↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

184/191

16,気づき

 すっかり目が覚めたらしい俺の守護獣は、彼女の隣へ移動して頭を撫でられ喜んでいる。

 それを見つつ、彼女へ視線を向けた。


「それで、どうだった?」

「わたしなりにヒントはあげた。……少々気になることができたが、あとはアステナ次第だ」

「気になること?」


 頷いた彼女はなぜか、不快なものを思い出したかのように眉根を寄せた。それを見て俺は怪訝とするしかない。


「……うまくやれると思うか?」

「どうだろうな」


 今回ロザロス家としては大きく動けない。俺たちにできることはあまりに少ない。

 その中で彼女は動く。自分の手でなにかをするのではなく、アステナを動かすという手段で。


(彼女自身でも動いているだろうが、アステナがどう動くか……)


 彼女のやり方は乱暴だ。与えるヒントとてさして多くない。……多くを与えられないというのも理解はしている。

 アステナは動きが制限されている。その中で動けと、彼女は言っている。


 彼女は守護獣を撫でていた手を止めた。それによって守護獣は彼女を見上げ、撫でてもらえないと分かると俺の膝に戻ってくる。


「わたしは、機会さえ自分でつかみ取れ、とは言わない。それにはそれができる環境を与える必要があり、そう言うだけなのは無責任だ。成長させるには、それを促す場が必要だ」

「あなたが課す鍛錬もそうだと?」

「わたしの下で動くと決めたゼノンとアランに、わたしはそれができるようにいくつも鍛錬を課した。メイドから少々逸脱した特殊な仕事をすると決めたアステナに、わたしは同様に鍛錬を課した。そのだれもがそれをちゃんと掴みとった。機会さえつかめと言うならスカウトも屋敷内募集も必要ない」


 彼女が必要とした手である。だがその立場につくことを決めたのはそれぞれだ。

 そして彼女は、そのために必要なものを与えた。三人はそれに応えた。


「アステナは、成長できるか?」

「それは本人次第だ。商会を潰したところで戻ってこられるとは限らないし」

「そうなったら……?」

「別の人材を探すしかない。……さすがに、リアンに求めるのは難しい」


 ――彼女は時に非情だ。

 少しだけ、拳に力が入る。


「……戻ってきてほしいと、思わないのか?」


 彼女の視線がちらりと俺を見る。その目にある感情は、俺にはうまく読み取れない。


「わたしが思ってもどうにもならないものはならない。わたしができることはもうやった」

「……そう、だな」

「ふふっ。君は優しいな」


 軽く笑う音が耳に届く。軽やかな音はけれど、どこか遠い気がした。

 それになにを想ったのか、俺には解らない。――ただ……。


「――……あなたは、怖い人だな…」


 ただ、こぼれた。


 守護獣が俺を見る視線を感じて。

 車内に沈黙が流れて。

 彼女の視線を感じて。


 ――……自分の言葉に、はっとした。


 がばりと彼女を見て、なにかを言わねばと口を開く。だが、音はなにも出てこない。


 斜め前に、彼女の驚いた顔があった。


「――……ぁ…っ、いやっその……」


 なにを口走ってしまったのか。あんなこと言うべきことではないだろう。

 自分の口を手で覆う。それでも出てしまった言葉は取り消せない。


 ひどい後悔と、自責と、苦しさ。胸の内を占めるそれは俺の口の動きを止める。


「っ、す、すまない、俺はっ……」

「――いや。今のはわたしが悪かった」

「!」


 下げた頭が跳ね上がる。

 彼女はなぜかむすっと拗ねたような顔をして、視線を逸らして眉間に皺をつくっていた。


「いや、俺が……」


 彼女に向けていた視線が下がる。自分の膝にまで落ちたそれは上げられない。

 しかしすぐ、頭に微かな重みとぬくもりを感じてそっと視線を上げた。


 先ほどより近くに、彼女の顔があった。

 驚いたり拗ねたりしていた顔は、今は少し困ったように。


「……悪い癖だな」

「……」

「人の暮らしも見えない繋がりも、決して当たり前ではない尊いものであると思っているくせに……そう見てしまう」

「……?」

「だめだな。これでは……なにも理解できない」


 ……どういう意味だろうか?

 彼女はファルダ国ではとても慕われているようだから、おそらく民のこともちゃんと見て、声を聞いていたのだろう。そう思っていることは不思議ではないのに。


(なにを、理解しようとしている……? それは、俺にも見えるものなのか……?)


