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美味しいハンバーガー

まさか。


空が崩れ落ちるかと思った。


本人がすぐ隣に座っていて、見ている前で手紙を破るなんて……。


もうシン・セラは俺に視線すら向けなかった。


こうして俺は、完璧に振られたのだった。


昼休みになっても腹は減っていたが、あまり食べたいとは思えなかった。


今回は本気だった。


一緒に飯を食いに行こうという友達の誘いも全部断ってしまった。


本当に今回は本気だった。


ただ机に座って、腕を枕代わりにして伏せることにした。


恥ずかしくて、顔を隠していたかった。


「ああ……もうこのまま家に帰っちゃおうかな」


埃みたいに消えてしまいたい気持ちでいっぱいだった。


周りの声がやけに騒がしく聞こえてきたけど、気にしないことにした。


もうこのまま逃げるのが正解だ。


そんなことばかり考えていた。


「なんだよ、くそっ! こんなんだったら、やらない方がまだマシだったじゃないか!」


苛立ちながら頭を抱えていると、誰かが背中をトントンと叩いた。


「触るな。今、機嫌悪いから」


俺は言った。


どうせ友達のやつらが面白がって俺をからかいに来たに決まっている。


すると今度は、俺の肩を揺らしてきた。


強くない。


軽い揺れだった。


「触るなって」


今度は体を少し動かしながら、低い声で言った。


肩に置かれた手まで払いのけた。


「なんで? 私は触りたいけど?」


「……え?」


女の声だ。


そして、この声の主は――。


俺は勢いよく席から立ち上がった。


驚きすぎて、体まで固まってしまった。


「ねえ……クォン・ハヨン? 一緒にハンバーガー食べに行かない?」


「シン・セラ?」


「うん。まだご飯食べてないでしょ? 私もまだなんだ。一緒にハンバーガー食べに行こう」


「ハンバーガー?」


「そう。ハンバーガー」


うちの学校の売店ではハンバーガーなんて売っていない。


なのに、何のハンバーガーを食べるつもりなんだろう。


「私と外に出よう」


「え? 外? どこに? 急に? 出るって? 学校からコンビニだって遠いのに?」


「クォン・ハヨン。何言ってるの?」


シン・セラは何がそんなに面白いのか、くすくす笑っていた。


「なんで? 嫌?」


さらに驚いたことがあった。


話している間ずっと、動揺している俺とは違って、シン・セラはずっと落ち着いていた。


「嫌じゃない! 行く! 行こう! 外に出よう!」


俺が興奮しすぎて大声を出したせいか、シン・セラは周囲を見回した。


少し恥ずかしそうな顔。


でも、その表情にはちゃんとした笑顔が浮かんでいた。


俺はシン・セラの手を掴み、そのまま校門の外へ走り出した。


俺にしては迷いのない行動だった。


勇気があって、すごく男らしい行動だったと思う。


不思議と緊張もしなかった。


怖くもなかった。


むしろ、どこか肩の力が抜けたような気分だった。


俺の気持ちを知っているのかは分からない。


それでも、繋いだ手の向こうからは、シン・セラも握り返してくる力が伝わってきた。


「クォン・ハヨン。もう私、疲れた」


手を繋いでどれくらい走っただろう。


シン・セラの声で、俺は我に返った。


「あ! ごめん! ごめん!」


俺はいったい何をしていたんだ。


そんなことを思いながらも、ここ数日ずっと走っていたおかげで体力がついたんだな、という妙な自信も少しあった。


「違うよ。大丈夫。それより、あれ見て」


シン・セラが指差した先には、マクドナルドが見えた。


俺は無我夢中で走っていたくせに、ちゃんとマクドナルドの場所まで辿り着いていたのだった。


そこで俺はチーズバーガーを頼もうとして、ビッグマックを注文した。


自分へのご褒美をあげたかったからだ。


でも、セラはチーズバーガーを注文した。


『あー……俺もチーズバーガーにすればよかった……。そしたらカップルみたいだったのに……』


少し惜しかった。


でも、これは俺自身へのご褒美なんだから。


そう思いながら、俺は一人で小さく頷いた。


会計をしようとした時だった。


セラが後ろに一歩下がった。


「悪いけど、財布を学校に置いてきちゃった。お金は払って」


俺はいつも首から下げる財布にカードを入れて持ち歩いていたから、別に問題はなかった。


「いいよ。分かった」


会計を済ませて、俺たちは席に座った。


何か話したかった。


でも、何を話せばいいのか分からなくて、俺は少しためらった。


「ありがとう。いただきます」


「うん」


セラは、俺が払ったことに対して特に申し訳なさそうには見えなかった。


