綠桜。
「ふふふ。でも小燕が元気になってよかったよ。泣いて私の前に現れたときは、本当に心配だったから」
「ごめんね、ショウリン。あのときはね、例の宝玉が盗まれたばっかりで、箝口令? が引かれてて。それも、あたしが宝物庫から運んだ時に発覚? したもんだから、あたしのせいになりそうで、怖くて怖くて」
「そっか。ほんと大変だったんだね」
「二人一組で行動するように梅香様に指示されてたんだけど、あれってお互いに監視? しろって事だったと思うから、それも怖くって」
「それは、嫌だね……」
「もう数日の間、生きた心地がしなかったのよう……。でも、やっと公になったから、ちょっとみんな気が楽になったみたい。龍帝の直属の部隊が捜査を始めたって話も聞いたわ」
「そっか。早く解決するといいね」
「うん。本当にそう。早く宝玉見つかって欲しいなぁ」
いつもの日常。
いつもの朝のおしゃべり。
悲しい顔をした小燕はもういない。
それだけでも、噂を流してよかったと、小凛は思っていた。
花蓉に出した手紙にも返事が返ってきた。
「わたくしはもちろん構いません、もしそれで罪に問われたとしても……」
って物騒な返事だったので、慌ててもう一度シャオリンとして会いに行った。
そこで「そんな事にはならないから」と何度もなだめてみたけれど、逆に泣き出してしまった花蓉。
彼女の心が落ち着くのを待って退出したけれど、それでも。
(この件、本当に早く解決してあげないと)
と、思わずにいられなかった。
増員された紅との顔合わせは姫巫宮で行われた。
皆、どこにでもいるような女官に変装をしているから、本当の顔はわからない。
何処と無く誰かに似ていて、かといって誰でもない。
これこそが本当のモブの技なのだと、そう感じた。
(私もこれくらいの変装術を覚えたほうがいいのかな……)
いつまでも幼いショウリンではいられない。
二年、三年と経てば、全く成長する気配のないショウリンは逆に怪しまれるかもしれない。
小燕とこの先ずっと友達でいるためにも、年相応に成長する姿を見せていかないといけないのだろう。
そんな風にも考えて。
◇◇◇
「そうか。紅が動員されたか」
「はい。帝が直接指示をなさったとか」
「ふむ。しかし、龍玉が盗難にあったとは」
「こちらは間違いないようです。花蓉宮の女官長梅香からも報告がありましたから」
「そうだな。“あれ”の本当の価値がわかる者など、花蓉宮にはおるまいと思っておったよ。人の身には余る“あれ”など、宝物としての価値などないのだから」
「しかし、盗まれたままにもしておけません」
「ああ、そうだ。あれは我が家の宿願。取り戻さねばなるまいな。たとえ陛下とて、のうのうと差し上げる訳にもいかぬ」
「では」
「ああ。柳家の秘者、暗香影を送れ」
「かしこまりました。それでは梅香に渡をつけましょう」
◇◇◇
祠から龍玉を持ち出した犯人を探す。
これは、とても難しい事なのかもしれない。
後宮中を歩き回りながら龍玉らしい闇を探す小凛は、それらしい闇が見つからず途方にくれていた。
(闇が多すぎるんだもの!!)
見つけしだい浄化して歩いていても、次から次へと闇は湧いてくる。
そもそも後宮中の浄化は難しいと思っていたのに、ここまで捜索範囲を広げてしまうと身体中の真那が尽きたのではないかと思われるほどの疲労感が襲ってくる。
「そこらの闇などほっておけ。今は龍玉の気配を探すことに注力すべきだろう?」
そう言う唯月に。
「でも、見つけたら放置なんてできませんもの」
と反論してみせた、けれど。
「無謀なことを。まあ、本当に無理はするな。俺はお前の体のほうが心配だ」
普段よりももっと顔を近づけて、心配だと言ってくれる唯月。
(ああ、本当に、唯月の言う通りだった……)
気持ちははやる。目の前の闇もほっておけない。でも、やっぱり真那の枯渇には逆らえない。
フラフラと倒れそうな体を押して、一度帰ろうと主要路に出た所、だった。
「おい! 大丈夫か!!」
「誰か、誰かいないか! 綠桜が、綠桜が倒れた!」
「誰か、診療所へ行って薬師を連れてきてくれ!!」
「馬鹿言うな、俺たちは宦官だぞ! 薬師なんか来てくれるものか!」
「しかし、このままじゃ、綠桜が、死んじまうよ! こんなにヒョロっこいのに、すごく具合が悪そうだったんだ」
「おい、起きろ、起きろよ、綠桜、頼むから……」
数人の宦官が輪を作っている。
中央には誰かが寝かされている? ううん、倒れている!!?
遠目に女官たちが見ているけれど、誰も宦官には近づこうとしない。
まあ、それはそれで、しょうがないか。
そう思って声をかけた。
「すみません、誰か具合が悪いのですか!!?」
小さな体が幸いし、人垣の隙間をすり抜けていくと、そこには……。
まるで女性のような、そんな美麗な人物が倒れていた。
女性のようなと言うのは、その人物が着ている着物が明らかにショウリンと同じ宦官服であったから。
地位の区別。
そのためだけに設えられた、灰色の、一眼で宦官だとわかる衣装。
華美なところは一切なく、模様もなく、ただただ灰色の一枚生地を裁断し縫い付けただけの、そんな着物。
しかし。
袖から見える腕も、裾から見える足も、白く、産毛さえも見えないほどつるつるで、うっすら覆った脂肪が柔らかそうに見えて。
骨ばってもいない、そんな手足。
(これは……。この人は本当に男性、なんだろうか……)
小凛にしてさえそう思わせるその姿に、一瞬唖然としてしまった。
「おう、お前、ショウリンか」
「はい、李陽さま」
「ああ、お前なら……、唯月様に繋いでくれないか。綠桜が、倒れちまって……」
「はい、それでは皆で彼を直房に運びましょう。そこのはしごに布をかぶせて寝かせてください」
「ああ。これで、いいのか?」
「はい。私も少しだけ医療の心得がありますから、直房で治療しましょう。あ、意識が戻りましたか。大丈夫、ですか?」
梯子で担架を作りゆっくりと乗せたところで、綠桜がうう、と息を吐き出した。
「俺は……」
「気がついたか。急に倒れたもんだから皆が驚いてな。なーに、今から直坊に運んでやる。そこで少し休め」
「すみません、李陽様……」
「なあに、お前はいつも真面目に働いていたからな。腹でも減ったか? めしは用意させる。心配するな」
宦官たちはみな心配そうで。
この綠桜は皆に慕われているのだな、そう思ったところで思い出した。
小燕が言っていた美麗な宦官の噂を。




