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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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93/119

6,三秒

 ~*~*~*~*~*~





「ロザロス公爵。活躍はお聞きしましたよ。いやはやさすが」

「剣術のみで守護獣の力にそれほど対抗できるとは。他の者でそれほどのことをできる者はいないでしょう」

「しかも今になって守護獣の力まで得たとか。味方で心強い」

「ははは。しかし愛らしい守護獣ですな。小さな身で精一杯閣下を守る様は微笑みを誘う」


 ……いろいろと聞こえる声は右から左へ聞き流すに限る。

 褒め称えているのか、嫌味を混ぜているのか。どちらでもいいし、どちらだからどうだということもない。


 活躍しても。力を得ても。――俺はただ陛下に忠実であり続ける。

 どうみられても。どう思われても。それが俺があるべき姿だ。それに反したいと思ったこともない。


 俺がそれに反する行動をとれば、今は辺境で養生している母の平穏も失われる。やっと落ち着いてきた彼女との暮らしも崩れ去る。父も俺も仇なす者として語られ、関わった全ての者に累が及ぶ。

 そんなこと、したいわけがない。


(なにを為そうとも、俺はただ平穏に、陛下に忠実に)


 陛下には恩がある。

 公爵家の存続も、家督の継承も、俺や母を永らえさせてくださったことも。


(この程度はただの雑音だ)


 だから、肩に乗る守護獣にも問題ないとそっと手を添える。その小さな手で指をとってすりすりとする様は、この状況において心を慰めてくれる。


 言いたい嫌味を言い終えたのか、俺の周りを囲む者たちが「私はそろそろ」と言って離れていく。少しだけ体が軽くなる気がした。

 しかし次は来る。見れば、今度は別の者が近づいてきた。どこぞの貴族家の当主だろう男と、傍には年頃の令嬢が一人。


 瞬時に嫌な予感がした。


「ロザロス公爵。此度のご活躍、恐れ入りました」

「いえ。他の騎士の方々が健闘くださったおかげですので、礼ならば他の者に」

「なんと謙虚な姿勢。いやはや素晴らしい」


 その微笑みから感じるのは賞賛ではなく、上辺の作られたものであるという無機質なもの。瞳の中にある心地よくはない空気がまとわりついてくるようだ。

 俺に積極的に声をかけてくるのは多くがこういう手合いの者だ。すでに慣れた。


「騎士としてこれ以上なく国に貢献されている閣下ですから、お疲れもひとしおでしょう」

「……いえ。それほど」

「私も仕事で忙しいことは多々ありますが、そんな私を妻はよく癒し労ってくれましてね」


 そう言って、わざとらしくちらりと視線を傍の令嬢に向ける。おそらく娘なのだろうその令嬢もにこりと笑みを浮かべて俺を見つめる。

 ……その笑み、嫌悪が混じって見えるのは俺の偏見だろうか。


 彼女の予想が的中した。

 いくら今回は功績をあげたとしても、俺はこの三年で評価がガタ落ちしている。そんな男に娘を薦める者などいないだろうと思っていた。


(まさか、本当にくるとは……)


 正直なところ、呆れた。唖然とした。

 にやりとしている男に返す言葉が浮かばないほどに唖然とし、しかしすぐにはっとして視線だけを忙しく動かして周りを見る。


(こんな話が彼女の耳に入れば排除に動きかねないっ……)


 内心ひやひやものだが幸い俺の視界に目立つ彼女の姿はない。ほっとしたのもつかの間、目の前をどうにかしなければと思考を切り替える。


 俺に近づいて甘い汁が啜れるわけがない。狙いは家格か騎士団との縁故か……。繋がったとしても、周囲の目はあまりよくないと思うが。

 とはいえ、今回の事や俺に守護獣がいたということで、俺に対する陛下の評価が変わり、好待遇を得るかもしれないと狙うならそれは理解できる。……仮にそんなことがあったとしても俺は丁重に断るが。それに、すぐに切れるような繋がりしか保つ気はないのだろう。


「よければ今後、私の娘を気にかけてくださりますと――」

「では、妻に話を通しておきましょう」

「いえいえ。奥方もご苦労が多いでしょうから是非閣下に――」

「ご令嬢ならば社交会への出席が多い。私ではお力になれぬかと。妻ならばそういう場も慣れていますから」

「閣下。私は是非閣下にお願いしたいですわ」


 令嬢が一歩、俺に向けて歩み寄る。俺の肩で守護獣がぴくりと反応した。

 下手に騒げば事が大きくなる。それは勘弁願いたいし、彼女が出てくるようなことも避けたい。


 近づいてこようとする令嬢から一歩距離を取ったとき、こういう場で俺の意表を突いてくる彼女が浮かんだ。


「申し訳ないが、私では力になれない。――私の妻、シルティが可愛く嫉妬をしてしまう」

「「……は?」」

「は……? あ、いや…その……妻に勘違いされるようなことはしたくないので。失礼」


 急ぎ足でその場を離れる。

 すぐに会場の端に移動して誰も来ないことを確認してから大きく息をついた。そんな俺を心配するように守護獣の視線を感じる。


(お、俺は一体なにを口走っている!?)


