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普通の

俺は、知っていることを包み隠さず話した。


ジュヒが知りたがっていた、セラという女性のことも。


子どもの頃からの付き合いで、俺にとって初恋の相手だったこと。


けれど、本当に一度も男女の関係になったことはない。


それも、紛れもない事実だった。


俺の話を最後まで黙って聞いていたジュヒは、思いがけない言葉を口にした。


「えっ、本当に?」


ジュヒは目を丸くしたあと、ふっと表情を和らげる。


「なんだか、そのセラさんに興味が湧いてきちゃった。

ハヨンの話を聞いてたら……少し安心したかも。」


小さく息をついて、彼女はどこか遠くを見るように視線を泳がせた。


「セラさん、その頃はすごく寂しかったんだね。 どんな人なの?」


正直、面食らった。


当然怒るものだと思っていたジュヒが、あまりにも予想外の反応を見せたからだ。


(……これでいいのか?)


そんなふうに戸惑っているのは、むしろ俺のほうだった。


「セラに興味があるって? それに、安心したっていうなら……悪い意味じゃないんだよな?」


ジュヒは小さくうなずいた。


「セラが寂しい思いをしてたのは本当だよ。

人気はあったけど、毎晩みたいに俺を呼び出してたから。

でも、変なことは一度もしてない。本当に。それだけは誓える。」


少し言葉を選んでから、続ける。


「今も性格は悪くない。ただ、不満ばかり抱えてる。少しわがままなところもあるかな。」


一拍置いて、前から気になっていたことを聞いてみた。


「ところでさ。


気になったりしないのか?」


「え?何が?」


「その……セラのこと。


嫌だったり、不安になったりしないのかって。」


「......写真とか持ってないの?」


「写真?」


俺はスマホを操作し、セラの写真を一枚表示した。


カフェで一人になったとき。


どこか寂しげな横顔が、妙に心を引いた。


気づかれないように、そっと撮った一枚だった。


「この人がセラさん?


本当に?


すごく綺麗……。


それに、この人が着てる服も、隣に写ってるバッグも全部ブランド品じゃない?」


「そういうの、俺はよく分からない。」


「でも、女の私から見ても、とんでもない美人だよ。」


なぜそこまでセラを褒めるんだろう。


「でも、本当に信じられない。


こんなに綺麗な人が、どうしてそんな仕事をしてるの?」


「それは俺も何度も言ったよ。辞めろって、何度も。


あの日に会ったのだって、その話をするためだった。


『もう辞める』って言うから、会うことにしたんだ。」


「そうなんだ。


じゃあ、本当に辞めるの?」


「そう言ってはいたけど……まだ分からない。」


「そっか……。」


「なんでジュヒが残念そうにしてるんだ?」


「別に残念ってわけじゃないよ。


ただ、気になるじゃない?


華やかに見える女の人が、どんなふうに生きてきたのか。」


「華やかなんかじゃないよ。


そんな大したものでもない。


それに、あいつはちょっと……」


俺は、不意にセラの悪趣味を思い出した。


「まだ何かあるの?」


「セラはさ……なんて言えばいいんだろ。


ちょっと変わってるっていうか。


少し変態なんだ。」


「変態?


女の人なのに?」


「そう。


バッグの中に、変なマッサージ器みたいなのを入れて持ち歩いてるんだ。」


「マッサージ器?」


ジュヒは目を丸くした。


そのきょとんとした表情が、一瞬だけ妙に可愛く見えた。


本当に何のことか分かっていないらしい。


まるで、子どものように無垢な反応だった。


「そ、それって……


何なのかは分からないけど、その……ハヨン、それで何かされたの?」


「違う違う!


本当に何もしてない。


セラが車の中で取り出して見せて、一人で楽しそうにしてただけだ。


俺は本当に何もしてない。」


「じゃあ、それをするためにハヨンの家へ連れて来たの?」


「ふぅん……」


ジュヒが小さく息をつくのが聞こえた。


「『あの部屋だけは絶対に入るな』って、何度も念を押してたんだ。


なのに、俺がトイレに行ってる間に勝手に入っててさ。


気づいたときには、ベッドに座ってた。


俺にはどうすることもできなかった。


そのあとすぐ病院から電話が来て、セラを帰して、そのまま病院へ向かったんだ。


本当だよ。」


「でも、ちょっと残念だったんじゃない?」


「残念?」


「セラさんがどういう気持ちだったのかは、私には分からないけど。


せっかく二人きりで会えたんだよ?


