5,見せつけろ
♢
夜。吹き抜けの大広間で夜会が催される。
参加する者たちは各々社交や情報交換に勤しんでいる。以前のそれとなんら変わらない光景。――ただ一点を除いては。
「同行したとは噂に聞いたが……。まさか敵将の一人を討つとは……」
「まさしく野蛮な血よ。貴族夫人になろうとも性質は変わらないらしい。全くもって品のない」
「あれが守護獣か? これみよがしに見せびらかしてくるとは……」
「落ちこぼれらしく気味の悪いものよ」
(視線も言葉も鬱陶しさが増したな……)
耳があちこちからの音を拾う。ギルベールの肩に乗る守護獣も耳が動いている。隠形すれば少しはマシかもしれないが、なにせギルベールに視ていてもらいたい子だ。まだ不安は消えないから隠形もしばらく先になるだろう。
……それまでの苦労はギルベールにのしかかるだろうが、まあ、宥める方法はあるから問題もない。
『いいか? 会場では俺がなにを言われても怒っては駄目だ。威嚇も駄目だ』
『うぎゅぅぅー……』
『そ、そんなに不服そうな顔をしないでほしいんだが……』
『君は怒るよりもギルベールを慰め、心を癒すほうに専念しなさい。すりすりは許可するから』
『! きゃう!』
『……機嫌がよくなっていないか?』
『よかったな』
――というわけで、今の守護獣はギルベールにべったりを満喫している。当のギルベールが少々複雑そうだが見えないことにしておこう。
これが万事解決法。よいよい。
頬に手を回すようにすりすりしてくる守護獣をそっと撫で、ギルベールはわたしをエスコートしながら歩く。
わたしたちの入場からあちこちで聞こえてくる声を右から左へ聞き流していると、王家の面々が入場する。
中心に立つ陛下は妃殿下をエスコート。王太子殿下は妹姫をエスコートし、第二王子とともに入場する。
それを見つめる貴族たちから静かなざわめきが生じ、隣のギルベールもまた身体を強張らせ、肩に乗る守護獣も同じ反応をする。
……陛下。やるな。
悠々と歩く陛下。妃殿下をエスコ―トするとは逆側に、己の守護獣を顕現させている。
陛下がこれまでこういった場に守護獣を顕現させたことはないというのは、陛下の守護獣を知る者の少なさと、陛下がこれまで犬であると誤魔化してきたという話から察していた。
だというのに、今夜に限ってはわざわざ顕現させている。三つ首のうち中央は淡々と前を見つめ、一つは耳に入るざわめきが鬱陶しいのか苛立ち気に周りを睨み、逆は傍の陛下を見つめている。……あの目、ギルベールの守護獣と同じ撫でてくれアピールだな。
前へと出た陛下は臣下のざわめきなど見えていないかのように、平然と口を開く。
「今宵は防衛戦勝利の宴でもあり、国のため戦った騎士たちを悼み、労う場でもある。そしてまた、今後の我が国の発展と強靭な騎士たちのさらなる成長を願い、存分に語らい合ってくれ」
ざわめきも少しずつ収まる。
陛下の挨拶後は、戸惑いつつも貴族たちは語らいに興じる。それを横目に見つつもまずは陛下の御前ヘ挨拶だ。
他の公爵家同様にわたしとギルベールも御前に挨拶に向かうと、陛下が笑みを浮かべて鷹揚に手を挙げた。
「楽しんでいるか? 二人とも」
ギルベールが陛下と妃殿下に礼をする隣でわたしも礼をする。
軽くスカートを持ち上げ、片足を下げて膝を折る。シルティの身にしみついた記憶が自然とこれをしてくれる。
「おまえと同じように私も守護獣を連れてみようかと思ってな」
「……皆目を剥いておりましたよ」
「ははっ。だろうな。少しは固い頭が柔らかくなるといいんだが」
「陛下。あまり力技は……」
「民の中には私やおまえのように苦しんでいる者もいるやもしれん。それに、今後はファルダ国との太い繋がりを作っていきたいからな。これくらいは」
「……あまり無茶はなされませんよう」
ギルベールが非常に複雑な表情だ。それを見て小さく笑ってしまう。陛下もギルベールの肩に乗る守護獣を視て、その行動に笑っているからおあいこだろう。
陛下の隣ではフィリーシア妃殿下が「甘えちゃって可愛い」とアンシェ王女と触りたそうにしている。それを見てユリフォード殿下がくすくすと喉を震わせ、もう一人の青年が初見の守護獣に「ふうん」と興味関心が薄いように音を漏らした。
(彼が第二王子、ガロ・グランジオンか……)
シルティの日記には、ユリフォード殿下や陛下と同じで記載情報はほぼない。どういう人なのかはシルティもよく知らないようだ。
社交の場とはいえ王族と気さくにお喋りをすることは、ギルベールがまずしない。同伴のシルティも必然似たようなものになるのは推測できる。
(陛下の守護獣を見知っていたのか……驚きも関心も感じられないな)
……というか、全身から脱力感を感じるのは気のせいか?
