11,不思議な存在
♢
「師団長大変です!」
「どうした」
わずか数日後。今日も見学者が鍛錬を見学している中、鍛錬休憩の合間に団員の一人が俺のもとへ慌てたようにやってきて、放った。
「シ、シルティ様がっ――他の師団とか第一支部まで熱心に見学しててっ。それで、男漁りしてるって噂が立ってます!」
「「「はあっ!?」」」
「なんだよそれ!」
団員たちが驚愕の声を上げる中、俺は強烈な胃痛を覚えた。
……おそらく、どこぞの貴族が、彼女が悪女であるという悪評に絡めて流したのだろう。
第九師団の見学へ来てから毎日、彼女が他の師団や第一支部へも見学に行っていることは俺も知っている。ハインがそれらの申請を彼女に言われるとおりにとったらしい。……毎日、それも全参加部隊なので思わず「全部行くんですか?」と問うてしまったそうだが。返ってきたのは微笑みであり、なにかを企んでいることは明白だったそうだ。
「ど、どうしますか師団長!」
「このままじゃシルティ様が悪く言われます!」
団員たちは辺境領での戦以降彼女に好意的だ。その圧倒的強さも堂々とした様も、王女という割に気さくで親しみある態度も。皆にとって想像していたよりずっといい人であるのだろう。
だからこその怒りは理解できる。
「シルティ様のことだ。なにかお考えあってのことじゃないのか?」
「そうだよなあ。でも、こういう噂ってよくないよな。シルティ様は師団長の奥方なわけだし。こういうのって貴族じゃ面倒じゃないんですか? ――師団長?」
「ほら見ろ! 師団長があまりのショックで項垂れちまったじゃねえか!」
俺の肩に乗る守護獣がどうしたのかと問うように覗き込んでくる。が、それに答えてやれる気力がない。
団員たちが不安げに俺を囲む。
「――……だ」
「え?」
彼女が男漁りなど、あるわけがない。それは断言できる。
だが、だからこそできる推測は俺にとって嫌な予感にしかならない。
「敵情視察だ……」
「「「あー……」」
……今日も空は青い。
帰宅してから即刻彼女と話し合う必要ができた。そう思ってそれからの仕事をしていた俺だが、帰宅前に断れない呼び出しを受けた。
騎士団を離れて王城内、その奥へ向かう。
すでに今日の政務は終えたのか、宮の前にいた侍従に案内されて向かった先は応接間。
まだそこには誰もいなかったが、俺はソファの傍に立ったまま呼び出し人を待つ。肩に乗った守護獣が興味深そうに周りをきょろきょろと見ている。
そうしていると扉がノックされた。
その人が来た――…と思えば、侍女を伴い入ってきたのはアンシェ王女殿下だった。
(なぜ殿下が……。殿下も陛下に呼び出されたのか?)
内心怪訝とする俺だが、入ってきたアンシェ王女は俺を――正確には俺の肩を見るとぱっと表情を輝かせた。そしてそのまま俺の前へとやってくる。
まだまだ子どもらしさのある王女殿下に俺は跪いた。
「拝謁いたします。殿下」
「立って、ギルベール様。私がこっそり来たのだからいいのよ。……それでね、その――……」
どこかそわそわしたようなうずうずしているような様子。そんな様子を立ち上がりながら見て取り、もしや…と考えが至る。
肩に乗る守護獣を手に乗せ、そのまま殿下に差し出した。
「どうぞ。お好きに愛でてやってください」
「いいの!?」
「はい。少しの間殿下のお相手を」
差し出されたことに少し驚き慌てる守護獣だが、俺の言葉を聞いて「うきゅ」と頷いた。
両手に乗る守護獣をきらきらとした目で見つめ、よしよしと撫でている。殿下と共に入ってきた侍女もそんな殿下を見て笑みを浮かべている。
「それにしても、よく私がここにいるとお分かりになられましたね」
「さっき、ちらりとあなたの姿が見えたの。もしお話の最中だったら終わるまで待とうと思っていたのだけど、ちょうどよかった」
殿下はよほどに俺の守護獣を気に入ったのだろう。守護獣も嬉しそうに撫でられている。……だからといってソファに座る殿下の膝の上で腹を見せて伸びるんじゃない。
少々気が抜けすぎている守護獣の姿に殿下は面白おかしそうに笑っている。
俺は立ったままそんな一人と一体を見守りつつ、殿下のお相手を務めることにする。
「守護獣がお気に召したようで」
「ええ。ふふっ。可愛いもの。――いいなあ」
守護獣の小さな手。手と手を繋いで遊ぶ姿を見て、ふと思う。
「私は殿下の守護獣を存じ上げないのですが、守護獣とはよく触れ合いを?」
楽しそうにしていた殿下の表情が僅か、強張った。室内に沈黙が落ち、殿下がきゅっと唇を引き結ぶ様に守護獣もこてんと首を傾げる。
「……しないわ。あんまり……そういうことに向いてる守護獣じゃないから」
「そうなのですか。失礼しました」
「私もこんな可愛い守護獣だったらよかったなあ」
小さな守護獣を両手に抱き、天へと高く掲げる。
