9,御前試合に向けて
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御前試合。
二年に一度開催される騎士の試合。騎士として勤める者ならばそこで戦えることは非常に名誉なことであり、将来も明るい。
勝ち進めれば出世にも希望がみえることもあり、将来的な安定もありえる。王家の覚えがめでたくなればそれはますます高まる可能性だ。
二年前にシルティが嫁いできてすぐにも行われたらしいが、シルティはそれを見にいってはいない。今回わたしが行けばそれが正真正銘の初めてだ。
「騎士団の各師団はもちろん、騎士団長の直属隊や地方で編成される分隊、近衛隊からも出場隊が選抜されます。参加は各隊から選抜される五名。五人目となる最終戦には長を据える隊が多いですが、長が出なければならない決まりはありません。三勝すれば次へ進むことができ、勝ち進めばそれだけの栄誉と褒美が与えられます。前回の第九師団は第一回戦は勝ちましたが、第二回戦で第二師団に敗れています」
「ギルベールがそうさせたんだろう?」
「……おそらくは」
御前試合について教えてくれたギルベールの従者ハインが少しだけ眉根を寄せて肯定する。わたしでも予想できたことだ。ハインも同じだろう。
(ギルベールのことだ。今回もおそらく目立つことはしないだろう)
父のことがあり、ギルベールは有事でなければ堂々と活躍を見せることはない。彼らしい振る舞いである。
わたしとしてはもっと派手に優勝を狙ってもいいと思うけれど、今後のことや水面下の敵を考えるとそれが好ましくないことくらいは解るから、ここはギルベールに任せるし口も出さない。
「君はギルベールに勝ってほしいようだな」
「……。今回の御前試合、観戦なさるご予定でよろしいのですね?」
「そうしておいてくれ」
御前試合まではあと半月ほどある。そろそろゼノンとアランの山修行も終えて問題ないだろう。
早速いろいろと仕事をしてもらうつもりではあるけれど、さてさて……。
考えるわたしの前で、ハインが再び視線をわたしに戻した。
「御前試合半月前からは騎士団や近衛隊の鍛錬を見学することが可能となりますが、如何しますか?」
「見学……? 身分や条件は?」
「ありません。貴族平民に関わらず可能ですが、事前に申請が必要となります」
町にはいくつかその申請を受け付ける場所があるのだという。必要事項を記入することで申請し、受理されれば見学が可能になるそうだ。
ハインの説明をふむふむと聞いて、少しだけ驚いた。
……そんな仕組みがあるのか。普段から騎士を見るなど町の警備くらいであろう平民にもそれを見せるのは、騎士を志望する者を増やす狙いもあるのだろう。
こういったものは子ども受けしやすいところもある。
「とはいえ、さすがにだれでも通るわけではありません。奥様ならば問題なく通るとは思いますが」
「貴族は通りやすいだろうな。普段は見学できないものなのかな?」
「城や王宮に勤めていれば可能ですし、身内がいれば」
ということは、わたしは普段からギルベールの様子を見にいけるということか。……まあ、だからといって行ってもとくに用事はないのだけれど。
「では、その申請を頼む。日時は後で」
「承知しました。ですが、ギルベール様のためにも、くれぐれも、目立つことはお控えください」
少しだけ視線を鋭く注意してくるから、思わず小さく笑ってしまう。余計に目が鋭くなってしまった。
ギルベールの従者であるハインは、ギルベールによく仕えてくれている。ギルベールが騎士団へ行っている間にギルべール周囲の雑務、先々の予定を組み事前のアポイントを取ったり、執事のセバスと共に屋敷のことでいろいろ動いていたりする。
そういう姿はよく見るし、わたしも少なからず世話になっている。最近はリアンもロイジーと一緒で忙しいし、セバスも少ない使用人の分を補うようにできることをすべてやってくれていて忙しい身だから。
「君はギルベールとの関係は長いのか?」
「ギルベール様が辺境領でお過ごしであった幼少期からよくご一緒させていただいておりました」
「あちらの屋敷の縁者?」
「いえ。ただの町の子どもです」
少々驚いた。
