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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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8,閃きはパンが与えてくれる

 ~*~*~*~*~*~





「……大人しくと言ったはずなんだが」

「していた。売ってきたのはあっちだ」

「買うなと前にも言わなかったか?」

「覚えてない」


 憤然と去っていく背中を最後まで見送ることなく隣の彼女に言うが、悪びれてもいない様子はこれまでどおりで胃が痛む。

 肩に乗る守護獣が「うきゅきゅ」と天を仰ぐ俺を励ますように頬にすりすりと身を寄せるので、そっと撫でてやると嬉しそうに鳴いた。


「それで、何があった?」


 グラム伯爵が彼女になにかしらをしたのだということは解った。それを彼女があっさりと退けてしまったんだろうことも。


 まさか、堂々と喧嘩を売ったわけではないだろうな……?

 胃痛が増しながら問うと、あっさりとした答えが返ってきた。


「休憩をどうぞと勧めるふりをして複数の男がいる部屋に押し込んでくれたから、全員叩きのめして出てきた」

「……。なにも、なかったんだな……?」

「ない。叩きのめすのに数秒で済んでるから。疑いを抱く時間はない」


 グラム伯爵への呆れも、男たちへの同情も覚えない。――ただひどく、腹が立った。沸き起こる怒りに自分でも驚いてしまうほどに。

 今回だけは彼女の強さに安堵して、その行動力に助かった。


 黙る俺になにを思ったのか、少しだけ眉根を寄せて俺を見る。


「君以外の男に触れさせるつもりはないし、腕を捥いでやるつもりだから」

「……それはやめてくれ」


 不穏な想像をさせないでほしい。そんな彼女はいつも通りで少しだけ張り詰めた気が緩んだ。

 どこか不安そうだった守護獣がそんな俺の空気を感じたのか、同じようにほっとした様子で力を抜く。


「君のほうはなにも?」

「……まあ、とくには」

「守護獣。どうかな?」

「うきゅ。きゅきゅっ」


 時々思うのだが、彼女は守護獣が言っている言葉が理解できるのだろうか?

 俺の守護獣がなにかしらを訴えているようで、彼女も怪訝とすることなく聞いている。


 獣人はどうやら守護獣について詳しいのだということは俺も知った。しかし、その守護獣の言葉など誰にも理解できない。

 身振り手振りを交えた訴えをなんとか読み解くのが皆のやり方だ。俺とてそうであり、守護獣がいると知って日の浅い俺は読み解くのにも時間がかかってしまう。


「ん? わたしが嫉妬するとはどういうことかな?」

「っ!」


 がばりと守護獣を視るが、首を傾げて俺を見る。そのくるりとした藤色の瞳は子どもらしく言い返すことができない。


 ……なにか言い訳を考えよう。自分で言ってなんだが彼女に知られたくない。

 今後は守護獣にも軽はずみに彼女に報告しないように教えるとして。今をどうするか……。


「いや……その……あなたの腕前は騎士も嫉妬するものだという話で……」

「女性相手に?」

「これから社交の場に出ればまたなにかと面倒もあるかな、と……」

「ふふっ。必死に言い訳を探す君も微笑ましい。安心しなさい。怒らないから」


 ……本当だろうか? 笑顔で物騒な発言をしないだろうか?

 疑いしかない俺を見ても彼女の微笑みは変わらない。じっと見つめて、そっと逸らして。しばし考える。


(黙っていても答えるまで問い詰められそうだな……。というか、もう事態は読めていると思えるんだが)


 それでも俺の答えを待っているのだ。……そんなもの、答えないわけにいかないだろう。


「……俺に、娘を気にかけてくれと。大方は愛人にでもという腹だろうが、薦めてきた相手がいたんだ。もちろん断った」

「出てくるかなと思ったがそうなったわけだ。ふむ……。正直に答えてくれた君に免じて許そう」

「……そうか。よかった」

「ん? 女の肩を持つなら話は別だよ?」

「違う! あなたがなにかやりそうだなと不安だったんだ!」


 心底安心する俺を前に、彼女は軽やかに「そんなことか」と笑う。……笑うことではないし、そんなことと軽い話でもない。

 どうしてもため息が出る俺に、彼女は「はははっ」と軽く笑っていた。






 ~*~*~*~*~*~






「へえー。あの公爵サマにそんなことしてくる奴もいるんですね」

「陛下がギルベールを遠ざけようとしないからな。ロザロス家が今も変わらぬことも含めて、陛下がギルベールを厚遇する可能性がちらつくんだろう」

「なるほど。そのときのためにちょこっとお近づきに……ってことですか」

「そういうことだな」


 なにも深い繋がりが必要だというわけでもない。

 今はどの家もロザロス公爵家、ひいてはギルベール個人とも関係が薄い。そんなところにギルベールとわたしの活躍が出て陛下もご満悦となると、これからのことを考えてしまうのだろう。

