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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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97/119

10,見学

 ~*~*~*~*~*~






「今年こそは第九師団優勝!」

「「おおー!」」


 鍛練場。第九師団の面々が御前試合に向けてやる気を出している。それを見ている俺の守護獣も肩の上で「うきゅ? うきゅー!」と首を傾げてから真似をするように短い手を精一杯上げた。……なんの話か解っているのだろうか?


「前は二回戦までだったからな。今年はさらに上を目指しましょう!」

「おうよ。師団長が出るまでもなく俺らで優勝!」

「「おぉー!」」

「ふふーん! 師団長が出ても負ける気起きないくらいやってみせますから!」


 団員たちがやる気をみせながら、俺を見て笑顔で言ってくれる。

 ……まったく。だがどうにも嬉しい言葉だ。俺の立場上難しくても、こいつらはそれでもと自分たちが頑張ろうとしてくれる。


 二年前の前回のときもそうだった。俺の複雑な事情を理解してもこいつらはその意気込みを失わなかった。

 それがどれほどに俺を救ってくれたか、きっとこいつらは知らないだろう。


 自然と表情が緩むのが自分でも分かる。肩の上では守護獣が「うきゅうきゅー!」と自分がやると言わんばかりに腕を上げている。……やはりあまり解っていないようだ。


「頼もしいな。今回も俺のせいで迷惑をかける。皆に任せよう」

「「「お任せを!」」」

「うきゅ!」

「……おまえは、出ないからな?」

「うきゅっ!?」


 なんでだと驚愕の表情が向けられているのが分かる。それを見た団員たちが吹きだした。

 俺の肩から頭に移動して短い手を頭の上から必死に振るが、出たいとそれほどアピールされても俺にも難しいことがある。


 見ていた中、トニスがこてんと首を傾げた。


「でも、師団長が出る試合になったら守護獣も出れますよね? そうなったら、守護獣のあのすんごい力で試合できるんじゃないですか?」


 その疑問にほかの団員たちも「おお……」「だな」と納得したり、俺が出さないとしている理由が解らず怪訝としている者もいる。

 ……出られると分かった守護獣が頭の上から肩の上に戻ってきた。きらきらした目で俺を見ているのが分かるが、少々気まずさもあるのでそちらに視線は向けられない。


「師団長の守護獣ってすごいしな」

「あれなら師団長の勝ちは決まってるだろ」

「辺境領でのあれは鳥肌もんだったわ……」

「そりゃ師団長あんまり勝ちを取りにいくわけじゃないですけど、でも守護獣の力を使って試合できるようになったんですから、そこは思う存分やってもいいんじゃないですか?」

「そうですよ! これまでの分ちょっとは見返してやっても!」


 団員たちの褒めたたえる言葉に守護獣も気分よくなったのか、背を逸らし胸を張っているのが分かる。

 団員たちの俺を想う言葉は嬉しい。だがこればかりは俺も頷けないのだ。


「……辺境領でのこいつの力は見ているな?」

「はい」

「もちろんです」

「……あれを、試合会場でやっていいと思うか?」

「対戦相手も観客も消えますね」

「「「…………あー…」」」


 綺麗さっぱり眼前からすべてを吹き飛ばしてくれた風。あれだ。

 冷静なガードナーの苦笑い交じりの言葉で、全員の頭の中にはおそらく同じ光景が浮かんでいるだろう。


「……いや。いやでも、そこは力を調整すれば――」

「……俺は、まだそのコントロール法を知らない。さすがにここでは王家の方々への万が一を考え訓練はできない」

「「「あー……」」」


 なにせここは王城内にある騎士団本部。ここで万が一にも辺境領での風と同じことを起こせば、城内すべての者、陛下や王族の方々の身に万が一がありかねない。そんなことをするわけにはいかない。