つまり、ギルベールは屋敷の外で友人を作れるくらいにはよく町へ出ていたということ。陛下が玉座についたのはギルベール親子が王城を出てかららしいが、万が一のときには城へ戻ることも考えられた身。外出となると護衛もそれなりにいたと思うが……。
「貴族……王家の者となると町で友人を作るのは難しいと思ったが、辺境領は当時落ち着いていたのか?」
「……ああ、いえ。私の父が国境兵だったのです。父に荷物を届けたり面会に行ったりすることがあり、その折にジルベール様に同行されているギルベール様に出会い、お話するようになりました」
「なるほど。そういう縁か。……で、今では欠かせない側近か。ギルベールが頼りにする理由も、君がわたしを警戒する理由もよく解った」
「……」
「構わない、そのままでいてくれ」
「……承知しました。失礼ながら……奥様にはあまりいい噂がないものですので」
「はははっ。本当に失礼だな」
しかし気分は悪くない。軽く笑ってしまえるくらいには気持ちがいい。
軽く受け流すわたしに、ハインは少しだけ眉根を寄せた。
「――……変わりましたね」
「人はいつでも変わる。時間次第、自分次第で」
シルティならどうだっただろうと考えた。
この二年間、ずっと耐えてなにも言わなかった彼女。誰と話すこともなくただひっそりと過ごしていたと日記から知った。
そんな彼女がもし彼女のままで、わたしなど現れずに過ごしていたら、彼女は変われていただろうか……。
(――……不毛か)
今、ここにいるのはわたしだ。ほかの誰でもない。
もし、わたしという存在が再びシルティに戻ったとしても、わたしがいたことは変わらない。もしかするとそれがシルティを変えるかもしれない。
「……なら、いいですね」
ハインの視線はすっとわたしから逸れ、別のなにかを見ている。
その目が何を、誰を見ているのか、それはすぐに察した。
「――安心しろ。わたしが、ギルベールを幸せにする」
「……何度聞いても正気の言葉とは思えないのですが」
「その目でしかと見届ければいい。――それより、一つ聞きたい」
「なんでしょう」
わたしの問いにハインはすぐに思考を切り替える。その表情は従者としてギルベールを支える役目とわたしを警戒する役目、その二つをこなしているからこその切り替えが表れている。
「わたしが悪女であるという噂、いつから、どこから出回っている?」
「耳に入るようになったのは、奥様がこちらへ輿入れなさることになった頃からです。辺境領には獣人がいますので、おそらくはそこから人づてに」
ロドルス国で唯一獣人という存在と関わりがあるのが辺境領だ。かつてはギルベールの父、王弟ジルベールが治めていた土地。そこから流れてくるのは当然だろう。
(しかし、ファルダ国がシルティの悪評を流すわけがない。そもそもシルティが記す中にそんな振る舞いも思考も欠片もなかった)
シルティが意図的に伏せていたならそういう可能性はある。しかし、わたしは辺境領での戦の後、町へ出て獣人の商人たちに会った。
そのときの彼らからそんな様子は感じられなかった。どころか、シルティという存在の大きさと今も称えている様子が感じられた。
(辺境からの情報、か……)
まあ、口から口への伝聞は形を変えやすいし、なにせここはロドルス国だ。わざと変えられている可能性もある。
ひとまず疑問は頭の片隅に置き、思考を切り替える。
「――……そういえば、その御前試合。守護獣の力は使ってもいいのか?」
「はい。守護獣の力も己の一部ですので」
それをどう使うのかもつき主次第。そこもまた試されている部分だろう。
守護獣との連携次第で、格上にも勝てるし格下にも負ける。
それもまた御前で行う試合として相応しくもあり、遺憾なく実力を発揮できるということだ。
とはいえ、過去に参加したというギルベールの苦労は計り知れない。守護獣を持たず、それでいて師団長として戦う、それもファルダ国との戦後に開催された御前試合で。
(今回は前回とは違う試合になる――……いや)
考えて浮かぶのは「うきゅう」とギルベールの肩の上で愛嬌の塊と化している守護獣だ。
……ギルベールはまだ守護獣の力の訓練をしていない。試合で発揮すれば間違いなく――……。
「半月でなんとか……無理か」
「なんの話ですか?」




