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胸騒ぎ

ジュヒの様子がおかしかった。


玄関で立ち止まったり、


突然、一緒にお風呂へ入ろうと言い出したり。


「一緒に洗いたい。」


そう言われた時は、


さすがに驚いた。


今まで一度も見たことのないジュヒだったからだ。


特に、


週末にシーツを洗いたいと言い出した時は、


心臓が跳ね上がるほど焦った。


……でも。


少なくとも、


ジュヒはセラがこの部屋に来ていたことには気づいていないように見えた。


そう思うしかなかった。


「ジュヒ。


ピザでも頼もうか?


ピザ、どう?」


俺はパンツ一枚のままダイニングテーブルに座り、


スマートフォンを見ながら大きな声で呼びかけた。


まだジュヒが浴室にいることは分かっていたからだ。


しばらくして浴室の扉が開き、


ジュヒが顔を出した。


「ピザ?


今、ピザって言った?


いいね。


私たち、二人とも嫌いじゃないもんね。」


頭にタオルを巻き、


下着を手にしたまま立っているジュヒの姿を見て、


胸の鼓動はなかなか収まらなかった。


胸元はタオルでかろうじて隠れていたものの、


動くたびにその姿が目に入り、


思わず視線を逸らした。


「わ……分かった。


じゃあ……どのピザにしようか?」


俺は慌ててスマートフォンの画面へ視線を戻した。


ジュヒの裸を見るのは、


これが初めてじゃない。


それなのに、


どうしてこんなにも胸が高鳴るんだろう。


その瞬間、


もしあのままセラと最後まで一線を越えていたら……。


そんな考えが、


ふと頭をよぎった。


「ハヨンが食べたいのでいいよ。


私は何でもいいから。」


ジュヒの声が、


少しずつ近づいてきた。


気づけば、


彼女は俺の正面に腰を下ろし、


身を乗り出していた。


両腕を胸の前に添えてはいたものの、


隠し方はどこか無防備だった。


見ようと思えば、


見えてしまう。


そんな距離だった。


「……ジュヒ。」


「なに?」


「風邪ひくよ。今日退院したばかりなんだから、


早く服を着たほうがいい。」


できるだけ落ち着いて、できるだけ誠実に。


本当に心配しているという気持ちを込めて、


俺はそう伝えた。


ジュヒはしばらく何も言わず、


じっと俺の顔を見つめていた。


そして、静かに口を開いた。


「……その言葉、本心?」


何かまずいことを言ってしまったんだろうか。


そう思った。


でも、


今のやり取りを思い返してみても、


特に変なことを言った覚えはなかった。


「え?


もちろん本気だよ。


本当に心配だったから。」


「……そっか。


確かに急に寒くなってきたかも。」


「だから早く服を着て、


髪もちゃんと乾かして。


少し休んでたほうがいいよ。


注文は俺がやっておくから。


ピザが届いたら食べて、


少し寝るのが一番だと思う。」


ジュヒは何も言わずに立ち上がった。


床に置いてあった自分の下着を拾い上げると、


洗濯かごのほうへ歩いていく。


その後ろ姿に、


思わず目を奪われそうになった。


……だめだ。


俺は慌てて意識を切り替え、


ピザのトッピング選びに集中した。


「ジュヒ。


辛いものは胃に負担がかかるかもしれないし、


体のことを考えて、


野菜とお肉が入ったやつにしようか。


エビよりそっちのほうがいいと思うんだけど、


どうかな?」


部屋へ入っていったジュヒに向かって声を掛けた。


返事はない。


俺はドアを軽くノックして、


少しだけ扉を開けた。


「ねえ。


じゃあ、俺が適当に注文しちゃっていい?」


ジュヒは布団をきちんとかぶり、


静かにベッドへ横になっていた。


俺の声に気づくと、


ゆっくりとこちらへ体を向けた。


「うん。


ハヨンの好きにしていいよ。


まだ注文してないんでしょ?」


「うん。


まだしてない。」


「じゃあ早く注文して。


……それと、


こっちへ来て注文して。」


俺は何も言わず、


ベッドの縁に腰を下ろしてピザを注文した。


支払いまで済ませると、


「四十五分くらいで届くらしいよ。」


そう伝えた。


「四十五分?