 第九師団の中にも風属性の力を持つ守護獣持ちがいるので話には聞いているのだが、生憎と実践はまだだ。


 団員たちの視線が、胸を張って「ふふーん」とでも言っていそうな守護獣に向く。


「……出せませんね」

「……ですね」

「あの風を試合でやっちゃうのはさすがに……。師団長の判断どおりです」


 味方はいなくなった。俺の守護獣が声も出せずに固まり、後ろへ倒れた。






 御前試合前からは騎士団の鍛錬の見学が可能となる。これは王城だけでなく王都内にある第一支部でも同じことである。

 騎士の身内や貴族から平民にいたるまで、申請が通れば問題ない。


 鍛練場もそれなりに広さがあり、師団それぞれで鍛錬場所は分かれている。各師団が鍛錬する近くで立ち見で見学するというものだ。


 現在王城に勤務する騎士団は、騎士団長とその直属隊、第三師団、第六師団、第九師団である。

 その中で圧倒的に見学者が多いのは騎士団長直属隊である。……当然の流れだろう。騎士団長が認める精鋭ともなれば腕もたち、将来も安定している。

 強い騎士を見たい平民見学者も、見学の席をめぼしい将来の相手を探す場として足を運んでいる貴族令嬢たちも、目的の場所が同じようになっているのだ。


 そして第九師団は、さして人気はない。

 第九師団といえば騎士団の中の『無能弱者』と言われる師団だ。守護獣の力も戦闘に向かない属性や弱い力のもの、個人の実力もさして伸びないとみられて寄越される、騎士団の役立たず。そう思われているのだ。

 二年前もさして見学者などいなかった。いても団員の身内であることが多かった。――……二年前までは。


「あ。あれがていこくをやっつけた人?」

「お父さん、あれなに? 隅っこにへんなのいるー!」

「第九師団ってあまりいい印象がなかったのだけれど、騎士団長直属隊の鍛錬のような気迫だわ」

「ねえねえ。あれがロザロス公爵様の守護獣? 本当に小さくて可愛らしいのね」

「第九師団の師団長ってあの王弟の……。落ちこぼれだって話だったけど」


 鍛練していると視線を感じる。ちらりと視線だけの一瞥を向ければ、見学席に大勢の人がいるのが分かった。

 子どもは好奇心にあふれた目をして、年頃の娘たちは騎士たちを品定めするように見つめ、年齢が上がれば上がるほどに俺を見る目も厳しいものが多い。


(今年は見学者が多いな……)


 おそらくは先の辺境領での活躍のせいもあるのだろう。内心でやれやれと息を吐く。

 ……見学者の視線の多くが鍛錬場の端に向けられているのも分かっている。


 現在は団員たちで打ち合いの稽古をしている。が、意識が見学者の方に逸れている者が何人かいるので、その隙をすぐさま突く。


「げふっ」

「集中しろ。戦場ならば死んでいる」

「はい! すみません!」


 二人一組の打ち合いの稽古であろうとも、俺は隙を見つければ割って入る。戦場というものはいつだって多勢に無勢である。


 それからも数組の奇襲に入り、俺は団員たちを見回す。途中、離れて鍛錬の終わりを待つ守護獣と目が合った。その周りには、スズメやキツツキ、ウサギやリスなどと団員たちの守護獣もいる。離れるための訓練を始めたころ、守護獣が泣きそうになっているのを見た団員たちがしてくれた行動だ。あれならば寂しくはないだろうし、目が合うと俺にアピールするようにぶんぶんと短い腕を振るので、少しだけ笑みが浮かぶ。……するとさらに嬉しそうな顔をするのだが、どういう気持ちでそうなっているのか俺にはまだ読み取れない。


 そうしていると、見学席の方がざわついた。

 何か起こったのかと思って視線を向け、目を瞠った。


 予定に入れたと話には聞いていた。それでも驚いたのは、外出時には外套で見目を隠すと思っていたその姿を気にした様子なく晒しているから。

 大きくぴんと立つ耳が周囲の音を拾うようにぴくりと動いている。腰下を隠すほどの尻尾は地面に触れることなくその滑らかな毛並みを風に揺らす。人間の見学者の中、好奇と嫌悪の混じる視線がどれほど刺さろうとも、彼女は背筋を伸ばして堂々と立っている。メイドが差し出す日傘の下で俺の視線を惹く金色の瞳が、合うと僅かに細められた気がした。


 彼女の姿に気づいたのは団員たちも同じ。しかし今は鍛錬中。視線だけを向けて鍛錬に集中する。

 彼女も分かっているのだろう。団員たちの鍛錬の様子をじっと見ている。


「各自休憩に入れ」

「「「はい!」」」


 団員たちに声をかけると同時、視界の隅でこちらに向かって飛んでくる白い塊が視える。……とてつもないスピードでやってきて毎度突撃される勢いで飛びつかれるので、視界に入るたびに体に力が入るようになった。

 今日もそんな守護獣を受け止めていると、見学者のほうへ足を向ける団員の姿がちらほらと見えた。


 見学者との交流は止めるものではない。中には身内がいる者もいるし、そういった身内はこういう機会に遠方から来るという場合もある。それとはまた違い、気になった令嬢や好奇心あふれる子どもの相手として声をかける者もいる。

