『破り捨てられた手紙』
「お母さん、俺ってブサイク?」
夕食を食べながら、俺はふと母さんに尋ねた。
「え? ブサイクかって? そんなわけないじゃない! うちのハヨンがどうしてブサイクなの? 絶対違うわ。こんなにかっこいいのに!」
母さんは本気でそう思っているみたいに、少し誇らしげな目で俺を見た。
そして、卵焼きにケチャップを少しかけ、その上にスパムを一切れ乗せて、そっと俺の皿に置いた。
俺は黙ったまま箸を動かした。
……でも、母さんの言葉は素直に受け取れなかった。
親だからそう言うんじゃないか。
誰だって自分の子どもは可愛く見えるものだろう。
そんな考えが頭の隅に残っていて、口の中の味が少し薄く感じた。
「急にどうしたの?」
母さんが心配そうに聞いた。
俺は少し迷ってから、視線を皿に落としたまま答えた。
「……別に。ただ、気になっただけ。」
母さんはしばらく何も言わなかった。
それから小さく笑って言った。
「ハヨン。顔なんてね、好きになる人にはちゃんとかっこよく見えるのよ。」
その言葉に、俺は返事をしなかった。
ただ、皿の上のスパムをひと口食べた。
少ししょっぱかった。
「そう? じゃあ、少し痩せればいいのかな」
「何言ってるの。子どもが痩せる必要なんてないわよ! 今のうちにちゃんと食べなさい。あとで全部、背になるんだから」
「背? これがあとで身長になるの?」
「そうよ! ちゃんと食べないと背も伸びないし、元気にもならないんだから」
俺の身長はまだ一六〇センチもない。
じゃあ、背も伸ばさなきゃいけないし、痩せなきゃいけないし、その上もっと顔までかっこよくなろうと思ったら――いったい何をどうすればいいんだ。
考えれば考えるほど、ため息しか出なかった。
「……とりあえず、わかった」
そう答えながら箸を持った。
本当はあまり食欲なんてなかった。
でも、母さんが作ってくれるご飯はやっぱり美味しい。
それだけは昔から変わらない事実だった。
俺は黙々とご飯を口に運んだ。
味噌汁……いや、味噌チゲの中から豆腐をすくい、柔らかくなったきのこも一緒に白いご飯に乗せる。
湯気と一緒に味噌の香りが広がる。
気づけば、さっきまで考えていたことを少しだけ忘れていた。
母さんは向かい側で、俺がちゃんと食べているのを見て満足そうに笑っていた。
その顔を見ていると、なんだか「痩せたい」なんて言葉を口にしたこと自体、少し悪かった気がした。
でも――。
明日になったら、やっぱり鏡を見てまた同じことを考えるんだろうな。
そう思った。
部屋に戻った俺は、ベッドの上に寝転がりながらスマホをいじっていた。
十分くらい経った頃だろうか。
さっきあれだけ夕飯を食べたはずなのに、また腹が減ってきた。
……いや、違う。
これは空腹じゃない。
明日からダイエットするための、最後の準備みたいなものだ。
うん、そういうことにしておこう。
俺はベッドから起き上がると、部屋のドアを少し開けて、何でもないことみたいにリビングへ向かって声を張った。
「お母さーん! 一応、今日じゃなくて明日からダイエットするから! だからチキン一羽だけ頼んで!」
少し考えて、さらに付け加える。
「あと、せっかく頼むならピザもセットになってるやつ! あるじゃん? あの『チキン・ピザ姫様』のやつ!」
念押しまで完璧だった。
すると、少し間を置いて母さんの声が返ってきた。
「……さっきダイエットするって言ってなかった?」
「だから明日から!」
俺は即答した。
今日食べるのと明日から頑張るのは別問題だ。
むしろ今日しっかり食べておいた方が、明日から続けやすいかもしれない。
理屈としてはかなり完璧だと思う。
しばらく静かになったあと、母さんが笑いながら言った。
「はいはい。じゃあ今日は最後の晩餐ってことね」
最後の晩餐。
その言葉を聞いた瞬間、なぜか急に特別感が出てきた。
俺は再びベッドに倒れ込みながら、小さくつぶやいた。
「……明日から本気出す。」
その決意は、少なくとも今夜までは本物だった。
一週間が過ぎた。
けれど、セラの周りに集まってくるのは、どのクラスにもいるような厄介な連中ばかりだった。
だからなのか、セラにはちゃんとした女友達も男友達もほとんどいないように見えた。
もちろん、例外が一人だけいる。
俺だ。
