9 再開
ブルクによって故郷に帰ることができた。ビースヘブルの振興策をうけたモリケルトはリアン達にとって安全と言えるのか
モリケルトの東側にブルクの家がある。東側は辺境育ちの住むところとされている。だが、ブルクはビースヘブルから事がバレないようにそこに住んでいるらしい
川の橋を渡り、振興策エリアの整然とした町並みを抜けると、風景は一変し、どこか懐かしい田舎の空気が流れる
「リアンも知っているかもしれないが、モリケルトの東側は辺境育ちの住むところとされている。君の家もここにあったのかな?」
「そうだよ、案内すればいい?」
「そのことなんだが……
まぁ行くだけ行こうか」
記憶の糸を辿りながら進んだ先に待っていたのは、更地だった。かつて自分の家があった場所は、今は草だけが茂っている
「ここで合ってるはず…なのに」
「それがだな…君の母親は君を探してどこかに行ってしまったそうなんだ。でも心配することはない、またどこかで会えるはずだから」
無言で馬車に乗り込むリアン
ブルクは何も言わず馬を発進させた
数分後、住宅地の中、左手に見える家がブルクの家だ
着くと小屋に馬車を止めた。そして馬車を開け、リアンを降ろす
「扉は開いてるから早く入るといいよ」
リアンはトボトボと家へ入る途中、振り返って小さな声で呟いた
「本当に…会えるんだよね」
「必ず会わせてやるさ」
その背中を見送るブルクの瞳には、痛々しいほどの哀れみが宿っていた
左から勉強机に本棚、料理場、左手前に低いテーブル
質素な部屋の隅で、リアンはただ膝を抱えて座り込んでいた。時計の針の音だけが、無情に過ぎ去っていく。
(ここから先、自分はどう生きればいいのかな…)
数時間もその状態でいるリアンを見かねて、ブルクが静かに歩み寄る
「学舎に行けない分、私が勉強を教えてあげるよ」
「勉強なんて、いいよ」
「じゃあ勉強という名を変えて、この村の歴史書に書かれたふざけた物語について教えてあげるよ」
ブルクの言葉に、リアンは少しだけ顔を上げた。ブルクは焚き火の火を弄りながら淡々と語り出す
「この村の歴史書には、"ディラシキ"からの侵略を守り、慈善活動としてモリケルトを支援したと書いてあるが本当にふざけた話だ。これはビースヘブルとディラシキが敵対国であることからディラシキ側を悪としようとする偏向的情報」
「しかし、本来はディラシキ側が村を守ろうとしていた。ビースヘブルはこの村の近くの山、そこにある"魔法の力"の独占を阻止するために」
「魔法の力ってどういうこと?何の話してるの」
「この世界で、魔法という強大な力を授かるのは―生物の種において、たった一つの個体だけだ。誰にでも宿るものじゃない」
「そして、その力が覚醒する最大の条件……それは、人生のどん底で『負の感情』に完全に支配された瞬間だ。絶望、憎しみ、深い悲しみ。心が限界を超えて壊れそうになった時、神か悪魔か、あるいは世界そのものがその器に力を注ぎ込む」
「そういった力の器達があの山には集まっていた。しかしビースヘブルが占領し、その力を奪い取った」
「まぁ今は信じてくれなくてもいい、だがいつか分かるから」
「信じないわけじゃないけど、だとしたらどうしてビースヘブルはその力で世界を支配しないの?」
「それは敵国のディラシキもその力を持っていること、ただ、それよりも一番は人間の持つその力を手に入れることだからだ
生物の中のヒエラルキー上位に立つ人間こそ、最強の力を持つとされており、グレイブはその力で確実に支配するつもりなんだ。まだ分からないことが多いがこれは確実な情報である」
不思議であり得ないと思っていたが、ブルクの真剣な表情から本当なのではないかと息を呑んで聞いた
「まぁ…今日はこんなところで、ご飯でも食べたら就寝しよう」
「その力をグレイブの手に渡らせなければいいってことだよね。なら僕がその器になることは可能なのかな?」
「……無理かもな。それも、今の君に負の感情は感じられないからだ。とはいえだ、また君があの場に戻ったとてあそこには君のような子が何人もいる。どう転んでも難しいかもな
まぁ今回も美味しい料理を用意しておくから、楽しみに待ってておいて」
「うん、ありがとう」
食事を終えると、今日の緊張が解けたのかリアンに強烈な睡魔が襲った。しかし、眠りに落ちる直前、ふと恐怖が脳裏をよぎる。
「寝ている間に、また襲われたら……」
「安心して、私が隣で寝てあげるから」
「分かった…」
その言葉に守られ、リアンは安心して深い眠りについた
「なんだ、すぐ寝たじゃないか」
布団を被せてあげると優しく微笑んだ
しかし、夜中、ふとリアンは起き上がる
辺りを見回してもブルクはそこにはいなかった
「ブルク、いないの?ブルク!」
慌てたように叫ぶと、すぐに布団にくるまった
必死に目をつむり、寝よう寝ようと自分を言い聞かせた
だが、そう思えば思うほど眠気はやってこない
すると…
ガタッ
何やら物音が聞こえてきた
(ほら、やっぱり誰かが僕のことを襲いに来たんだよ…!)