 ……俺はあまり近づかないほうがいいので、もっぱら団員たちに任せているが。


 とはいえ、今日はそうもいかないだろう。

 見学席の端へ移動し交流している者たちの邪魔にならない位置まで来ると、すぐに彼女を手招いた。俺の求めに素直に従いやってくる。


「隠してこなかったのか」

「貴族の前でのそれは、まだわたしがこそこそしなければいけない身だと思わせるし、煩い口を助長させるだけだ。平民だって、わたしが町へ散歩に出るようになって少しくらいは見慣れてきているだろうさ」

「視線を集め放題で言われても説得力がないが……。まあ、あまり目立つことはしないように」

「もちろんだ」


 ……どうにも信用できない笑みだ。

 彼女の外出にはメイドたちが付き従っている。顔ぶれは彼女が度々変えているので、今日のメイドもまたリアンではなく辺境領から来てくれた者だ。

 辺境領から来てくれた者たちは、その育ちのおかげか彼女にも忌避感がない。女主人にしかと仕えてくれているし、彼女もメイドたちに気軽に声をかける。……以前「仕事に慣れたか?」と聞いたところ「今日は奥様が『町へ行くからおいで』と一緒に連れていってくださったんです。私たちに合わせて散策までしてくださって。ご一緒できてとっても楽しかったです!」と辺境領から来たメイドたちは彼女と打ち解け、問題なくよく仕えてくれているようだ。なぜか少しだけ複雑な気持ちになった。理由は解らない。


 そんなメイドの耳にも他者の言葉は入っているのだろう。その視線が強く、僅かに眉が寄っている。


(屋敷の者たちは皆、彼女に好意的でいてくれる。これも彼女が起こした変化だな……)


「少し見ていたが、守護獣も離れることに慣れてきたようだな」

「ああ。鍛錬では素直に離れるようになった。まあ……休憩時にはこうだが」


 肩に乗ってすりすりとすり寄ってくる姿はいつもと変わらない。それを見て彼女はくすりと笑った。


「それでいいだろう。成長に従いそれも収まってくるだろうさ」

「そういうものか……」

「今度は屋敷内でも離れることを始めよう。食事は離れた席に座って食べるとか、窓を間に内と外で別れるとか」

「……そうだな。様子をみながら」


 肩の上で「うぎゅ!?」と驚き声と拒否の首振りが感じられたが、見えているだろう彼女の笑みは変わらない。……これも守護獣のために必要なことだと思うしかない。


(いや。俺も厳しくしなければいけないんだ)


 守護獣の成長を遅らせてしまったのは俺だ。成長させる責任がある。


「守護獣の成長はこれからもみておくが、第九師団の熱気もなかなかだな」

「ああ。……御前試合で張り切っているからな」

「顔ぶれは決まった?」

「いや。まだ考えている。……誰か、よさそうな者でもいたか?」

「それは君が選ぶものだろう」


 瞬きをして見た彼女は、その視線を団員たちの方へ向けていた。


 第九師団団員の戦闘能力は先の一件から彼女も感じているだろう。勝利するために誰が適任であるか、おそらく候補は出ているのではないかと思う。

 だが彼女は、その候補すら口にしない。自分が口出すところではないというように。

 少しだけ、意外に感じてしまった。


 少しだけ彼女を見ていると「シルティ様ー!」と元気な声がこっちへ向かってきた。

 トニスを始め、団員たちがこちらへやってくる。それに伴って見学者の視線もこちらに向いているがトニスは一切感じていないのだろう。彼女にも自然に接してくれる。


「来てくださったんですね!」

「当然だ。君たちの気合の入った鍛錬は見ていて実に気持ちがいい」

「「「ありがとうございます!」」」

「張り切りすぎて御前試合前に燃焼しきってしまわないか心配だが」

「それやっちまうのはトニスですかねえ」

「おっ俺そんなことしませんって、イーサン先輩!」


 軽快な調子のやりとりと気持ちのいい笑い声。


(団員と彼女がこうして他愛ない話をするようになるなど、思ってもいなかったな……)


 けれど不思議と心が軽い。

 自然と笑みがこぼれてしまうのが自分でも分かった。


 しかしこのとき、俺は解っていなかったのかもしれない。

 御前試合を前に、本格的社交会を前に、彼女がただのんびりするわけがないと。






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