17,追加調査
♢
「――……はい?」
驚きと困惑が混じった声が放たれる。
静かな私室でそれはなんの雑音も混じらずにわたしの耳に届く。聞いて、視線を向けた。
片眉を歪めたゼノンがいる。わたしが出した指示に対する返事の表情だが、意味が理解できていないわけではないだろう。
「できるな?」
「できますけど……。証拠、足りませんでした?」
「いや」
ゼノンとアランはすでにいろいろと調査し、証拠もそろえてきてくれている。
それだけでも問いただすことは充分に可能だ。が、そこにもう一手加えようと思う。
ゼノンはまだ理解が広がっていないようで表情が変わらない。
「主サマの指示で証拠は集めましたし、あとは当人を吐かせるくらいかってもんでしょ? ――……アステナに華を持たせるつもりで?」
「……。……半分は」
「残る半分は?」
「昨日の夜会で少し気になることがあった」
アステナは動きを制限されている。が、うまくすれば少しだけそれを広げることはできる。
アランからの報告によればアステナも動こうとしているらしい。だからわたしはそれを使う。
ゼノンに指示を出そうとしたとき、近づいてきた気配に口を閉ざした。ゼノンも僅か視線を動かす先で、室内に降ってくるひとつの影。
「戻りました。主」
「ご苦労、アラン」
今、ゼノンはハーベル商会を、アランはシュレダン子爵家を監視及び調査している。時にはこうしてわたしのもとへ報告や証拠を持ってきてくれる。
アランはゼノンがいることを確認し、しかしわたしたちの空気に報告を迷う。それを見て「かまわない」と告げて報告を促した。
「アステナが動きます。明日、ハーベル商会へ視察に向かうことが決まりました。商会長は乗り気ですが、シュレダン子爵はアステナがなにかしないかと気が気でないようで、例によってアステナの兄セグレイと騎士を監視につけるようです」
「アステナに付きっきりは兄の役割だろうな……」
アランからの報告によると、アステナの兄セグレイは事なかれ主義の気質がある。両親を見てきたことで、その手段で金と力が入ると学んだ彼はそれに倣っている。事なかれ主義の気質だからこそ金を集め、撒き、片をつける。そして自分の懐に入る金で贅沢をする。
監視として厳しいというより、面倒だからアステナが動かないよう見張る、という心構えだろう。
さて……。アステナが一人になることはおそらくない。
その中でアステナを動かすのは難しい。
(だが、これだけは調べたい)
「ゼノン、調査はどうなってる?」
「証拠集めである程度は見て回れてる。ただ、商会長の部屋はもうちょっと調べたいところではある。ほら。間取りと外観を主サマに描いてみせただろ? 外観の大きさの割に商会長の部屋が小さい気がするんだよなあ」
「隠し部屋か?」
「たぶん。ただ、その入り口がまだ分からん」
「……。主。俺もそっちへ行きますか?」
隠し部屋。もしそれがあるなら、隠したい物があるということだ。
わたしの探し物もそこにあるかもしれない。
アランの申し出に少し考える。すぐに結論を出して、わたしの優秀な部下を見る。
「ゼノン、アラン。明日、アステナが商会へ行くに合わせて二人もそこに。――商会長室の調査、アステナも加えろ。アランはその後、例の場所でハーベル商会長についての情報を探ってくれ」
「「了解」」
動きだす二人の姿が消え、わたしの耳が音を拾う。
ちらりと扉に視線を向けると、すぐにノックされた。それに許可を出せば、顔を見せるのはリアン。
「奥様。旦那様がおかえりになりました」
「分かった」
普段ならこういった報告はしてもらうことはないが、今日だけは教えてもらうことにしていた。
原因は昨夜にある。夜会からの帰り道の馬車でのあれだ。
ギルベールはいたく己の発言を気にしているらしく、今朝は目を合わせることなく早々に出勤していった。朝食の席の空気もいつもと違うことに使用人たちもすぐ気づいたんだろう、ギルベールが出勤してから不安そうにわたしを見ていた。
(昨夜のあれは、わたしの不用意な発言だったというのに……)
彼は、繊細な人だ。
自分の傷より、傷つけた相手のことを気にしてしまう。
夕食まで朝食のようなことになれば皆にも心配をかける。
――彼らの心配は、わたしとギルベールを想ってのものだ。雇用する側としてではなく、ただ、想ってくれているそれを大切にする。他のだれもがそう想ってくれるものではないのだ。ひとつひとつを大事にしよう。
(そう、自然と思えるようになろう)
長年の習慣を変えるのは難しい。だが、変えるべきときも、ことも、ある。
まずは自分の近くから見直していく。
ソファから立って部屋を出る。その足でそのまま同じ階にあるギルベールの部屋へ向かい、扉をノックした。
「入れ」
許可を得て、入室する。
わたしだと思わなかったのか、室内用のラフな格好に着替えたギルベールはわたしを見て目を瞠る。けれどすぐにその視線は逸らされた。机に乗った守護獣はそんなギルベールを不思議そうに見つめて首を傾げる。
一連を見て、わたしは視線をハインへ向けた。
「従者君。すまないが、ギルベールと二人にしてくれ」
「……分かりました。失礼します」
ちらりとギルベールに一瞥を向けたハインは、一度礼をしてからそっと部屋を出た。
扉が閉まる音が、室内に重みを与える合図になったように感じた。




