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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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7,大人しくしていろ

 ~*~*~*~*~*~






 チョロいものだ。

 他国に来てからどこからも、夫にさえさして相手にもされていない女を誘導するなど容易すぎる。どうせ頭の中はただの獣もどきでありろくな思考力もないのだろう。のこのこ人の後をついてくるのがその証明だ。

 ロザロス公爵が傍にいれば引き離すところからだったが、冷めきった夫婦関係は貴族社会では周知もの。公爵もさしてあんな獣もどきのことなど気にしていないだろう。


「グラム伯爵。首尾は?」


 会場に戻れば、それを認めた数人の貴族家当主が寄ってくる。

 気さくな会話に見せながら小声の問いが向けられる。他の者たちも気にするように視線を向けてくるので、私は胸を張って成果を誇示してやった。


「容易いものだったわ。後は少々待ってから騒ぎ立ててやればいい」

「フフッ。待ち遠しいな。あの落ちこぼれの顔がひどく歪む様は想像しても滑稽だ」

「戦績をあげた上に守護獣がいた、などと陛下の気を引いたところで所詮は逆賊の身内。相応しい這いつくばり方というものがあると教えてやるのは我々の役目さ」


 笑いが止まらない。


 ギルベール・ロザロス。いくらその身に流れる血は王家のものといえ、すでに王位継承権は剥奪されているただの若造にすぎない。

 国に、陛下に仇なした者の身内は本来ならば極刑に処されている身。それを陛下の慈悲で生かしているにすぎない。


 そんな者、これまで国に貢献してきた我々とは違う。逆賊の汚名がたかが三年で消えるわけがない。

 一生そのまま落ちこぼれでいればいい。己の身内が犯した罪を一生背負い続けろ。功など立てず目立たず身を隠しながら過ごせ。それが奴の贖罪だ。


 ――国に仇なすとはそういうことだ。


 だというのに、戦において奴は陛下から褒章を与えられる功績を残し、さらには守護獣まで顕現させた。

 いきなり守護獣がいることが判明したなどあるわけがない。ありえない。守護獣とは生誕から共にいる、同じように生まれるものだ。


 つまり奴は――守護獣を隠していた。

 そして我々を嘲笑い、陛下まで騙していた。


 剣の腕に加えて守護獣の力まで得た奴は危険だ。だというのに陛下は楽観視されている。「今後がさらに期待できる喜ばしいことだ」などと笑える事態ではない。


 ――我々が灸を据える必要がある。


(己の立場を弁え、でしゃばるような真似はせぬことだ。所詮奴は反逆者の身内にすぎん)


「あのような者には似合いの伴侶も、少しは我々の役に立つものだ」


 笑いがこみあげて仕方ない。

 今頃はあの獣人もお楽しみの最中だろう。手配しておいたのはどれも見目のいい青年たちだ。


 喉の奥から愉快な笑いがこみあげて仕方ない。

 夫婦共にでしゃばることをするからだ。身の程を弁えるがいい。


「さて。少々時間がある。こちらからロザロスを労ってでも――」


 私の目の前、同胞たちの背後をすーっと通り過ぎた銀色。


「…………ん?」

「どうした? グラム伯爵」

「なにを呆けた顔を――」


 …………いる。ついさっき欲望の宴に放り込んでやった女が。

 平然と歩いて、出くわした令嬢と平然と笑顔で話をして、周りを見てぱっと表情を明るくさせてバルコニーへ向かう。


「「「…………は?」」」


 目で追った我々の口から出た言葉は実に呆けたものだった。

 しかしすぐ、この事態を理解してあわあわと慌てふためく。


「ど、どどどどういうことだグラム伯爵!?」

「知るか!」


 歩きも平然としていた。ドレスも乱れてもいなかった。まるで外の空気を吸って戻った帰りのように。


(いや、いやいやいや! そんなはずは……!)


 相手は多数だぞ!

 私が奴を部屋に放り込んで会場に戻るまでの時間、今見た奴の姿。どう考えても奴が部屋を出たのは放り込まれてからほんの数秒から数十秒後。何が起こるような時間ではない。


 私は慌てて会場を出て例の部屋に向かう。バタンッと扉を開け――絶句した。

 十名近い青年たちが一様に、気絶していた。


「……は…うぁ……んんっ……!?」


 待て待て待て! なにがどうなっている!?

