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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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89/90

2,あの日々はどこへ……

 ~*~*~*~*~*~






 城の会議はあれこれ揉めていそうだが、俺は自分がするべきことをするだけだ。

 彼女を娶ってから変わらない平穏な日常――……なぜこれほど昔に、遠くに感じてしまうのか。遠く彼方の空を見上げても答えはない。


 戦も終わり、周囲は未だに俺の守護獣に関して騒がしい。

 しかしそういうものは、言ってしまえば、俺が「落ちこぼれ」であったときと種類は変わったが、変わらないようなもの。慣れているので問題はない。

 強いていうならば、師団での鍛錬中の光景に変化が訪れたり、俺の日常生活に守護獣の姿が入るようになったということで、それ以外は変わらない。


 ――彼女が、大人しくしてくれているならば。


『あ、ギルベール。いい人材を引き抜いてきた。辺境からの戻りで襲撃してきた者のうちの二人なんだが、腕は悪くないし行く当てもないようだしわたしも人が欲しいから働いてもらうことにした。ああ。一人はまだ進路に悩んでるから、それ次第だな。今は二人とも怪我を治しているところなんだが、それが治ればとりあえず働かせる一人は一月ほど山にこもらせてしごこうかと思う。というわけで時折屋敷を離れるから。それから進路がまだ決まってない一人とその妹の今後の身の振りも、二人の意思次第で手を貸したい。元々暗部の者だから、今もまだ元仲間がこそこそしているかもしれない』

『…………どこから突っ込めばいい?』


 町でいい買い物をした、なノリでさらっとする話ではないととりあえず言いたい。

 ぺらぺらっと話してくれた彼女だが、俺は言葉を失くして頭を抱えるしかない。そのうち胃になにかしらの影響が出そうで怖いなと思っている。胃薬を屋敷に常備させておこうとこの頃本気で考えている。


 屋敷で療養させているなら今更追い出せとは言えない。とりあえず当人たちに話を聞いてみた。

 彼女が引き抜いたというのは、元はどこぞの貴族が所有する暗部の一人で一部隊のリーダーを任されていたという男ゼノン。そして進路が決まっていないというのが同じ暗部部隊でゼノンの部下であったアラン。アランの妹も同じく逃げてきたらしいが、妹のロイジーは暗部の者ではなくメイドだったらしい。

 どうやらアランは、ロイジーを人質同然にされ暗部仕事をさせられていたようだ。さらに、ロイジーは屋敷の主に目をつけられていた節がある。……さすがに俺も不快を覚えた。


 ロイジーの雇用契約書までご丁寧にこちらの手に渡った。……あまりに都合がよすぎるので彼女をじっと見たが、読めない微笑みでこてんと首を傾げられた。彼女ならできそうで怖い。


『……こうなっては仕方がない。彼女が手を貸すことを惜しまないのなら、俺が断っても無駄だろう。とりあえず怪我を治すことに専念しろ』


 彼女がただの善意で手を貸したのか。人材を引き抜けた礼のつもりなのか。なににしろ、彼女が手を出すなら半端にはしないだろう。……どちらにしろ、いざとなれば止めに入れるくらいには近くにいたほうがいい。


 ゼノンとアランは療養中だが、ロイジーは今後の進路を考えつつも「お、お世話になってばっかりなので!」とメイド仕事をしてくれている。元々メイドであったので手際も悪くなく、年の近いリアンとも仲良くやれているようだ。


(彼女が大人しくしている平穏な日常は、まだまだ遠そうだな……)


 婚姻となってからの二年間はこんなことは一切感じなかったのに、今は疲労感と頭痛と胃痛がひどい。

 それでもまあ、不思議と、彼女を嫌いだと、嫌な奴だとは思わない。自分でも首を傾げる内心だ。


 息を吐いて思考を切り替える。

 先日彼女も言っていたように、俺に守護獣がいたことで貴族たちはまた目の色を変えるだろう。


(これまで悪態や嫌味で済んでいたのは、俺が『落ちこぼれ』であったから。力を持ったとなるとなにを言いがかりにされるか分からない)