ハヨンは、もっと一緒にいたかったんじゃない?


初恋の相手なんでしょ?


しかも、あんなに綺麗な人なんだから。」


「何言ってるんだよ。


違うって。


そんなことばかりじゃない。


それに俺には……」


「それに、私がいるじゃない。……そう言いたいの?」


話している間中、会話の主導権はずっとジュヒが握っていた。


そんな当たり前のことに、今さら気づく。


ジュヒの自然な誘導と、相づちと、共感。


その流れに飲まれて、俺は気づけば全部話してしまっていた。


「もう。ハヨン。

そんなこと言うくらいなら、

最初から家になんて連れて来なきゃよかったんじゃない?」


「……そうだったのかもな。」


「『そうだったのかも』じゃないよ。


当然、連れて来ちゃ駄目だったの。」


「でも、セラは俺の友達だ。ただの友達じゃないか。」


「ハヨンって、本当に分かってないの?」


「何が?


俺が何を分かってないっていうんだ?」


「どんなに友達でも、本当にそう思ってるなら、ハヨンはすごく勘違いしてるよ。


何があったかは関係ないの。


ここは私たちの家でしょ?


あっちは私の部屋で、私のベッドなの。


そこに別の女の人を連れて来て、座らせちゃ駄目なんだよ。」


「だから、俺が座らせたんじゃないって。


勝手に入って、勝手に座ったんだ。


それに、本当に何もなかったのは事実じゃないか。」


「もう、本当に分かってないんだから。


じゃあ逆に考えてみてよ。


私が知らない男の人を連れて来て、ハヨンのベッドに座らせてたら、いい気分する?」


「いや、それは本当に嫌だ。


俺、男は勘弁だから。」


「女だって同じだよ。


それに、そのセラさん。


ハヨン、今でも好きなんでしょ?」



次の瞬間。


俺は「違う」と、すぐに言えなかった


「ほら。すぐ否定できなかった。」


「いや、違うよ。


それに、セラはあんな仕事もしてるじゃないか。


変わった趣味だってあるし。」


「うーん。


私は少し違う気がする。」


「違うって?」


「別にセラさんをかばうつもりはないよ。


でもね。


もし普通の家庭で育って、普通に学校へ通って、普通に好きな人と出会って。


そのまま付き合ったり、結婚したりしてたら、どうだったんだろうって思うの。


それに、そういう道具を持ち歩いてるのだって、仕事の延長なのかもしれないじゃない?」


ジュヒは、俺が今まで一度も考えたことのない見方をしていた。


「いや。


セラは、普通っていうもの自体が嫌いなのかもしれない。


普通の男なんて、興味ないんだよ。」


「それは違うと思う。」


ジュヒは静かに首を振った。


「だって、ハヨンは誰が見ても普通の人じゃない。」


喧嘩をするつもりなんて、なかった。


それなのに、結局こうなってしまった。


ジュヒは……俺のせいで、たくさん傷ついたんだろう。


「……そうだな。」


その一言を最後に、部屋は静まり返った。


ジュヒの言うことは、全部正しかった。


俺が信じてきた答えは……。


「一つだけ、確認したいことがあるの。」


俺は静かに口を開いた。


「今日、どうしてあんなことしたの?


急なことだったのかもしれないけど……。


俺、本当に知りたい。


全部分かってたはずなのに、どうして?」


「……それ、本当に分からなくて聞いてるの?


それとも、今さらそんなことが大事なの?」


ジュヒの瞳には、涙が滲んでいた。


必死にこらえている。


泣いていないふりをしていても、俺には分かった。


そして俺は、その震える唇から紡がれる言葉に飲み込まれていく。


もう、この先を聞く勇気はなかった。


現実を、受け入れなければならなかったからだ。


「ハヨン。」


ジュヒは小さく息をつき、目を伏せた。


「もう終わりにしよう。」


少しだけ間を置いて、静かに続ける。


「私が最後の答えを出すね。」


「......」


「ねえ。


私たち……もう別れようか。」






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