手当。
高級官吏である唯月は紫微殿勤めの官吏なので、普段は後宮にはいない(ということになっている)。
李陽も高級官吏であるけれど、彼はもっぱら後宮宦官の責任者という立場にいる。
玉后宮に隣接された直房は、彼李陽の執務室でもあり、そして九品の宮殿に住まう部屋住み宦官以外の者が寝泊まりする宿舎でもあった。
「なあ、ショウリン。お前本当に医療の心得があるのか?」
「ええ、少しだけですけど、唯月様に習いましたから」
「そうか。唯月様は多才なお方だからな」
「そうですね。色々なことがおできになりますから」
李陽が小声で話すので、小凛もまた小声で返した。
宦官の中では唯一唯月が誰なのかを知っている人物。それがこの李陽だった。
ショウリンのことは、唯月直属と思っている。ひょっとして密偵か? とも考えている節があり、ショウリンのすることを邪魔したりしない。
(その分助かってるんだけどね)
後宮の中を割と自由に歩き回れるのも、唯月と、この李陽のおかげでもあった。
大路を行き直房にたどり着く頃には、大勢の見物人の人だかりができていた。
暇な女官の間では、この綠桜は本当に注目の人物だったのだろう。
興味深げで、心配そうな、そんな色で取り囲んでいる。
(アイドル、みたいな感じだったのかな、彼は)
男にも、女にも、慕われているなんて。
人とあんまりかかわらない自分にはよくわからない世界。
羨ましい? うん、これだけ慕われたら嬉しいだろうね。そんな風にも考える。
(私には縁のない話だけれど……)
そうひとりごちた。
宿直室に綠桜を寝かせ、彼を診察しようと声を掛ける。
「すみません。私はショウリンと言います。少しだけ医療の心得がありますから、あなたを診察させてください」
「ああ、構わないけど……。っていうかあんた本当に男か?」
「ばかやろう、この人はお前を診てくれようってんだぞ? そんな言い草はあるか」
「悪い、李陽さま。いや、俺ならもう大丈夫だから」
「大丈夫だから、じゃねえ! お前は通りでバタンと倒れたんだぞ? しっかり見てもらったほうがいいに決まってるだろ?」
「ああ、そうか。すまねえ。なあ、あんた、頼めるか」
「ええ。じゃぁそのままにしててくださいね」
小凛は寝ている綠桜の胸に手のひらを当てた。
周囲からは、心の鼓動でも測っているようにしか見えなかっただろう。
でも。
(これって……)
綠桜の胸からは、龍玉の闇と同じ、漆黒の闇を感じて。
それが彼の体を蝕んでいたのだった。
手当。
小凛の手のひらから直接金色の粒子が溢れ出た。
もちろん、普通の人にはそれはふんわりとした光が見えるだけであったのだけれど。
「お前、それは……」
「緊急事態です。唯月様の名前にかけて、内緒にしておいていただけたらありがたいです」
「ああ。そうか、そういうこと、だよな……」
部屋には李陽と綠桜だけ。
他のものはこの場にはいない。
だからこそここまで大胆にも慣れたのだけれど、それだけではない。
いま、この場で浄化しないと命に関わる。
小凛はそう判断したからこそ、の、行動だった。
「お、俺は……」
小凛の手のひらから放たれる光を直接胸に浴びるうち、身体が楽になったのだろう。
「これは、奇跡、か……」
自分の体の具合の悪さは自分が多分一番よくわかっていたのだろう。
もうこのまま死んでしまうのか、とさえ思った苦しみが、癒えていく。
(頰にも随分と赤みが戻ったみたい。これで、大丈夫……)
綠桜と引き換えに、顔色をなくしていくショウリン。
血の気がひく。スーッと頭から血が下がっていくような、そんな感触を覚えたかと思ったら、意識をなくしていた。
「ショウリン!!」
李陽がそう叫ぶ声だけが、どこか遠くに聞こえていた。
◇◇◇
「無理するなとあれほど言ったろうに」
はっと気がつくと、目の前にあるのは唯月の顔のドアップ。
「あ、私……」
「倒れたんだ。お前は。自分の真那もつきかけていたのに、他人のために力を使ったんだろう。しょうがないな」
「え、だって……」
「驚いたよ。紅から連絡がきたときは」
「紅、って、彼女たち……」
紅たちはそれぞれ忙しくしているはず、なのに。
「お前のそばにも常に一人おいてある。何かあったときのためにな」
(え……。それって今までも、ずっと……?)
ずっと監視されていた?
ああ、でも。
だからなのかと納得もする。
今まで、何かがあったときはいつも偶然のように唯月がそばにいてくれた。
(あれって、偶然じゃ、なかったんだ……)
困ったときにはいつも唯月がいた。
それは、とても嬉しくて、すごく、ありがたくて。
温かい気持ちになったものだった。
でも。
申し訳なく感じて。
自分のために、紅が一人常にそばにいる、だなんて。
監視されてる、のでは、ないのだろう。
唯月はいつも小凛のことを気にかけてくれている、という証。
「御免なさい。唯月……」
「あまり心配をかけるな。お前には俺がついているんだからな」
その言葉に、小凛はそっと目を伏せ胸に手を当てた。
彼の言葉が胸にしみて、温かい気持ちがオレンジ色の真那となって溢れてしまうのを、止められなかった。