 俺に求められているのは無力であることだ。父と同じ事をしないよう抵抗せず従順であること。

 無論、俺は陛下の命令に逆らうつもりも否を返すつもりもない。応えることが俺のすべきことであると認識している。


 父のことで見下されても、無力な落ちこぼれであったから笑われるだけで済んでいた。

 その片方が覆された。――となると、当然、面白くないと思われるだろうし、危険視の度合いが増す。


(俺は守護獣のことなど無知に等しいんだが……)


 どう指示を出せばいいのかさえ分からない。俺の守護獣は指示をもらうことよりも撫でてもらうことを待っているように見える。

 だとしても、今後のためにも当然制御する方法は身につけなければいけない。毎度戦場でしか使えないような突風暴風では被害が増えるばかりだろうし、彼女からも制御のための鍛錬は必要だと言われている。

 ……これに関しては第九師団から同属性の者の知恵を借りよう。


 貴族としての俺はほぼほぼに無力であるが、そんな俺にでもなにを仕組まれるか分からない。少しでも力をつけようものなら父と同じだと糾弾される可能性もある。もしくは、身に覚えのない罪を着せられ処刑されるか……。ただ貶めるだけ、糾弾のためだけに何やら仕込まれてくる可能性もあるだろう。

 ありえるか……と考える俺の頭の中で、彼女が敵を排除していく。


「……」


(あ、ありそうで怖い……)


 想像でしかないのに頭を抱える。……現実になりそうな気がするのは俺だけか?


(――いや。待てよ。なにも危険は俺だけではなく、彼女に何かしらのことがある可能性もある。俺のように罪を着せられ、さらに俺にまで責任を糾弾できれば儲けものになる。それに……彼女は一度暗殺者を送りこまれて毒まで飲まされている。命を狙われる可能性は高い)


 どちらも同じだけの危険がある。彼女や俺への仕掛けをファルダ国の仕業に見せかければ両国の関係は悪化するだろうし、これは一度取られている手だ。

 実際のところは、ファルダ国の者偽装作戦は実行を任されたゼノンの立案だったらしい。これが一暗部組織の者ではなく、それより上の危険性を理解している者なら規模の大きさと自身への危険も鑑みて取らない方法だと思うが、うまみも大きいという一面もある。


(ゼノンやアランの元主とはいえ……吐かないだろうな。彼女も吐かせるつもりはないようだし…)


 それは少しだけ意外に思っていた。

 敵は潰すと豪語していた彼女のことだ。その関係者となる二人に吐かせるかと思っていたが、そうはしないとはっきり言われた。


『寝返ったとはいえべらべら話す奴は信用できない。頼んでもないのに喋るなら余計に。聞かなくてもあぶり出して潰すのは変わらないし、まだ証拠がない』


 ……納得のできる言い分ではあったが、敵探しという短縮できる時間を短縮しないというのんびりな姿勢からは意外性が消えなかった。てっきり、速攻で叩き潰すかと思っていた。


 ロイジーの雇用契約書には、雇用主のサインではなく印が使用されていた。

 公文書や重要決裁などではそれぞれの家が持つ正式な貴族印が使用されるが、それ以外では簡素化した略式印が使用されることが多い。場合によってはサインではなくそれで証明することもあり、屋敷内のこととして雇用主は印だけで済ませていたようだ。

 ……生憎と俺はそれほど貴族と交流がないので、簡素化された印を見知っている相手はそういない。雇用契約書を見て彼女にもそう説明したが「へえ。そういう物もあるのか」と新発見に目を丸くさせていた。


 ――なので、今のところ敵の正体は掴めていない。彼女はそれについて言及するでもない。

 むしろ今は、自分の密偵教育計画の立案に熱心である。見舞いと監視を兼ねてゼノンとアランの元へ行ったときに伝えてみると、頬を引き攣らせていた。


(あの二人、本当に信用できるのか……?)


