宦官。
目覚めた場所は、以前泊まった玉后宮の客間、だった。
なぜか小凛は宦官服ではなく、女官用の着物に着替えさせられていた。
(紅の人?)
自分をここに運ぶために、どこかで素早く着替えさせてくれたのだろうか?
確かに、宦官のままではこんな豪華な客間に入る事さえ難しい。
「なるほど。その宦官が」
「ええ、龍玉のそばにいたのは間違いないと思うのです」
「綠桜、か。聞いたことはあるが」
「とても美しい方でした。というか、あれはもう女性の中に混じったら宦官だとは思われないでしょう」
「それほどか」
「その美貌は上級妃にも引けを取らないほどでしたから」
「なるほどな。宦官たちも彼のことを気にしていたようだったな」
「皆に愛されているのでしょう。慕われている様子でした」
「しかし、そんな人間がなぜ龍玉に関わっている?」
「小燕の話では、香嬪宮つきとのことでしたから、もしかしたら龍玉はいま香嬪宮にあるのかもしれませんね。私は上級妃の宮には勝手に入れませんから、だから気がつかなかったのだと思います」
「そうだな。玉后宮であれば宦官が出入りしても咎められないが、上級妃の宮殿では話が違う。帝でさえ前触れなしに訪ねる事さえできぬ場所だからな」
上級妃の宮殿はある意味治外法権が認められていた。
各地の有力者の娘が住まう場所、として、それらの有力者の権力が及ぶ場所、であったのだ。
「香嬪宮は孫武威の娘だったか。孫家はこの華国の武力をまとめる家。龍帝に忠誠を誓ってはいるが、だからこそないがしろにはできない」
「中に赴く方法は、ないですか?」
「紅を潜り込ませることができぬわけではない。しかし、お前を直接行かせるのは危険だな……」
「でも、私がいかなければ……」
龍玉の浄化はできない。
龍玉は、宝物庫から出て後宮の空気に触れたことで、魔素量が増えているのだろう。
闇を吸収し、どんどんとその毒を増やしている。
そばにいるだけで綠桜があそこまで蝕まれたのだ。
危険だ。
一刻も早く見つけ出さなければ。
焦りが心をしめ、気持ちが落ちる。
「そうだな。まずはその綠桜から事情を聞くとしようか。危険な毒のそばにいたに違いないのだ。何か感ずるところでもないかどうか。そこからだ」
◇◇◇
「そういえば、私、李陽さまの前で力を使ってしまいました……」
「ああ、それなら『ショウリンは私の元で気功術を習わせていたから、それを使ったのだろう』とごまかしておいた。『まだなれていないため、気を使い果たし倒れただけだから心配するな』ともな」
いたずらな少年のような顔で、そう笑う唯月、いや、龍月。
小凛も今日は女官服なので、シャオリンとなっている。
「お食事をお持ちしました」
扉の向こうで女官の声がする。
(麗旻さま?)
先日の玉后宮の女官。麗旻だった。
今夜はこの間のようなお顔ではなく笑みを浮かべている。
(お食事を運べて嬉しいのかしら……)
なんにせよ機嫌が良いのはいい事だ、と、立ち上がり扉を開ける。
「ありがとうございます。麗旻さま」
「あら、またあなたなの?」
小凛をみるなり表情が曇る。
「ここからはわたくしが運びますわ。ありがとうございました」
そういって膳を受け取る。
少しつまらなそうな顔をした麗旻だったけれど、背後に龍月がその様子を見ている事にきづき、諦めたようだ。
「それではこちら、お願いしますね。本日は二食分とのことでしたけど、一つはまさかあなたの分?」
「ああ、御免なさい。どうやらそのようです……」
申し訳なさそうな顔をして、小首を傾げる。
「まあ、いいわ。じゃぁわたくしはこれで」
よかった。
彼女の心の色まで曇らなかった。
そう安堵し食事を運ぶ。
今夜のおかずも美味しそうだ。
でも、二人分も……。
とても二人でも食べ切れる量じゃないのを確認し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。