 その目で、なにを見ている?

 ふと湧き起こる疑問。――覚えて、反射のように抱く想い。


 解らない。だが、解りたいと思う。

 そう思う俺の頭から手を離した彼女は、なにかを考えるように腕を組んで窓の外を見る。


「……近いほど見えない。難しいな……」


 彼女が小さくこぼした音だけが、静かな車内に落ちていった。






 ~*~*~*~*~*~






『繋がりの眩しさも、尊さも、あたりまえではないそれを理解している。だが、どうやら自分はそうではなかったらしい。

 リアンは素直で頑張り屋で可愛らしい子だ。アステナはしっかりしているし、頼れるし教え甲斐がある。ゼノンは軽口をたたきつつも仕事ができる。アランは妹想いで冷静な判断がくだせる。


 私は存外、仕事という面でしか見えていないらしい。

 だからギルベールの言葉で、思い出してしまった。


 あるとき弟子が言った。


 ――『短期の縁は大事にしてるくせに、付き合い長くなると優しくないんじゃないです? もっと俺のこと大事にしようとか思わないんですか? 俺は替えが利く雑用係だとでも?』


 傍に在るものを、私は大事にできていないらしい。


 一人旅を気ままに続け、長く誰かが傍にいるというのは大抵は仕事のとき。

 業務的な話、下すべき指示、受ける報告。とくに戦の加勢に呼ばれることが多くて、大きな数を考えるばかりだった。


 傍にいる誰かは仕事において使うべき一つの情報源であり、動かす手足。自分が動けないときに動かすもの。

 長く傍にいる誰かは、わたしにとってはそういう者ばかりだった。


 ――だから、ギルベールの言葉は思いの外、深く刺さった。


 アステナのことも。戻ってくるならそれでいいし、戻ってくるまでの経緯によってはもう元のように使うのは難しいかなと、思っていた。


 戻ってきてほしいと、考えたことはなかった。

 ただ、取られたから、不快だった。

 子爵家や商会のことだって、ギルベールをおざなりにするから不快だった。


 気づかされて、根っこはそう簡単に変わらないのだと理解して、ふと思った。


 ――わたしは『シルティ』のような気持ちで、ギルベールを幸せにしたいのだろうか?


 この身体の、この国ではだれも知らない本来の『シルティ』を知る者として、その想いを自分のもののように思おうとしていただけなのかもしれない。


 幸せにする。――これはたぶん、彼女とは全く違う想いだ。

 きっと彼女のほうが、ギルベールを想い、それを願っていた。――その心で、その人を想って。


『シルティ』はわたしよりずっと、あたりまえを、あたりまえとしていない。傍にいる者をなおのこと大切にしている。


 たぶん彼女は、そういう人だ。

 独りぼっちだった彼女は、関わり深いその人を想う、そういう人だっただろう。


 想いを無にしないと決意しながら、わたしはなにも理解できていない。

 突きつけられて、少し、胸が痛んだ。


 ギルベールのことを幸せにすると決めた。それは今も変わらない。

 だけれど、少し変えよう。


 ギルベールのことだけではなく、今傍にいる周りの者たちのことも。

 この掌にのせたものを落とさぬように。二度は拾えないのだと肝に銘じて。


 もっとよく、知っていこう。

 理解できるように。この心が迷いなくそう言い切れるように。


 わたしはまだまだ未熟者らしい』



 ぱたんと日記を閉じる。ペンを置いて、小さく息を吐く。


 日記の表紙をそっと撫でる。『シルティ』が書き途中だった日記に、今度はわたしが続きを記している。

 もしもこの身に『シルティ』が戻ってきたときのために。……そう思って、あの日から記し始めたものだった。


(まさか、こんなことを書くことになるとは……)


 その日に何があったのか。記しているのはそういうものが多く、『シルティ』が記していた内容とは少し違っただろう。

 連絡事項として伝わればそれでいい、そう思っていた。


 だけど『シルティ』ももしかしたら今のわたしのように、この日記を記していたのかもしれない。今になって、そう思えるようになった。


「君がこの日記に獣人のこともファルダ国でのことも記したのは……こういうことだったのかな」


 なら、今日からはこういうことも記していこう。

 わたしに分からないことはこの日記を読んで『シルティ』に教えてもらおう。


 そう思って少しだけ、口端が上がった気がした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。