守護獣が嬉しそうに楽しそうに「きゅうきゅう!」と鳴く声を聞いて、殿下は楽しそうに笑いながらそれを何度も繰り返す。
(まあ……ガードナーの馬やバートハート殿の虎のように、触れ合いに向かない守護獣もいるからな)
小型で愛らしい見目の守護獣というのは光属性に多く、あまり戦闘には向かない。ガードナーやバートハート殿のような守護獣は触れ合いには向かないが、戦闘向きではある。
どんな守護獣が自分につくかなど、選ぶことはできない。
だから俺も陛下も、動物の見目でない守護獣が守護獣として傍に在る。
(守護獣とは、その昔住む地を追われた人間に神が与えた守り手……。神が人々に与えてくれた力)
そう伝えられている。それが俺たちが知る守護獣というものだ。
(だが、彼女やオスカー殿は守護獣はファルダ国から流れたものだと言っていた。それなら、そう伝えられていることは実際は違うということになるのだろうか……)
そういう詳しいことは俺には分からない。それに、こういうことは国によって伝承の内容も異なるものだ。
今の俺はまだまだ自分の守護獣のことすら分からず、力の使い方も未熟な『落ちこぼれ』のままだ。まずはそこからなんとかしなければいけないのだが少々忙しさが困る。
「守護獣は生き物の数だけあると言われるに相応しく、多種ありますからね」
「いろいろあるわよね。でも、お父様とギルベール様だけ違うって不思議だわ」
「はい。見目のそれも不思議ですが……私にとっては、守護獣の思考も不思議です」
殿下の目が守護獣から俺に向いた。こてんと首を傾げる様子はどういう意味かと俺に問うているようで、守護獣もまた俺を見ると、殿下の手を離れて俺の肩に乗った。
「私はこの二十年間、生まれてから守護獣なしと言われ、そうなのだと思っていました。ですが、本当は守護獣がいたと知り、守護獣をひどく失望させたと思ったのです」
「どうして?」
「守護獣は主を守るもの……。ですが、その守護獣をいないものとして扱ってきました。今さら主だなど厚顔も甚だしいと」
そう言ってちらりと肩の上を見る。小さな俺の守護獣は、まるで俺が不思議なことを言っているかのように丸い目を瞬かせ、俺の頬にすりすりと頬を寄せる。
いつも変わらない、いつもどおりの態度だ。
「だというのに、私の守護獣はこの態度です。怒ることも呆れることもありません。……守護獣は主を守ると言いますが、それ以上のなにかの想いがあるように感じられるのです。例えば喧嘩をしても、こいつはこの態度でありそうだなと。そう思うとなかなか不思議なものです」
「……」
殿下がその視線を俺から床へと向ける。なにかを考えるような思いつめたような眼差しを見て、少しだけ心配になった。
(なにか、よからぬことを言ってしまっただろうか……?)
殿下ならば守護獣は戦闘向きである必要はない。しかし殿下の守護獣はあまり触れ合い向きではない様子。どちらも持っているような俺の守護獣とは違うのだろうと感じられる。
しかし、それがどの程度のものであるかは分からない。俺は、部下以外でとなると誰がどういう守護獣を持っているのかほとんど知らないのだ。
もしも俺の発言が殿下の何かに触れたのならば、俺は謝罪せねばならない。
そう思い、すぐに膝をついた。
「……殿下。私の発言がなにかお気に障ったのでしたら、ここに謝罪申し上げます。申し訳ございません」
「! ちっ、違うわ大丈夫!」
慌てたように手を振って否定くださる殿下は、すぐに「立って」と言ってくださるのでそれに従う。と、守護獣が肩から殿下の側に移動した。
殿下の側に足を下ろした俺の守護獣は、殿下の側――誰もいないその場所を見て「うきゅー」とひとつ鳴いた。守護獣の鳴き声の先に視線を向ける。が、そこにはなにもないし、なにも顕現しない。
それでよいのだというように、俺の守護獣は大きくひとつ頷いて「うっきゅ」と鳴いた。
守護獣のそんな不思議な行動を見ていた殿下が、俺の守護獣の頭に手を置いて撫でる。
「……守護獣って、どうして、喧嘩をしても離れていこうとしないのかな」
答えを求めるわけでもないような、そんな頼りなさげな言葉だった。
殿下をまっすぐ見上げる俺の守護獣はどこか悲しげな殿下の表情を見て、短く小さな手を上へ伸ばし精一杯大きく見せるような動きを始めた。
「うきゅー! きゅー!」
「ふふっ。可愛い。なにを言ってるのかしら」
「私には分かりかねますが……。殿下を元気づけようとしているのではないでしょうか?」
「すっかり元気になれたわ」
殿下の笑顔を見て、俺の守護獣は「うきゅー」とさらにその行動を続ける。殿下はそれを見て笑い、守護獣も嬉しそうに鳴く。
打ち解けている仲のよさそうな空気に俺も自然と笑みが浮かび、心のどこかで安堵した。