 自分で自分の言葉に驚いたのは初めてだ。

 自分で口にしておいてなんだが非常に恥ずかしい。思わず片手で顔を覆う。……頼むから、この顔の熱に誰も気づかないでくれ。

 これまであんな理由をつけたことなどない。あるわけがない。俺にこんなことを言わせた犯人が頭の中で「はははっ」と笑っているのが憎らしい。


 肩から聞こえる「きゅう?」と心配するような声に「なんでもない」と小声で伝え、もう一度深く息を吐いた。


 先ほどのような手合いが増えれば断る文句は必要になる。あれも悪くないものになるだろうと思う反面、誰もが目を剥くだろうなと想像できてしまう。

 彼女が俺や他の者がいるときに平然と父親のことを話題にするようなものだ。誰もがそんなことあるわけがないと思っているからこそ、大きな衝撃とできる。


(とはいえ、何度も言いたい言葉じゃないな……)


 思い出してまた熱が集まる気がする。それを振り払ってもう一度会場内へ視線を向けるが、やはり彼女の姿は見えず、落ち着こうと思いバルコニーへ出ることにした。





 ~*~*~*~*~*~





(――…ん? 今珍しくギルベールに名を呼ばれたような……)


 耳がそんな声を拾った気がしたが、今のわたしの傍に彼はいないから気のせいかもしれない。会場内であったなら正確かどうかすぐに判断できたが、会場を出た今は判断ができない。

 ……少しむっとしてしまうな。ギルベールは「あなた」としかわたしを呼ばないし、名で呼んでくれることもまだまだ数えるほどの少ないものだから。


(やはり、もっと妻として夫婦としてなにか行動を起こしてしまうべきだろうか……)


 本来のシルティからすれば今の状況はとんでもない進歩だろう。しかし、わたしは満足できているとはいえない。

 とはいえ、ギルベールに嫌われて幸せにする計画が頓挫してしまうのは避けねばならない。……難しい。


 考えるわたしの前を歩く一人の男。会場にいたわたしに声をかけてきたどこぞの貴族家の者だ。わたし個人の貴族の知り合いはさして多くないが、会場においての会話はある程度耳に入るので家名くらいは読み取れるところがある。

 とはいえ、それが分かったとしても言葉を交わしたことはないという相手がほとんどだから、知らない相手と言っても差し支えない。


 ギルベールと別れてからは、以前の夜会で面識をもった令嬢や婦人たちと少し情報を交換共有しておいた。それからは会場でこそりと聞き耳を立てていたわたしの元へ来たこの男。


『お疲れではありませんか? ロザロス夫人。どうか、この度の功労者へ休息を差し上げる栄誉を与えてもらえませんでしょうか?』

『まあ……。ギルベール様はまだお話されておられますし……。ではお言葉に甘えてよろしいかしら?』


 口は上手くそう言ってきたこの人物に、わたしは少し考えてから笑みを返してそう言った。


 そうして現在に至る。

 正直なところ、なにかしらの魂胆があるのだろうなとは思っているが、拒んでも絡んできそうだったから大人しくついてきたに過ぎない。


 カツカツと靴音がなる廊下を歩く。会場からは少し離れてしまったこの場所は、喧騒も届かず警備している衛兵の姿もない。

 ちらりと周囲を確認しながら歩いていると、とある扉の前で男が足を止めて振り返った。


「どうぞこちらの部屋をお使いください。ここならば少々羽目を外しても誰の耳にも届かず、目にも入りませんので」

「お気遣い感謝いたします」


 丁寧な物腰で扉を開けるので、わたしは一歩中に足を踏み入れる。


 室内は暗い。けれど、この目は闇にも慣れている。――だから分かる。


「それでは、ごゆっくり」


 ねばつくような声が後ろから放たれる。同時に、内側から扉に鍵がかけられる。

 ――周囲に感じる、複数の気配。


「これはこれは。お美しい女性が迷い込んだようだ」

「可哀そうに。寂しいだろう?」

「俺たちが慰めてあげるから、心配しないで」


 扉を開ける前からどうせくだらないことが待っているんだろうなとは予想していたけれど、想像通りのくだらないものだった。

 けれど、ため息がこぼれるよりも、口端が上がってしまう。


「では、わたしを楽しませてくれ」






――そう言って三秒後、わたしはその部屋を出た。


「相手にもならない。至極つまらんな」






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