表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋を知らない演劇部エースと告白練習〜「演技」のはずだったのに、外堀を埋められて本気で恋人になりました〜  作者: 天月瞳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/5

夏奈:私、体験派なんだよ

公園の中、茶髪の少女は少年の瞳をじっと見つめていた。

その両頬は淡い朱に染まっている。声さえも、わずかに震えているようだった。


「好きです……っ」


要は自分の鼓動が跳ね上がるのを感じ、思わず視線を逸らしてしまった。


「どうかな? ドキドキした?」


夏奈はいつもの調子に戻り、一瞬、真剣な表情で要に感想を求めてきた。


「う、うん。すごく良かったと思う。感情がすごくこもってた」


要は急激に速くなる鼓動を必死に隠しながら、先ほど抱いた感想をありのままに告げた。


「ふーん……」


夏奈は要の反応を観察するようにじっと見つめ、小さく頷いた。


「やっぱり、まだ足りないのかな……」

夏奈はぽつりと言い、視線を落として考え込み始めた。


「深川さん……?」


夏奈はハッと顔を上げ、細い人差し指を要の唇にそっと押し当てた。


「『夏奈』、でしょ? 要君、今は私の恋人役フリをしてるんだから」


「あ、ああ……夏奈」


フリ】という二文字が、針のように要の胸を刺し、鈍い痛みを残した。


夏奈は満足そうに微笑み、指を離す。

「うん、よし! それで、要君はさっき何を言おうとしたの?」


「あ、いや。この練習って、大体いつ頃まで続けるのかなと思って」


夏奈は一瞬だけ動きを止めると、不安そうに要の顔を覗き込んだ。


「やっぱり……要君の迷惑になっちゃってる?」


みるみるうちに夏奈の表情が曇っていくのを見て、要は慌てて両手を振り、否定した。


「違うんだ! ただ……」


「ただ……?」


「ただ、本番に間に合うのかなって心配になってさ」


「なーんだ、そういうこと。本番は来月の末だから、まだ時間はあると思うけどな」

夏奈の表情が一気に楽になった。


「そっか……」


(あと一ヶ月か。この日々が、もうすぐ終わってしまうのか……)


要は自分が想像以上にこの時間を失いたくないと思っていることに気づき、愕然とした。

誰かとこれほど密接に関わったことなど、彼の人生には一度もなかったから。


(ダメだ。自惚れるな。彼女はあくまで、芝居の練習のために俺を相手にしているだけなんだから)