でも、その方が楽だった。


セラの言う通り、急に手を掴んで走り出したのは俺の方だったし、不満を言う理由もなかった。


それより。


これから何を話せばいいんだろう。


考えた。


本当に話すことがなかった。


……いや、ある。


あるけど、どう話せばいいのか分からなくて緊張していた。


でも、こうして二人きりで向かい合って座ってみると、隣の席に座っている時とはまた違う空気だった。


俺は、こっちの方が好きだった。


「ところで、あの手紙なんだけど」


『やっぱり。来るべきものが来たか!』


もしかして、セラはこの話をするために俺を呼んだのか?


でも、なんでハンバーガーなんだ?


学校の屋上は?

あ、最近入れないんだっけ。


じゃあ運動場は?

体育館は?


いや、帰り道の方がよくないか?


正直、俺は人生最大の難関を前に頭が回っていなかった。


「ねえ、クォン・ハヨン? 今日ちょっと変だけど、どこか具合悪い?」


「え? いや、大丈夫。平気。……それより手紙? そうだ。手紙。手紙があったな」


「そう。あなた、私に手紙くれたでしょ」


俺は先にため息が出た。


手紙に名前を書いたんだから、俺だってことくらいすぐ分かるはずだ。


だったら、すぐ隣に座っていたのに!


そんな俺のことなんか全然気にせず、あの場で手紙を破ったってことか?

なんなんだよ、こいつ!


「ちょっと、雑すぎない?」


「……は?」


俺は目を丸くした。


雑?


友達になろうって、どうやったら誠意を込めて言えるんだ。


心の底から意味が分からなかった。


今どき手紙なんて書くやつもいないのに。


しかも俺は、女の子と手紙をやり取りしたことなんて一度もない。


くそ……。


いっそ、あの時、誰かに聞けばよかったのか?


そんな考えで頭がいっぱいになった。


でも。


冷静に考えてみると、セラの言うことも間違っていない気がした。


そう感じてもおかしくない。


手紙には、たった二行しか書いていなかった。


『君のことが好きだ。友達になろう。』


「ごめん」


なんで俺が謝らなきゃいけないのか、正直よく分からなかった。


でも、とにかく俺は謝った。


少しだけ頭も下げた。


「クォン・ハヨン……君って本当に……」


低いセラの声が聞こえた。


怒っているんだろうか。


今度こそちゃんと謝った方がいい気がして、席を立とうとした。


その時、セラの笑い声が聞こえた。


「嫌いになろうと思っても、嫌いになれない子なんだね」


セラは少し笑ってから続けた。


「正直、可愛かったよ」


「……え?」


「それに、好きなのにどうして友達なの? 前に“女”を入れ忘れたの?」


「……え?」


「だから、なんで友達なの?」


「え?」


俺は一瞬、言葉の意味が分からなかった。


「好きって書いておいて、友達になろうは紛らわしいでしょ」


「……何が?」


セラは呆れたように笑った。


「普通、好きって言われたら別の方だと思うじゃない」


その瞬間、俺の頭の中で先週末の悩み、何枚も丸めた紙、ピンク色の便箋、その全部が一本に繋がった。


『君のことが好きだ。友達になろう』


好き。


友達。


「……あ」


俺はそこでようやく気づいた。


世の中には、友達として好きという意味と、女の子として好きという意味がある。


そして、俺はその違いを全然分かっていなかった。


その時だった。


「ビッグマックセットと、チーズバーガーセットのお客様ー」


店員の声が響いた。


まさかセラ。


あの手紙を――


『君のことが好きだ。彼女になってほしい。』


そう読んでたのか?


何だよ。


じゃああの時の手紙は。


じゃあ朝のあれは。


頭の中がぐちゃぐちゃだった。


セラは席を立って、ハンバーガーを受け取って戻ってきた。


そして、何でもないことみたいに言った。


「冗談だよ」


包装紙を開きながらセラが笑う。


「でも次からは破られないように、ちゃんと書いて」


「……何を?」


セラはチーズバーガーを一口食べた。


それから少しだけ肩をすくめた。


「好きって書いて、友達になろうは紛らわしいでしょ」


「……」


「とりあえず、友達って書いてあったから友達にしておく」


「チーズバーガー、美味しい?」


「うん。食べてみる?」


正直俺はマクドナルドのハンバーガーがそんなに好きじゃない。


でも。


こんなに美味しかったんだな、と改めて思った。


生まれてから今まで食べたハンバーガーの中で、一番美味しかった。



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