 彼女はあっさりと受け入れたが、俺はまだ少し疑念が残っている。

 彼女に今後の危険性について言われたからかもしれない。もしもあいつらが彼女になにかすれば、それこそ取り返しのつかない問題だ。


 二人に「なぜ」「どういうつもりだ」と問いただしたい気持ちはある。だが、問いただしたところで自分が納得できるのかと自問し、答えが出てこない。

 そもそもに、自分が納得できる答えとはなんだ? 「恩を感じたので」「感服しました」「この人についていきたいんです」とでも言われれば納得できるのだろうか? 嘘くさいと思ってしまわないだろうか?


 ――だから、俺はまだあの二人になにも言えていない。


「――だ――う――」


 万が一があっても彼女自身がどうにかするだろうと思えるが、どうにも内心は落ち着かない。

 ……せめてこう、あいつらが信用に足るのだという何かがないだろうか? 仕事で成果を出せばあるいは少し信用できるかもしれないが、今の二人は怪我の療養中。


 待ち受ける諸々に深く息がこぼれ、頭が痒いような違和感を覚えて手を伸ばし――


「うぎゅ!?」

「!」


 髪の毛にしては妙な感覚に思わず手を離し、頭上から聞こえた思いの外大きな声に瞬時に現実へと引き戻された。

 はたとすれば、少し離れて気づかわし気にこちらを見ている団員たちがおり、傍にはガードナーがいる。そんなガードナーは俺と目が合うとどこかほっとしたような、困ったような顔をした。


「考え事中にすみません、師団長」

「……いや。こちらこそすまない。随分考え込んでいたようだ」

「今はとかく仕方ありません。それより……守護獣殿が」


 ……そういえば、先程なにやら悲鳴のようなものが聞こえた気が。

 そう思っていると「うぎゅぅ…」と押し殺したような声が頭上から聞こえ、ぱしぱしと痛くもない衝撃が額より少し上から生じる。


(頭に乗っていたのか……。となるとさっきの妙な感触は……)


 手を伸ばすと珍しくぺしぺしと怒っているように指を叩かれたが、すぐにその手に掴まる。目の前に下ろしてやると、守護獣がむすっとした顔で俺を睨む。

 自身の尻尾を小さな手に持ち――といっても収まりきるものではないが――俺に向かって「うきゅ!」と不服を告げるように鳴く。


「おまえを叩いてしまったか? それとも尻尾を叩いた……?」

「うぎゅっ」

「先程、師団長の手が守護獣殿の尻尾の付け根あたりに触れたので、非常に驚いたようです」


 守護獣の反応からするに、掻こうと思った俺の手が加減なく当たったか掴みかけてしまったかだろう。……無意識とはいえ、これまで何度も落としたり置き去りにしたりしているので、慣れない主で申し訳ない。


「そうか……。それはすまない。痛かったか?」

「うー……きゃう」

「すまない。冷やす……というのは守護獣に効果があるものなのか?」

「どうでしょう……。師団長の守護獣殿なら、師団長が撫でてやれば痛みも和らぐのでは?」


 ……そういうものなのか? それともそれは俺の守護獣が子どもだからか?

 本気なのか冗談なのか表情を緩めるガードナーを見て少々悩んでしまう俺の前で、ガードナーの言葉を理解したのか守護獣は尻尾を離し、撫でろと言うように俺に頭を突き出す。

 ……よしよしと撫でてやると「きゅきゅっ!」とだんだんとご機嫌になった。……これでいいのだろうか?


「師団長。そろそろ休憩にさせましょうか?」

「そうだな」


 すぐにガードナーが団員たちのもとへ向かう。それを見送りながら守護獣を撫でつつ、ひとつ息を吐いてしゃんと思考を切り替えた。






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