳家の娘には、代々霊感のある子が生まれてくるの、わたくしもそう。少しだけ、人には見えないものが見えるのよ。だからね、あなたの色は、見間違えないわ」


(え!? もしか、して……)


 花蓉には小凛と同じようなチカラがある?


 それならわかる。それでは仕方がない。


「以前、お会いしたことがあったのでしょうか……」


「そうね。あなたが環から到着した、その日だったかしら。環の使者に連れられ玉后宮から姫巫宮まで歩いていらっしゃったのをお見かけしただけ、ですけれど」


「では、湯殿では……」


「ふふ。どうしてあの時の姫巫女がこんなところをお掃除しているのかしらって、不思議に思っていましたよ」


 もう、その時点でバレていたのか、と。


「では、『紅』ではとおっしゃったのは?」


「そうね。もしかしたら、紅になれば籠の鳥も自由になれるのかしら? って、そんな希望がふっと頭をよぎったからかしら」


 確かに。

 小凛であっても、紅ではないにしろ、龍月のおかげでこうして自由に出歩けるのは間違いがない。それがたとえ後宮内限定であったにしても。


「そう、ですね。花蓉様も、自由でいたいですか……?」


 上級妃という立場、それが花蓉を縛り付けているのであれば、少しでもなんとかしてあげたい。そう思ってここにきたはずだった。


 でも。


「自由、は、夢だけど、わたくしには少し難しいわ。柳家を裏切る真似だけは、できませんもの……」


「では、どうして龍玉をお隠しになったのですか? あれは柳家の宝なのではなかったのですか?」


 そう。ここに至って、小凛は確信していた。

 失せた龍玉を隠しおうせた可能性があるのが、花蓉だけであることに。


 女官長らが留守だった、あの夜なら可能だということに。



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