陛下や妃殿下はもちろん王太子殿下や王女殿下もぴしりと立っているのに、第二王子は同じように立っているようで若干の脱力が感じられる。目力のなさのせいかもしれない。
(王族の兄弟というと王位継承問題で揺れていそうだが、すでに立太子が済んでいるから投げやりか? ……まあ、想像しても仕方ないか)
確信を得られるほどに何かを知っているわけでもない。
結論付けて、一瞬だけ向けていた視線を陛下へ戻す。陛下は悪戯が成功したように笑い、ギルベールは仕掛けられて不満であるような顔だ。
「それより、此度は夫人とともに素晴らしい結果を残してくれたな。第九師団の活躍も耳に入っているぞ」
「恐縮です。皆が日々の鍛錬で力を伸ばし、戦場でも臆せず健闘してくれたおかげです」
そんな戦の最大の功労者の相棒がギルベールの肩を下りる。ギルベールと陛下はまだお話中だ。
守護獣同士が向き合う。ちょこんと床に立つギルベールの守護獣は、向き合ったはいいがすぐに昔のトラウマで震えだすし、陛下の守護獣は平然と見下ろす。
それでも同胞同士。ギルベールの守護獣はそーっと足を踏み出して、短い腕を最大限伸ばす。腕だけを伸ばして背は反らし、余程に近づきたくないようだ。
それに対して陛下の守護獣はとんとんと軽快に歩み出ると、中央の頭が下がって、伸ばされた手にちょんと鼻先をつける。
触れた瞬時にギルベールの守護獣はギルベールの足元まで下がり「もう挨拶しましたっ!」と言わんばかりの恐怖と達成の表情を浮かべる。それを見た陛下の守護獣はさして気にするでもなく主の傍に戻った。
……子どもの懸命と大人の余裕だな、これは。子どものほうはトラウマのように思っているが、大人なほうは命令を遂行しただけだとなんとも思っていない。陛下の傍にある守護獣として毅然とした振る舞いだ。
人も守護獣も挨拶を終え、わたしとギルベールは会場を歩く。
挨拶を済ませる家もあれば、数言他愛ない話を挟んでくる者も、嫌味をこぼしてくれる家もある。ギルベールの守護獣がぴくりと反応しても、ギルベールがさりげなく手をやって宥めているから威嚇することはない。
こういう場での扱いはどうするべきものか身に沁みているようだ。
「ロザロス公爵。夫人。先日の夜会以来だな」
「ティルズバーン公爵。夫人。お久しぶりです」
声をかけてくれたその人にわたしも礼をする。
ティルズバーン公爵は落ち着いた雰囲気の丸めの顔立ち。笑えば好々爺のようだが、その内面をわたしは詳しくは知らない。夫人は獣人にも寛容だが肩入れはしない。
貴族内でうまくバランスをとっているという印象だ。
「話に聞いたよ。素晴らしい活躍だったらしいね。そちらの守護獣も」
「とんでもない。皆の力あってのことですし、逆に皆さまを混乱させてしまいました」
「ははっ。確かに。だが君は前例を作り、陛下とともに未来へも一筋の光を射した。それは誇っていい君の功績だ」
「光栄です」
やはりギルベールは他の公爵にも下手に出る。その態度は仕方のないものでもある。
ティルズバーン公爵も見る限りはあからさまな態度には出さない。言葉の端々に毒を仕込んでくる者は多いが、公爵はさすがにそんな品のないことはしないようだ。
ギルベールの守護獣がギルベールを守るようにひしりと頬に手を回す。必死な様子にギルベールは眉を下げ、公爵と夫人が笑みを深める。
「……守護獣が失礼を」
「いやいや。しかし本当に不思議な姿だ。君をよほどに大切な主だと思っているんだね。よきことだ」
「ふふっ。とても愛らしいわ」
「ありがとうございます」
夫人の表情に妃殿下や王女殿下に通じるものを感じたのか、守護獣がぴくりと耳を反応させて「それほどでも」と言うかのように「うきゅぅ」と嬉しそうな声を出した。……今後簡単に流されないように教育したほうがいいかな。
わたしの思考を感じたのか、守護獣がびくりと肩を跳ねさせてこそこそとギルベールを盾に隠れようとする。こら。ギルベールが戸惑っているじゃないか。
「ふふふっ。可愛らしい守護獣に凛然とお美しい奥方、閣下も隅に置けませんわね」
「ギルベール様が守護獣を気にしてばかりですので、わたしは少々ふてくされてしまいます」
「っ……いや、そんなつもりは――……」
「まあまあ」
ギルベールが一瞬びくりと反応したけれど気にしない。わたしは夫人と笑い合う。おかげで公爵からも微笑ましく見つめてもらえる。
ティルズバーン公爵夫妻と少し話を楽しんでから別れた後、ギルベールが押し殺したように息を吐いた。
「……いきなりやめてくれ」
「悪く見られることなどできない。それにわたしは普段どおりのつもりだ」
「……それもそうだな」
なんだその諦観のくせに頬を引き攣らせる表情は。別にわたしと君は仲悪くなどないだろうに。少々心外だ。
ギルベールが疲れていると見ているのか、守護獣が肩の上でぺたぺたと頬に触れて頑張れと気合を送っている。
「君はまだ部下の家も含めて挨拶があるんだろう? わたしは待っているから」
「ああ。くれぐれも――」
「大人しく、だろう? 分かっている。君こそわたし以外の女とべたべたしないように」
「するわけがないだろう」
苦虫を噛み潰したような顔で言うから笑ってしまう。
ギルベールは自分の守護獣に視線を向けて「彼女と――」と言いかけたけれど、守護獣にぶんぶんと首を横に振られて諦めた。
「あなたも気をつけてくれ。すぐに戻る」
そう言って離れていくギルベールを見送って手を振る。守護獣が短い手を振り返してくれた。いい子だ。
(ギルベールが戻るまでわたしは退屈だな。耳を澄ませて情報を集めるとして、声をかけられそうな令嬢や婦人たちを探そうか……)