もっとも、女子たちの間で流れてくる俺の評判は最悪だった。
話し方が偉そう。
言い方に棘がある。
愛想がない。
要するに、性格が悪そう――らしい。
別に否定するつもりもない。
好きで合わせているわけでもないし、無理して人に優しくする気もない。
でも。
俺はあいつらとは違う。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
そして――。
それはセラも同じだった。
最近になって知った、新しい事実。
セラは、俺のことを覚えていた。
俺を見る時だけ少し表情が違った。
他の連中に向ける曖昧な笑顔じゃない。
もっと静かで、少しだけ安心したような顔。
二日前。
セラが休み時間、少し周り를気にするようにして静かに聞いてきた。
「ねえ……もしかしてさ。前に本屋で、私に本をおすすめしてくれたこと……あった?」
やっぱりそうだった。
セラは、俺に言うのが恥ずかしかっただけなんだ。
今になってやっと話しかけてきた理由も分かる。
俺は少し誇らしかった。
週末を含めて五日間ダイエットに成功したおかげだ。
人は変わる。
少なくとも、俺はそう思った。
前までの俺だったら、たぶん気づかれてもいなかった。
五日。
たった五日。
でもゼロと五日は違う。
数字以上に違う。
だからきっと――。
「そうだよ。俺だ」
俺は誰よりも男らしく答えた。
低く。
短く。
余計な説明はしない。
かなり格好いい返事だったと思う。
そして迷いなく机の上に、その本を取り出して置いた。
「これだ」
セラは目を少し丸くした。
机の上の本と俺の顔を交互に見る。
それから小さく笑った。
「ちゃんと持ってたんだ」
その一言だけだった。
なのに。
なぜかその瞬間――
五日間我慢した夜食と、途中で食べたチキン一羽が全部報われた気がした。
ところが、その時セラはあまりにも当然みたいな顔で言った。
「私、あの時買ったけど……一回も読んでないよ」
俺の中で何かが静かに崩れた。
そうか。
別に五日間のダイエットは関係なかった。
その後も少しくらい会話はあった気がする。
たぶん何か話した。
でも内容は全然覚えていない。
たぶん、思ったより盛り上がらなかったからだ。
俺は考えた。
このままじゃダメだ。
セラと仲良くなるには、何かきっかけが必要だ。
――というか。
このクラスで一番まともなのはたぶん俺だ。
だったら、俺がセラと友達になってあげてもいい。
かなり自然な結論だった。
……問題は。
隣の席なのに今さら「友達になろう」って言い出すの、結構恥ずかしいということだった。
俺は腕を組んだ。
どうやってこの気持ちを伝えるべきか。
授業中なのに真剣に考えた。
男子らしく真正面から、
「おい、今日から俺たち友達だ」
そう言いたい気持ちはあった。
絶対かっこいい。
でも。
冷静に考えると、セラからしたら少し怖いかもしれない。
というか――。
正直、そんなこと言う勇気はなかった。
だから結論を出した。
手紙だ。
まずは手紙を書こう。
文字なら逃げない。
声みたいに震えない。
俺はノートの切れ端を一枚ちぎった。
そしてペンを持って止まった。
……待て。
友達になる手紙って、最初に何て書けばいいんだ?
『こんにちは。友達になりませんか』
なんか就職活動みたいだ。
俺の知る限り、セラはこれまで何回か不良っぽい連中から告白されたことがある。
そして、その全部を断っていた。
理由までは知らない。
でも、なんとなく分かる気がした。
うるさいし、馴れ馴れしいし、何か下心が見え見えだったんだと思う。
少なくとも俺は違う。
俺はあいつらみたいな低レベルな連中じゃない。
もっとちゃんとしている。
優しいし。
必要以上に距離を詰めたりもしない。
……たぶん。
だから、同じ結果にはならない気がした。
いや、ならないはずだ。
そこで俺は考えた。
差別化が必要だ。
普通に話しかけるのは違う。
隣の席だからって急に距離を縮めるのも変だ。
それに、友達になろうなんて口で言うのは少し重い。
なら――。
手紙だ。
手紙なら丁寧だ。
気持ちも伝わる。
読まれるタイミングも相手に任せられる。
つまり、かなり大人の方法だった。
俺はそう判断した。
机の中からルーズリーフを一枚取り出した。
まずは題名からだ。
『セラへ』
……いや重いか?