 あの獣人もまた戦績をあげたのは知っている。だが、どうせは騎士たちがいてこそのものだ。たとえ何かができたとしても、あまりにも時間がおかしい。


 意味が分からないまま会場へ戻り、すぐさまあの銀色を探す。

 見つけたのは人のいないバルコニーだ。そこでロザロス公爵となにやら話をしている様子。


 他の者が周りにいないならこれはこれで都合がいい。

 私がすぐに目配せをすれば、傍にいる同胞たちが了承したと頷いてバルコニーの入り口をさりげなく囲む。……これでよし。


 息を整え、さりげなく、手すりのそばで談笑している二人に近づく。私に気づいたのか、ロザロス公爵の肩に乗る守護獣の目がこちらに向いた。


「おや。ロザロスご夫妻」

「……グラム伯爵。息抜きに?」

「ええ。まあ」


 ちらりと夫人に目を向ける。にこりとした微笑みの下になにを隠してあるのかは読み取れない。隣に立つロザロス公爵も不快らしいものは見えない。

 ……まだなにも聞いていないのか? ならばいい。想定外でこの獣人が早々に出てきた以上、口は封じておかなければいけない。


「お二方のご活躍、感服いたしました。夫人もそれほどの腕をお持ちであられたとは」

「ファルダ国は性別に関わらず武の腕が競われるものですので。それに、わたしの父がなにせ国一番の武人でしたので、その父に幼いころから仕込まれております」

「ほお。父君に……」


 夫人の父というと先代ファルダ国国王。そしてロザロス公爵に敗れた男だ。

 己が殺した妻の父の話を出されるのは気分の悪いものだろう。内心ほくそ笑んでロザロス公爵をちらりと見る。


「先代王はなかなかの教育を施したんだな。あそこまで冷静かつ的確な戦術まで練られるとは。剣術もそうだが、力もあれほど強力だとは知らなかった」

「父と一緒に過ごすとはつまり鍛錬でしたから。力は個人で差はありますが、わたしは強いほうですよ」

「すごいな」


 あ、あっさりとその内容で会話ができるのか……。いや! 殺した相手などどうとも思っていないということか。夫人が平然とその内容を持ち出すのも嫌味のつもりだろう。

 所詮、気を遣う相手に話を合わせるしかないということだ。実に不甲斐のないものだ。

 微妙な夫婦関係など知りもしないのだろう、守護獣が「うきゅうきゅ!」となぜか嬉しそうに鳴いている。……馬鹿な守護獣だ。


「実に頼もしき方ですな。しかし、あまり御夫君に苦労をかけるのはすすめられませんな」

「苦労ですか?」

「あまり奥方が勇んで戦いになど出られては公爵も集中できぬこともありましょう。普段においてもそうです。夫人はどうやら積極性にあふれておられるようですが、軽率な行動が公爵のご迷惑となることもありえます」


 ロザロス公爵の視線がわずかに逸れた。それを見て笑みが浮かぶ。

 夫人だけはこてんと首を傾げているが、そこを畳み込む。


「夫人は我が国に来られてまだ二年。頼れる者は少ないかと思います。私でよろしければいつでもご相談に乗りましょう。――公爵とて難しいお立場。あまり負担となるようなことはお控えください」


 にこりとそう言ってやる。ロザロス公爵はわずか眉根を寄せつつも視線を逸らし、夫人は私を見ている。

 そしておもむろに夫人がにこりと微笑んだ。


「ご心配いりません。グラム伯爵。わたし――孤軍でも、敵は徹底的に潰す主義なので」

「……は?」


 その口元が、これまでと違う笑みをつくる。

 背筋を冷汗が流れるような。笑っていない刺すような鋭い眼光がこちらを射抜く。


「そちらも、ギルベールの心労となるようなことはしないほうがいい。――潰さなくてはいけなくなる」

「……っ、なん――」

「先ほどのアレも。あんなものでわたしを釣れると思ったなら甘く見られたものだ」


 コンッと靴音がした。その音が耳に入ったときには鼻先が触れそうな眼前に、恐ろしいほどに輝く金色の瞳があった。

 ぞっと背筋を悪寒が走る。緊張と寒気で手が震える。なにか威圧的で食らいにくる何かを目の前にしているような――……


「相手になってほしいならいつでも相手をしよう。だが――相応の損害を覚悟し、腹を括ってからおいで」


 ふっと金色が離れてやっと、体から力が抜けて崩れ落ちた。そんな私を金色の目が軽蔑混じりに見下ろしている。

 くるりと身を翻してドレスの裾がひらめく。その向こうから夜空に交じる黒が近づいてきた。すぐ傍に見える白色だけは、その見目に似合わぬ威嚇と迫力で私を睨むように射抜いてくる。


「妻が失礼を……。大丈夫ですか?」

「……っ」


 私に手を差し出してくる。そんなもの、屈辱以外のなにものでもない。

 バシッとその手を弾き飛ばし、すぐに立ち上がって身を翻した。


(絶対に、絶対に許すものか! すぐにでも()()()に訴えてやる!)






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