要は頭を振り、この偽りの関係に溺れないよう、必死に自分へ言い聞かせた。



それから数日が経った日の夜。

要はバイト先のコンビニの倉庫で商品の品出しや在庫整理に追われていた。


「真宮くーん」


バックヤードの入り口から、恰幅のいい店長が温和な笑みを浮かべて入ってきた。


「店長、どうしました?」


「お前の彼女さんが、また来てるぞ」


要は弁明しようと口を開きかけたが、結局、自分たちの関係を説明する言葉が見つからずに口を閉ざした。

夏奈がバイト先に顔を出すのは、これが初めてではない。


『彼女なんだから、彼氏が普段どんな仕事をしてるか気にするのは当然でしょ?』


それが、彼女の言い分だった。

今では、朝の「おはよ」から夜の「おやすみ」まで、ほぼ一時間おきに彼女から他愛のないメッセージが届く。

要の日常は、すでに夏奈の存在で埋め尽くされていた。


「それにしても、真宮君の彼女さんは本当にお前が大好きなんだな。二日に一回は様子を見に来るなんて、隅に置けない奴だ」

店長はからかうように眉を上げ、要の肩をポンと叩いた。


「すみません、お店の邪魔をしてしまって……」


「いやいや、若い二人の青臭い恋愛を見るのは、健康にいいから気にすんな!」

店長は豪快に笑い、売り場へと戻っていった。


「要君!」


要が売り場に出ると、夏奈は周囲にお客さんがいないことを確認してから、嬉しそうにパタパタと手を振った。


「今日の夕飯もコンビニおにぎり? ちゃんとお野菜も摂らないとダメだよ?」


「う、うん。気をつけるよ」


「もう、心配だなあ。……それとも、私が毎日お弁当を作って持ってこようか?」


「いや! それはさすがに申し訳なさすぎるよ。自分でなんとかするから」


要が恐縮して断ると、夏奈は不満そうにぷくっと頬を膨らませた。

「ちぇー、つまんないの。……あ、要君はもうすぐバイト終わり?」


「うん、あと三十分くらいで上がれるよ」


「じゃあ、外のガードレールのところで待ってるね!」


「うん」

そう答えた要の口元には、無意識に温かい笑みがこぼれていた。

自然と作業の手も軽くなった。


仕事を終えて店を出ると、

街灯の下のガードレールに寄りかかり、夜空を見上げている夏奈の姿が目に飛び込んできた。

退屈そうにしていた彼女の瞳は、要の姿を捉えた瞬間に、まるで星が宿ったかのように輝き出した。


「要君!」


夏奈はタッタッタッと小走りで駆け寄ってくると、当然のように要の手を握りしめた。

柔らかく温かい彼女の手。そのぬくもりを確かめるようにきゅっと握り返すと、彼女は嬉しそうに微笑み、肩を並べて歩き出した。


「要君、このあと時間ある?」


「うん、特に急ぎの用事はないけど。どうしたの?」


「ちょっと、練習に付き合ってほしいんだ。今回は、かなり自信あるから!」


「いつもの公園で?」


要は彼女の歩幅に合わせながら尋ねた。


「うん!」


公園に入ると、夏奈は顔を上げて頭上の街灯を見上げた。


「あ、そこの街灯、直ってる」


かつて壊れて、周囲を暗い影に沈めていたもう一本の街灯が、今は温かく穏やかな光を地面に投げかけている。


その見違えるように明るくなった街灯の下に、二人は立った。


夏奈の表情が緊張で強張っていくのが、光の下でよく見えた。

彼女は何度か深呼吸を繰り返し、それから要を見つめた。


「……準備はいい?」


「うん」


「じゃあ、いくよ」


「好きです。私と、付き合ってください!」


夏奈は顔を真っ赤に染め、衣服の裾をちぎれんばかりにぎゅっと握りしめていた。


「……うん」

見つめ返す要の胸のうちは、複雑な感情で満たされていた。


「……どうかな?」

夏奈は要の目を見つめたまま、祈るように問いかけた。


「本当に告白されてるみたいだった。一瞬、息が止まったよ。さすがは演劇部のエースだね」


「やったぁ! やっと掴んだ!」

夏奈は胸の前で両手を握りしめ、その場でぴょんと小さく跳ねて喜んだ。


「おめでとう」

要は胸の奥を締め付ける強烈な喪失感を隠すように、無理やり笑顔を作って祝福した。


「ありがと! ……ねえ、要君」


「ん?」


「もう少しだけ、ベンチで話さない?」


「いいよ」


二人は並んでベンチに腰掛けた。肩が触れ合うほどの距離。微かに漂う、フルーツのような甘い香りが要の鼻腔をくすぐる。


「要君、覚えてる? 私、体験派なんだよ」


夏奈が要の肩にそっと頭を預けながら、不意に口を開いた。


「うん」


「だからね」


「知らないことは、何でも自分で試してみたいの」


要は静かに耳を傾ける。


「初めてのデートとか」


「初めて、手を繋ぐこととか」


夏奈は指を折りながら、一つひとつ数えていく。

そして、ふわりと笑みをこぼした。


「それから、初めて誰かを好きになることも」


「私ね、要君のことが好き」


夏奈は小首をかしげて、要の瞳を真っ直ぐに見つめた。

その両手は、衣服の裾をかすかにぎゅっと握りしめている。


「要君はどう? 私のこと、好き?」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

もしよろしければ★★★★★とレビュー、それにブックマークもどうぞ!

励みになりますのでよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