『突然だけど』
いや、これも何か告白っぽい。
『隣の席の俺です』
ペンを持ったまま止まる。
思ったより難しい。
友達になるって、こんなに準備が必要だったっけ。
ふと横を見る。
セラは何も知らずに静かに本を読んでいた。
―断られても別にいい。
ただ、一回くらいちゃんと話せる相手になれたら。
そのくらいは、悪くないかもしれない。
そう思って。
週末の間ずっと悩んだ。
何を書けばいいのか。
書いては消して。
消してはまた書いて。
気づけば、俺の部屋には丸められた紙があちこちに転がっていた。
ゴミ箱はすぐいっぱいになって、入りきらない紙は床の上に散乱していた。
最初は軽い気持ちだった。
友達になりたい。
ただ、それだけだった。
なのに文章にしようとすると急に難しくなる。
『仲良くしてください』
……なんか堅い。
『よかったら話そう』
……営業みたいだ。
『隣だし友達になろう』
……近すぎる。
違う。
何か違う。
俺は頭を抱えた。
そして布団に倒れ込みながら独り言みたいにつぶやいた。
「別に良く見られたいわけじゃないし、ラブレターでもないのに……」
少し考えてから起き上がる。
「……やっぱダメだな」
俺は悟った。
目的はただ一つ。
意思疎通。
なら、余計な言葉はいらない。
淡白が一番。
シンプルが最強。
そう結論づけた。
俺は新しい紙を一枚出した。
深呼吸して。
余計な装飾も、かっこつけも全部捨てる。
ペン先を置く。
そして、たった一行だけ書いた。
……完璧だった。
少なくとも、その時の俺にはそう見えた。
そうして。
長かった週末が終わり。
ついに待ちに待った月曜日が来た。
俺は人生で初めて、学校へ行くのが少し楽しみだった。
でもその時の俺は、まだ知らなかった。
紙を渡すだけなのに、人間はこんなに緊張する生き物なんだってことを。
俺は大好きな大事な肉団子を食べるのも我慢して、いつもより三十分も早く学校へ来た。
理由は一つ。
セラの机の引き出しに手紙を入れるためだ。
誰もいない教室。
静かすぎる空間。
こんな秘密作戦をするには最高の環境だった。
俺の作戦は驚くほど順調に進んだ。
引き出しに手紙を入れて席に戻る。
……そこからだった。
まだセラは来てもいないのに、心臓だけがずっとおかしかった。
ドクドクうるさい。
このままだと心臓発作になるんじゃないか。
いや、待て。
むしろ速く動いてる方が止まらないのか?
そんな意味の分からないことまで考え始めていた。
そうして落ち着かないまま時間を潰していると。
ガラッ。
教室のドアが開いた。
セラだった。
俺はこの時初めて知った。
セラも意外と早く登校するタイプだったらしい。
……いや、そんなことどうでもいい。
胸が苦しい。
今すぐ外へ逃げようか。
本気でそう思った。
セラは俺を見ると、少し驚いた顔をして言った。
「おはよう? 早いね」
「そうだ。お.は.よ.う.だ」
……何を言ってるんだ俺は。
緊張しすぎて挨拶まで壊れていた。
なのにセラは小さく笑った。
ほんの少しだけ。
その笑顔が可愛すぎて、危うく全部忘れそうになった。
セラは鞄を横に掛けて席に座った。
そして自然な動きで引き出しに手を入れる。
その瞬間。
心臓が止まりそうになった。
まるで、俺が手紙を入れたことを知っていたみたいだった。
俺は横目で見た。
引き出し。
手。
封筒。
――見つけた。
セラは、俺が入れたピンク色の封筒を取り出した。
何事もないように開く。
次の瞬間だった。
セラは何の躊躇もなく手紙を破った。
半分。
もう半分。
そして、その切れ端を静かに封筒へ戻した。
……え。
何だ、今の。
さっきまで暴走機関車みたいに走っていた心臓が、一瞬で落ちた。
冷たい。
胸の奥が急に冷える。
鳥肌が立った。
息が浅くなる。
何が起きた?
どうして?
だからなのか。
学校で変な噂が立っていたのは。
いや、違うかもしれない。
もしかして――。
手紙の内容が適当すぎた?
失礼だった?
俺は、何か取り返しのつかないことをしたのか。
セラは何も言わない。
ただ前を向いていた。
その横顔が、急に知らない人みたいに見えた。




