龍。
「こっち、この中だよ唯月!」
「ふむ。鍵がかかっているな。壊すか」
「ダメだよ唯月!! 壊しちゃだめ」
「しかし、この中なのだろう?」
「もう、物は壊しちゃったらもう治らないんだよ? ダメ、ダメなの」
「ではどうする?」
「うん、ちょっと試してみる」
唯月に抱かれたままだった小凛。彼の腕からするするっと逃れ降り、そのまま入り口の鍵穴を覗き込む。
「これなら――」
女官の装いになっていたのが幸いしたか、髪をまとめてあったピンを一本抜くと、それを少しだけ曲げ鍵穴に差し込んだ。
鍵の中の様子は精霊たちが教えてくれる。
だから。
指先を器用に動かすと、カチン、と鍵が開く音がした。
「開いたよ、唯月!」
振り向き唯月をみる。多分、顔がだいぶんと綻んでいるのがわかる。
「ああ、器用な物だな」
「ふふ。精霊が助けてくれるから」
「そうだな。お前はあれらに愛されているからな」
「え?」
「お前ほど、精霊たちに愛されているものもいないっていうだけの話だ」
「そうかな? でも、ありがとう」
ほおがにやける。
でも、今はそんな気持ちになっている場合じゃなかった。
「急ごう。中にきっとあの綠桜さんと龍玉がいる」
中に飛び込むと、奥の部屋に綠桜がいたのがわかった。
しゃがみこんで、放心している?
「綠桜さん!」
小凛は駆け寄って、そう声をかけた。
綠桜はお腹に龍玉を抱えている。
(って、これ、もう産まれそう)
花蓉の言葉を思い出す。
この龍玉には、先代花蓉の子供の魂が宿っていると。
龍帝と、花蓉妃の子。次代の龍帝となるべく産まれてくるはずだった子供が。
龍玉の毒はキュアが随分と浄化してくれている。
(キュアだけで、どうやって?)
一瞬そんな疑問も浮かんだけれど、考えている余裕はなかった。
「ああ、天使か。その格好もやっぱり似合うな」
こちらに顔をあげ、綠桜はそうはっきりと言った。
放心、しているのとは違う。
彼は望んでこうしている?
(どうして?)
「綠桜さん、それは危険です。離して」
「ん? まさかお前まで邪魔するのか!?」
「え、邪魔? ううん、私はただ……」
「いい、ほっといてくれ。俺は……」
「ああ、ダメだな」
「え? 唯月?」
「こいつはダメだ。もう完全に龍玉に取り憑かれてる」
「取り憑かれてるって……」
唯月は綠桜を見据え、言った。
「――龍玉が宿主としてこいつを選んだということだ」
「だって、そんなの!」
「人の手には余る龍玉を、このままにしておくわけにはいかない!」
唯月の瞳が真紅に変わる。右手を掲げ、そこに真那を集めて。
「まあいい! 無理矢理にでも“それ”を回収する!」
唯月の右手に光が集まって、それはくるくる、くるくると螺旋となった。
「だめ! 唯月!! 待って!!」
「いや、待たぬ。これはこの場で回収するしかないのだ!」
「うだうだうるせー。これは俺のだ! 誰にも渡さねえ!!」
振り向き、唯月の顔をキッと睨む綠桜。
その時だった。
龍玉が、ピカリ、と、またたいた。
◇◆◇
その時、紫微城全体が揺れた。
綠桜の抱えていた龍玉が激しく瞬き、天へと伸びる。
龍だ。
龍が昇っていく。
どうして。
後宮のどこからもそれは見えた。いや、紫微城全体からか。
人々はその異変に驚愕し声をあげた。
龍の影は光となって天に昇りつめる。
次の瞬間、夜の空に漆黒の龍の姿が浮かび上がった。
香嬪宮を起点に天空に伸びる巨大な龍は、ギロリと地上を睨め付け、その場に鎮座する。
それは、漆黒の、闇よりももっと黒い、龍の形。
月がなければ夜の空に溶け込んでいたかもしれなかった。
◆◇◆
バリバリという音と共に納戸の天井が破れ、香嬪宮が騒然となっている。
「一旦引くぞ」
「え、だって」
「このままでは面倒だ。掴まれ」
小凛を抱きしめると、そのまま宙に浮く唯月。
納戸の屋根の上まで飛ぶと、すたんと着地し呼ぶ。
「こい! 飛飛!」
どこに隠れていたのか。その声に呼応するようにバサリと大きな羽音を響かせ現れる、大梟。
来た時と同じようにその脚に掴まると、大空に舞い上がる。
「綠桜は――」
「あれは龍に呑まれた。あれを孵す糧となったのだろう」
「ううん、違う、ほら、みて、龍のおなかのところにキュアがみえる。キュアが繭のように何かを護ってる。綠桜はきっとあの繭の中だよ。まだ、生きてる!」
「そうか」
「助けよう、唯月。綠桜を助けなきゃ」
「今は無理だ。一旦引く」
「そんな、唯月」
「なに、出直すだけだ。玉后宮にいくぞ」
◆◆◆
「陛下! 不測の事態に備え、紫微城全体への兵の配置が終わりました。あとは後宮ですが……」
「そうか」
「どうか後宮への兵配備の許可を頂けませんでしょうか。あれは後宮上空にあります。このままでは何も手が打てません」
「後宮上空か。将軍、あれは其方の娘、香嬪妃の宮殿から伸びているではないのか。龍玉を盗みおったのは其方の手のものであったということか」
「何をおっしゃります、大臣。そもそもが花蓉宮の管理不行き届きなのではないですかな。あのような闇の龍が孵るほど魔素が溜まった龍玉など、誰が欲しがるというのでしょう」
紫微殿の帝の間で言い合う柳儀耀大臣と孫武威将軍。政を司る柳家と武を司る孫家はこの華国の両輪。
その二人が言い合う姿を龍帝は冷めた瞳で眺めて。
「とうとう、産まれたのだな……」
龍帝はそう、小さく呟いた。