私、まだ何も着てないんだけど。


ちょっとこっち来て。」


「……え?」


ジュヒは布団を少しだけ持ち上げた。


本当だった。


彼女はまだ何も身につけていなかった。


「いや……


風邪ひいたらどうするんだよ。


早く服を着たほうがいいって言っただろ?」


「こうしてくっついてたら、


暖かくなるんじゃない?


四十五分あれば、


十分でしょ?」


その言葉の意味が分からないほど、


俺は鈍くない。


だけど、


俺はジュヒを傷つけた。


そのことを、


まだ一度も謝っていない。


駄目だ。


駄目だ。


駄目だ。


頭の中で、


何度も何度もそう繰り返した。


今日のジュヒが、


どうしてこんな行動を取るのかは分からない。


それでも、


今だけは違う。


そんな思いだけが、


何度も頭の中を巡り続けていた。


「分かった。


じゃあ、後ろから抱きしめるよ。」


俺はそっとベッドへ上がり、


ジュヒの後ろに横になった。


両腕を彼女の腰へ回し、


肩にそっと額を預ける。


そして、小さな声でつぶやいた。


「……ごめん。」


「ごめん?


何が?」


「なんていうか……


全部かな。


全部、俺が悪い気がして。」


「ばか。


そんな言い方じゃ、


何のことなのか分からないじゃない。」


俺は少し考えるふりをして、


独り言のように口を開いた。


「最近さ、


自分でも少し変だったと思う。


急に腹が立ったり、


胸がざわついたり。


うまく説明できないけど……


そんな感じだったんだ。」


「え?


何言ってるの?


ハヨンの言ってること、


全然分からないよ。」


ジュヒが小さく笑った。


声を立てたわけではない。


肩越しに伝わる息遣いだけで、


笑っていることが分かった。


しばらくの沈黙のあと、


ジュヒが静かに尋ねた。


「……ねえ。


今は、そういう気分?」


その言葉に、


俺は返事ができなかった。


今日、


そんなことをしてもいいんだろうか。


そんな迷いばかりが頭をよぎる。


「どうして何も言わないの?


……もう、


私とはしたくないの?」


――もう、私とは。


その一言が、


胸の奥へ深く突き刺さった。


どうしてだろう。


この胸を締めつけるような罪悪感は。


「いや、そうじゃなくて。


体調もまだ万全じゃないし、


今日退院したばかりだろ?


だから、本当に大丈夫なのかなって……。」


それでも、


胸の鼓動は少しも収まらない。


駄目だ。


駄目だ。


駄目だ。


「でも……


ハヨンがしたいなら、


私は嬉しいよ。」


「……本当に?」


「うん。


だから、しよう。


私、本当にしたいから。」


「本当に……いいの?」


ジュヒは静かに仰向けになった。


「いいよ。


だって、


あと四十分くらいしかないでしょ?」


「……分かった。」


俺は小さく息をつき、


そっと彼女へ近づいた。


シャワーを浴びたばかりのジュヒのぬくもりが伝わってくる。


髪からはやさしいシャンプーの香りが漂い、


その匂いだけで心が落ち着きそうになる。


……だけど、


問題はジュヒじゃなかった。


俺自身だった。


「あ……


ちょっと待って。


おかしいな……。」


照れ隠しのように笑いながら、


俺は思わず口にした。


「今日は……


駄目みたいだ。」


どうしてなんだろう。


そんなことを考えていると、


ジュヒの手がそっと伸びてきた。


「私が手伝うね。」


五分ほど経つと、


ようやく変化が現れた。


それに気づいたジュヒは、


静かにベッドへ仰向けになった。


「うん。


これでもう大丈夫。」


「……分かった。」


俺は余計なことを考えないよう、


ただ目の前のことだけに集中した。


すべてが終わると、


大きく息を吐きながらベッドの端へ倒れ込む。


少し休んだら服を着よう。


そんなことを考えていた、その時だった。


ジュヒが静かに口を開いた。


「ねえ。


昨日、何してたの?」


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