 要は、いつでも切れるくらいの糸を繋いでおきたいということだ。


(とはいえ、あらぬ罪を被せにくるような、嵌めにくるような相手には今後厳重に注意が必要だな)


 あの夜会で早速きてくれたあの貴族は当然頭に入っている。それに連なる者も組み込むことになるだろう。

 ギルベールに味方を増やしたいところではあるが、それも簡単にはいかない。


(シルティの日記にあった内容からは――……)


 つらつらと考えていると、声の相手の隣から別の声が聞こえる。


「……主は、そんな相手になにか手を打つのですか?」

「まずは情報が要る。そのために君たちに大いに働いてもらうさ。わたしが得られるのはどこで何をしているかというくらいだからな」

「それでも十分なくらいだろ……。……で。そんな俺らは現在?」


 にっこりと笑顔を向けると「無様笑ってる?」と非常にズレた解釈をしてくれた。心外だ。


 とある山の中。木々が立ち並び草が茂る。空を覆わんとする葉は太陽光を遮りつつもその合間から光の柱を下ろし、その下で小さな生き物たちがのびのびと暮らしている。どこもかしこも動物の気配ばかりで、人が立ち入っている気配も道もない。


 屋敷からここへやってきたわたしの前にいるのは、わたしの密偵として教育中のゼノンとアラン。

 そんな二人は今、鍛錬不足のお仕置きとして縛り上げて逆さ吊りになっている。


「仕方ないだろう。課題に合格しないから」

「数頭の熊の寝床に突撃かまして中の食糧奪ってこいなんてどんな課題だよ!」

「気配遮断。忍び足と逃亡力。素早い行動」

「あんたの訓練は相手が全部自然の中の猛者なんだよ!」

「それくらい騙せないと人間どころか守護獣を騙せない」

「ブラックがすぎる!」


 ゼノンが情けなく叫んでいる。耳の良いわたしには非常に大きく聞こえるが、不思議と不快ではない。

 ゼノンはまだまだ元気なようで叫んで暴れているけれど、アランは大人しく己を反省させている。正反対に見える二人だが鍛錬や仕事での仲はいいらしい。それもまたよいことだ。


「あ、そうだ。アラン。ロイジーから手作りパンの差し入れだ。リアンから教わって作っているらしい」

「ありがとうございます。……元気にしていますか?」

「ああ。働きぶりも素晴らしいし、日々リアンと共に成長している」

「よかった……」

「なに安心してんだっ! それ食べるにもまずこれ解いてもらわねえと無理だから!」


 ゼノンが元気ならもっと鍛錬の負荷を増やしても問題ないだろう。よし。

 そう決めてから二人を解放し、とりあえず輪になって腰を落ち着けることにした。


「不合格ではあったが、なかなかいいところまでいっていた。熊も君たちに気づくのに遅れていた。……君たちはやはりいい腕を持っている」

「つっても、やっぱりあの五感は簡単には騙せねえ」

「そこは人が持つ知恵を使いなさい」

「知恵、ねえ……」


 持ってきた籠にはロイジーが作ったパンがたくさん入っている。

 リアンは実家がパン屋らしい。休日には実家に帰って手伝いをしているし、屋敷でも料理人たちとパン作りをしたり新作に関する意見交換をしたりしている。

 ロイジーは屋敷ではリアンと一緒に仕事をすることも多く、最近はパン作りも一緒にするようになったらしい。今回の差し入れもそれだ。


 解放されてほっと一息つく二人とわたしも一緒にパンをいただくことにする。

 籠にはいろいろなパンが入っている。柔らかいパンで野菜を挟んだもの、木の実や干し果実を混ぜ込んだもの、くるくるねじ曲がってサクッとしているものもある。パンだけに偏らないよう肉や野菜を挟んだものが多いのは、兄たちを気遣ってのことだろう。


