第二話 龍玉のゆくえ
月も見えない夜だった。
そこに居たのは二人の宦官。
灰色の粗末な着物を着たショウリンと、同じく灰色ではあるけれどショウリンのものよりは上等な着物を纏った唯月の二人。
姫巫宮のすぐそばの祠の前で立ち尽くしていた。
「ありません、ね」
「そうだな……」
もう、祠をひっくり返さん勢いで探したあとだった。
しかしそこのは龍玉のかけらもなく。
「花蓉が嘘を言ったとは、考えられないか」
「それはないです。あの人の言葉には嘘はありませんでした。それに……」
ショウリンは祠を指差して。
「ここにはわずかですが魔の痕跡がありました。龍玉があったのは、間違いないと思うのです」
「では……、誰かがここから盗み出したと、そういうことか」
「ええ、でも……、私は盗んだ者の方が心配です。あれに触れ続けて、ただで済むとは思えませんから……」
世界を満たす神の氣。それが姿を変えたものが、“真那”という。
真那は全ての命の根源であり、力の根源であるのだが、それが濃縮し少しだけ変質したもののことは、“魔”やら“魔素”という名で呼ばれるのだ。
水と氷の関係と近い。
そう表現するとわかりやすいかもしれない。
水は命を育み、氷は死をもたらす。
元は同じものであるはずなのに、全く正反対に。
真那と魔も、元は同じものであるのに、真那は命を育み、魔は毒となる。
小凛が浄化している闇も、この魔の副産物なのだった。
すぎたるは及ばざるが如しというが、強すぎる真那は魔となりやすく、その力と引き換えに人の命を蝕む。
龍帝の巨大な真那は、もはや魔と区別がつかない。
龍玉から放たれる魔。それはやはり、人にとっては闇と同じ毒なのだった。
「そうだな。人には少々荷が重い」
「何とかして盗んだ者を見付け出すことはできないでしょうか。それも、早急に」
「“紅”を増員してもらえるよう、帝には頼んでみよう。だがそれだけでは決定打に欠けるな……。そうだな、ひとつ噂を流すとしようか」
「噂、ですか?」
「ああ。何者かが花蓉宮から宝玉を盗み出した、という噂だ」
「でも、それって」
「まあ、ここに至ってはもはや内密にする意味もないだろう。それに、こういうことは公にしてしまった方が犯人の足取りも掴みやすいというものだ」
「花蓉様には……」
「すまんがお前から手紙を送ってみてはもらえないか。姫巫女小凛として正式に。俺からでは差し支えがあるからな」
「わかりました。それでは早速」
姫巫宮に帰ろうと踵を返した小凛を、「まて」と呼び止める唯月。
「もうひとつ。増員はするが“紅”だけでは心もとない。お前にも彼女らの手助けを頼みたい」
「もちろんです。私でお役に立つのでしたら」
月のない夜。あたりは暗闇に染まっている。
それでも、自分でも唯月の役に立てる、と、笑みをこぼす彼女のことを、唯月が温かい瞳で見送ってくれたことが嬉しくて。小凛のほおは少し赤みを帯びていた。
◇◇◇
「ねえ、ショウリンは同僚? の人だから知ってるかな? 香嬪宮にとっても綺麗な宦官の人がいるんだって」
「うーん、私は上級妃の宮殿にはあまり足を踏み入れないから、わからないかも」
「そっかぁ。知ってたら教えてもらいたいと思ってたんだけど、知らないかぁ」
「うん。でも、そんなに綺麗なの?」
「うん、あたしも一回しか会ったことないんだけど、すっごくすらっとしてて、華奢で。普通宦官の男の人って、あ、宦官だから男の人、なのは当たり前だっけ、やっぱり男の人って見た目をしているもんじゃない?」
「そう、なのかな」
「あはは、ショウリンは別よ。あなたはこんなに小さいんだもの、男の人って感じはしないわ」
「そっか……。なんだか喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないけど……」
「ごめんごめん、ショウリンは可愛いって言いたかっただけよ。でもその香嬪宮の人は本当けっこう特別って感じなんだって。ここにきてもう二、三年にはなるらしいんだけど、どんどん綺麗になって行くって話で。妃と並んでも引けを取らないくらいな美麗な方で、ほかの宦官の男の人からもなんだか変な目で見られてるんじゃないかって、そんな噂なの」
「変な目?」
「ほら、宦官の人って本当の男の人みたいには野蛮じゃないし、そういう欲? は無いそうだから、少しは安心できるわけなんだけど、それでもやっぱり触られたりしないかって思うと怖いのよ。あんまり二人きりにはなりたく無いなぁって普通は思うの」
「それって、私にも?」
「はは。ショウリンは可愛い弟みたいだから、そんな気にはならないから安心してね」
ぶうっと膨れてみせる。仲良くしてくれるのは嬉しい。けれど、弟みたい、は、ちょっとどうかと思う。実際には小凛の方が小燕よりも二つ年上なのに。まあそれはいえないけれど。
「もう、拗ねないで。ほんと可愛いんだから。っていうかそれよりね、その人、綠桜さんっていうんだけどね、あんまりにも美麗だから、その色香にほかの宦官の人が色目使っちゃうんじゃ無いかって噂なの」
「え?」
「ほら、女官や下女には触れることもできない事になってるでしょ? 宦官の人って。それだけで罪になるから。だから、その代わりに……」
「ほかの綺麗な宦官でかわりにするって事!!?」
「そういうこと。まあこれはあたしたち後宮勤めの女性の勝手な妄想なのかもだけどね。ふふふ。ショウリンだって、もうちょっと背が伸びたら狙われちゃうかもだよ〜」
考えるだけで体が震えてくる。そんなの、絶対に嫌だ。
「脅かさないでよ小燕」
「ふふふ。ごめんね〜。でもね、気をつけなきゃ、だよ? ショウリンったら、ほんと可愛いお顔してるんだもの」
「え?」
「あたしね、この間ショウリンそっくりの女官さんを見かけたの。びっくりしちゃった。すっごく綺麗な人だったわ。髪の色は違ったし、別人だっていうのは思うんだけど、頭の中が混乱しちゃったくらい」
「そ、そうなんだ……」
「っていうかショウリンってお姉さんっていたっけ?」
そういって、はっと口を抑える小燕。
「あ、ごめん、孤児だったって、そういってたもんね、ショウリン。ほんとごめん」
「ううん、いいんだよ……」
最初に身の上を聞かれた時に、そういう話にしていたんだったっけ。そう思い返し。
小凛は恐縮してしまった小燕に笑みを向ける。
「私は気にしないよ。っていうか、姉はいなかったと思うよ」
「そっかぁ。でも、それくらいお顔が似てたのよ。ほんとショウリンが女装して現れたかと思ったぐらい」
ケタケタと笑う小燕。
うん。笑い話にしてもらえてよかった。
彼女には、このままでいてほしい。
そうその笑顔を見ながら微笑んで。




