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恋を知らない演劇部エースと告白練習〜「演技」のはずだったのに、外堀を埋められて本気で恋人になりました〜  作者: 天月瞳


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初デート

「恋人を体験したいなら、やっぱりデートは外せないよね」

夏奈は嬉しそうに言った。


「はあ、そういうものか?」


「そうなの!それでね、デートの場所なんだけど……水族館に行きたいんだけど、いい?」

夏奈は真剣な表情で、スマホの画面を要に向けて差し出した。


「『初デートに最適な場所十選』?」

そこに書かれた文字を、要は声に出して読み上げた。


「うん! どこに行けばいいか分からなかったから、ちょっと調べてみたんだ」


「もちろんいいよ。ただ、ちょっと聞いていい?どうして水族館なんだ?」

その記事の中で、水族館の順位は決して一番上というわけではなかった。

だから要は、その理由に少し興味を惹かれたのだ。


「私の好きな作品に、そういうシーンがあるの」

夏奈は身振り手振りで説明し、さらに理由を付け加えた。

「それに、ここから近いしね。遊園地とかは電車に乗って行かなきゃいけないから」


「なるほどね」


「真宮君も、もし行きたいところがあったら言ってね?」

夏奈は要の顔色をうかがうように、少しおずおずと見上げた。


「いや、俺も水族館は好きだよ。しばらく行ってなかったし、ちょうどいい」

要がふっと和やかに微笑む。


「私も! 最後に行ったのは中学生の時なんだよね」

賛同を得られたのが嬉しかったのか、夏奈の顔にぱっと笑顔が咲いた。


「俺もそのくらいかな」


あれは要にとって、最初で最後の家族旅行だった。


「それからね、デートのプランも調べてみたの」


「プラン?」


夏奈は指を折り数えながら、一つずつ言った。

「まずは手を繋ぐでしょ?それからツーショットを撮って、最後に……」


「ん?」

続きが途絶えたため、要が顔を上げて夏奈を見た。


夏奈は頬を赤く染めて視線を逸らし、蚊の鳴くような声で呟いた。

「……それはまだ、ちょっと早いかな。また今度ね」


「ああ、わかった」

要は首をかしげながら頷き、それ以上は深く追求しなかった。


そして、デート当日。


要は約束の時間の三十分前には、待ち合わせ場所へと到着していた。

水族館の近くにある小さな公園。

心の準備をする暇もなく、その麗しい姿が目の前に現れた。


トン、トン、トン。


小さなヒールが軽快な音を響かせる。


「おはよ〜! もう来てたんだね」

夏奈は驚いたように目を丸くした。


「うん、ちょっと早く着きすぎちゃって」


そこで、要は初めて夏奈の服装に目を向けた。


「どうかな?」

夏奈は両手を広げ、その場でくるりと一回転してみせた。

今日の彼女はツインテールで、少しオーバーサイズの薄緑色のシャツを着ており、若々しくもどこか愛らしい雰囲気を漂わせている。

スカートは、フリルのついた黒の膝下丈のものだった。


「うん、すごく似合ってる」

要は素直な感想を口にした。


ストレートな褒め言葉に、夏奈はかえって恥ずかしくなってしまったようだ。

「あ、ありがと……」


彼女は要を見て、小さく微笑んだ。

「真宮君の服も、よく似合ってるよ」


「ありがとう」

要はそれをただのお世辞として受け取った。

彼が着ているのは清潔で綺麗ではあるものの、何度も洗濯を繰り返したせいで、ズボンの裾などは少し色褪せていたからだ。


「それじゃあ、このまま水族館に行こうか?」


「ううん、ちょっと待って」

要の問いかけに、夏奈はすぐには頷かなかった。


「どうした?」


「ま、まずは……手を繋ぐ練習、しよ?」


「あ、ああ、わかった、どうぞ」

要は慌ててズボンで何度も手のひらを拭ってから、そっと手を差し出した。


手を握った瞬間、彼女の手が少し冷たいことに気づく。

柔らかく、華奢な手のひら。

要は力を入れすぎて夏奈を痛がらせてしまわないよう、そっと優しく握った。


「わぁ、真宮君の手、大きいね」

夏奈は要の手をきゅっと握り、何度も頷いた。


「なんだか、ちょっと照れちゃうね……」

しばらく握り合っていると、夏奈は頬を少し赤く染めて言った。


「そうだね」


「……行こうか」

夏奈が小声で言った。


「うん」


水族館に足を踏み入れると、館内は薄暗く、ひんやりとしていた。


「わあ! 魚がいっぱい! 見て見て、サメがいるよ!」

夏奈はまるで子供のように興奮し、あちこちを見回している。


「危ないよ。そんなに急がなくても、魚は逃げないから」


「でも、泳ぎ去っちゃうよ?」


夏奈は要の手を引いて、水槽へ駆け寄った。

「見て、あの魚は何だろう? 可愛い!」


夏奈は楽しそうに夢中になっていたが、ふとした瞬間に足元を滑らせ、バランスを崩してしまった。


「きゃっ!」


要が慌てて彼女の体を支えると、夏奈はほとんど要の胸に飛び込むような形になった。


「気をつけてね」

思いがけず至近距離で響いた要の声に、夏奈はぼーっとしたまま彼を見つめていた。


要はハッと我に返ったように、すぐに夏奈の肩から手を離し、彼女の体を起こした。


「……うん、ありがとう」


「大丈夫?」


「うん、大丈夫」


その瞬間から、夏奈は急に物静かになった。

そのまま要の手を握ったまま、水槽の中を静かに泳ぐ魚の群れを、じっと見つめていた。


夏奈が満足するまで見て回り、二人は水族館の外へと出た。

外の明るい光は、まるで別世界に来たかのような錯覚を覚えさせる。


「まだ、どこか見たいところはある?」

要が尋ねる。


「ううん、今日はこれで十分、ありがとね」

夏奈はうつむいたまま答えた。


「……大丈夫?」

要は心配になり、覗き込むように彼女の様子を伺う。


「大丈夫だよ」

夏奈は首を振り、笑顔を見せた。


要はもう一度夏奈を見つめ、最後にこう問いかけた。

「それで、どうだった? 演技の練習に、少しは役立ちそう?」


「うん」

夏奈は小さく頷き、消え入りそうな声で呟いた。


「……なんか、ちょっとだけ……『好き』って感情が、分かった気がする」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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