 それらを見てアランは嬉しそうに口角を上げ、ゼノンも「美味そうだ」と笑顔で一つ手に取る。

 わたしも早速干し果実を混ぜ込んだパンを食べる。美味しい。


 ロイジーとリアンはパンも作るが、時折パウンドケーキやフルーツケーキなんかも作るらしい。その経験がパン作りにも閃きを与えてくれるのだとかリアンは言っていた。

 二人で一緒に厨房で楽しく作っている様は微笑ましい。楽しんでできることがあるならそれはいいことだ。……ただ、その度にわたしの嗅覚が刺激され、足がふらりと厨房に向いてしまって、「お茶のときに奥様にお出ししますね」と少々“待て”をされるのだけは自分との闘いだなと思っている。抗い難し。


 じっくり味わって食べるアランは、しみじみとしたように妹のことを話してくれた。


「前は仕事ばっかりで、薄汚ねえあいつのせいで苦労させてるのは分かってた。傍にも……いてやれなかった。だけど今は……仕事だけじゃなく、友人ができて、一緒に料理もして、楽しんで笑顔なんだろうって思える。……主や公爵様には、感謝してます」

「ゼノンや君と同じ、屋敷へ来た者をきちんと受け入れるのは当然のことだ。ロイジー自身に意思があり、その頑張りがある」

「はい。でも、その環境をくれたのは主です」

「ならば、感謝は仕事で返してくれ」


 もともとアランはこの仕事を辞めるという選択もあった。だが、妹想いであるアランは、辞めたとしても元雇用主という存在がどこまでもついてくるのだと、よく理解していた。

 ロイジーはもともとそんな雇用主に狙われていた身だ。いくら市井で一般市民となっても、アランが四六時中ロイジーを傍で守れるわけではない。一般市民となると、貴族や暗部相手にできることはあまりにも限られ、無力だ。


 アランは最大限にロザロス公爵家を利用することを決め、わたしもアランを利用する。互いの利害の一致だ。


(とはいえ、ロイジーが楽しく過ごせているのならそれがいい。想い合い、精一杯生きている二人の心に諦めがないことが、なによりだ)


 兄妹二人の家族だ。そういう精一杯でささやかな幸せを望み、尊くも思う。


 そういうどこか眩しいものは、前世で知った。

 好きに旅をしている中で世話になる家族もあった。だれもが富んでいたわけではないし、両親や伴侶、子供がいる幸せな家庭というものでもなかった。

 それでも、日々の暮らしの中にある笑顔とささやかな幸福が輝いて見えることはよくあった。なぜだろうと考えても、簡単に答えなど出てこない問いだ。


「おまえの妹がいなけりゃ、俺たちは今こうして美味い飯にありつけてないしな」


 ぺろりと一つ平らげるゼノンにアランは失笑する。わたしも思わず笑ってしまう。


「わたしが持ってきたかもしれないが?」

「お姫サマは料理がおできに?」

「もちろん」

「ますます姫様らしくねえな」


 くつくつと喉を震わせるゼノンはきっと信じていないだろう。別にいいけれど。


 アランもロイジーからの差し入れを大事に、噛みしめるように食べる。ゼノンはひょいと二つ目を手に取っている。よほどに腹が減っているようで、次に手に取ったのはくるみを混ぜたパンのようだ。

 ぱふんっとふわふわ生地のパンを食べ、くるみの感触も楽しんでいる。


「これ合うな。美味い。生地もさっきのと違うのか?」

「みたいだ。こっちの干し果実も美味い」


 二人は非常に満足しているようだ。山での修行中でありつける食事は想像しやすいもので、こういう差し入れは貴重かつ美味に感じるものになっているんだろう。

 修行中の食事を想像して無理もないかと思っていると、不意にゼノンがじっとパンを見つめて動きを止めた。


「リーダー。どうかしたか?」

「いや……。――……そうか。そういう手があるんだな。暗殺仕事じゃ守護獣は守護獣で、諜報も人がいない隙を狙ってたからぱっと思い出せなかったが」

「?」


 ゼノンはぱくぱくっと大きな一口でパンを食べると、すぐに立ち上がってわたしを見る。


「主サマ。もっかい挑戦させてくれ」


 その言葉に自然と口端が上がる。


「いいだろう」






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