足音が近づいてくると次の瞬間——
「リアン君、怯えているようだけど大丈夫かい?」
その声の主はブルクだった
「なんか不安で起きちゃって…」
「不安に思うことはない。私がいるんだから」
ゆっくりと布団をかけてあげると、横に布団を広げ、自分も横になった
「慣れてくるまでは毎日こうして寝ようか」
リアンは小さく頷き、ゆっくりと目を瞑った
翌朝。カーテン越しに柔らかな日差しが差し込む
「はい、おはよう。朝の空気でも吸いにいく?」
「外に出たらまた誘拐されるかもしれないから…行きたくないかも」
「そうか…もし出たくなったら伝えて、伝えてくれたら付いていくから」
「うん、ありがとう」
起き上がった目の先には、テーブルの上に目玉焼きの乗ったパンが置いてあった
すでにブルクが作ってくれたようだ
「ご飯まで用意されてるんだ…」
すると、ブルクは昨日の静かな面持ちとは打って変わり、ニヤリと笑った
「よおぉし!今日こそは勉強の日だな」
「ま、また…?しかも朝から」
「もしかして…あんた授業中寝てたタイプだろ」
ギクッ…
リアンは目線を外して天井を見た
「御名答ってところか、用意してあるのは朝ごはんだけじゃない。君の足元にある教科書の束もだ!」
「わ、わかったよ…ご飯食べたらやるから…」
「勉強と言っても、戦闘の知識、馬に乗る練習も行うからな」
ブルクの熱血指導に付き合うこと数時間。夕日の光が差した頃、ようやく勉強が一段落した
「よし、終了」
「案外、勉強も悪くなかったかも」
「そうだろ、リアンは飲み込みが早いから教え甲斐があるよ」
ふと見える窓からの景色、夕日の照らす晴れた空が心地よさを感じる。心の奥では外に出て遊びたいと強く思っていた
すると、3人くらいの集団が目についた
懐かしい顔ぶれ、面白おかしく振る舞っているあの人はリンシル、眼鏡のかけた人はラミル、その横にヒカリがいた
「ブルク、あの頃の友達が…いた」
「本当か…ここから見てるから行ってきなさい」
「う、うん…!分かった」
リアンは駆け出し、久しぶりの友人の前に姿を現した
「みんな……覚えてる?」
全員が顔を合わせたその瞬間、リアンは覚えられていないのだと不安げになる
一瞬の静寂の後、リンシルが叫ぶ
「リアンか?リアンだよな…!みんな、リアンだよ!」
リアンの顔に笑みが浮かぷ
「リアン、何してたんだよ今まで」
「あんまり他の人には言わないで欲しいんだけど…実は誘拐されてて、昨日戻ってきたところ」
「誘拐?…それは大丈夫なの…?」
「だ、大丈夫だよ。もう全然平気だから
そ、そうだ…!また昔みたいにかくれんぼとか鬼ごっことかして遊ぼうよ」
「昔みたいに遊びたいね、でも学舎の課題とか、部活動があるから時間合わないかもな。昔は帰りの時にみんな集めて遊んでたけどね」
「そうなんだ…そっちも大変そうだね」
自分だけ過去に取り残されている疎外感を感じる
「てことはリアンが戻ってくるわけか」
ラミルが嬉しそうに言う
それにヒカリが応えた
「なんだか嬉しいね」
「でも一番嬉しがるのはジュノだろう。リアンが行方不明になった頃は学舎にすら来れなかったんだから」
驚いたようにリアンは言う
「そうなんだ…それなら明日ジュノに会ったら伝えといて、元気にやってるって」
そこでお別れすると、ブルクのもとに戻った
「久しぶりに友達に会えたよ。上手く喋れなかったけど神様かなんかのおかげなのかな?」
「神様ね、いたらの話だけどね」




