15,頼もしい味方
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夜は涼しさが増すようになってきた。これからは冷えるようになってくるだろう。早くそうなってくれたほうがいいかもしれない。
(冷えれば、彼女の動きも鈍らないだろうか……)
……鈍りそうにないな。むしろ「体を温めないとな」とでも言ってさらに動きそうだ。
なにをどうしても彼女がじっとしている姿が想像できない。俺は生涯これに悩まされるのだろうか。今から胃が痛い。常備薬を増やそう。
だれも見ていないのを幸いに盛大にため息をつく。唯一共にいるロザロス家の御者リックが小さく笑った気配がした。
「ご心配でしたら、旦那様も参られては?」
「いや……。俺まで行くとあからさまだろう」
キルベルン伯爵邸から少し離れた、伯爵邸に出入りする貴族たちから見られることのない場所。
俺とリックはロザロス家の馬車の中で身を隠している。外にいれば万が一に見られる可能性があるので、外の様子を探りつつ隠れている状況だ。
そもそもなぜこんなことになったのかというと、例のごとく――……
『ちょっとキルベルン伯爵家の夜会に行ってくる』
『……招待状が来ていたのか?』
『ない。誘いと言う名のねじ込みをお願いした』
さらっと言ってのけた彼女のせいである。
「奥様はアステナさんと接触できたでしょうか?」
「言葉を交わすのは難しいだろうな。おそらく、子爵がさせようとしないだろう」
俺が屋敷へ赴いたときでさえ拒絶を滲ませていた。アステナをこの夜会以外に参加させてもいない。
おそらく……アステナは屋敷で半軟禁状態。単独でどうにかするには難しい状況だろうと推測できる。
我がロザロス家の使用人たちは数が少なく協力体制が必須であるので、使用人たちの関係もよい。性格が合うだの合わないだのはあるだろうが、それによって喧嘩や騒動が起きたことも、使用人たちの空気が悪くなったこともない。
だからだろう、リックもアステナのことは心配そうだ。
「彼女のことだ。子爵がなにをしようが軽く笑って自分がやっておきたいことはやるだろう」
「そうですね。奥様ですから」
「ああ。彼女だからな」
彼女がなにをするのか、詳しいことは知らない。
だが彼女は――俺の立場が悪くなるようなことはしない。そこは信じられる。
信じられて、そう思って、そんな自分に少し驚く。
(いつの間にか、随分と信用するようになっている……)
同時に、つきりと胸の奥深いところが痛む。
なにも言えなくて、ただ、窓の外をなんとなく見遣る。
不敵に笑って、俺のことを幸せにするという彼女。実父のことも気にしていないと言って、まるで人が変わったように堂々としている。
その姿も、俺の中には簡単に思い起こせるほどに刻まれている。
――だが、俺がしたことは消えない。
そして俺は、後悔はないし、彼女に謝罪することもない。あってはならない。
「うきゅー……」
「ん?」
眠たそうな声が聞こえて引き戻される。視線を下方に向ければ、俺の膝の上でこくんこくんっと舟をこいでいる小さな守護獣がいる。
そんな様子を見てリックも小さく笑い、俺も自然と笑みが浮かんだ。
「寝ていてもいいぞ」
もぞもぞと動いて、もう逆らえないというように膝の上で丸くなる。
が、すぐに耳がぴくりと動いて頭を上げた。
「うきゅ」
眠気が飛んだようにひとつ鳴き、窓を見る。
それに誘われるように俺も視線を向ける。同時に、微かな車輪の音が聞こえた。
窓の外を見ていると、暗闇の中から一台の馬車が姿をみせた。それは俺が乗る馬車の傍まで来て停まる。
家紋もなにも掲げていない馬車。それを見て俺は、周囲を確認する。
大丈夫だ。他の気配はない。確認して馬車の扉を開けて外へ出た。守護獣もすっかり目が覚めたようで俺の肩に乗る。俺が外へ出ればリックも出て御者台へ席を移す。
やってきた馬車の扉が開く。その中から出てきたのは、闇の中ではどこか神々しい彼女だ。
「迎えにきてくれてありがとう。ギルベール」
手を差し出せば当然のように俺の手をとる。そして彼女が地面に足をつけると、その後ろからはカフカント夫人が降りてきた。
夫人は御者の手をかりて地面に足をつけ、俺に礼をする。
「カフカント夫人。此度は妻が無理を言って申し訳なかった」
「いいえ。シュレダン子爵が礼を欠き、ロザロス公爵様やシルティ様へ無礼を繰り返しているとなると、私も少々気になります。それに……ハーベル商会の勢いは侮れませんから。繋がりを持つシュレダン子爵やハーベル商会長と話ができたことは幸いでした。旦那様にもいいご報告ができます」
……さすが夫人だ。彼女に手を貸すと同時に、抜け目もない。
彼女もそれが分かっているから手を借りたんだろう。
勢いのあるハーベル商会と決定的な繋がりを持つ家が現れる。となると、社交界でも注視され、派閥関係や構図にも影響が出る可能性が高い。
今回の夜会も、それを探るために出席した貴族はおそらく少なくないだろう。
少し警戒感が強まる俺の前で、彼女がカフカント夫人に微笑みを向けた。
「アリシャ殿。カフカント侯爵にはハーベル商会と繋がりは持たないよう伝えておいてくれ」
「それは……理由をお聞きしても?」
「潰れるから」
「つぶ――……」
彼女が微笑みそのままに放った言葉にカフカント夫人が瞬いた。……そうなるだろうな。
カフカント夫人は彼女の言葉を飲み込もうとし、俺にそっと視線を向ける。……少々困るので逸らしてしまうと「あら……」となぜか理解が深まってしまったような音が聞こえた。
「……。分かりました。旦那様にそうお伝えします。ですがシルティ様。くれぐれもご無理はなさらないでくださいね。それに、私はシルティ様と争うようなことは絶対にお断わりですから、どうかしっかりと、御心に留めておいてくださいな」
「もちろんだ」
「くれぐれも、ですからね?」
「う、うん。気をつける」
カフカント夫人のにこりとした笑みに妙な圧を感じる。彼女は少々気圧され気味だが、俺は非常に心強い。
カフカント夫人は非常に頼もしい人であるということを、俺は知った。先の件があったとはいえいきなりこうなったわけではないだろう。おそらく、気弱な父の背を押すことが多々あったのだろうと思われる。心煩わせるものがなくなった夫人の変化は実に頼もしい。
政治的な場では会議が終わってからカフカント侯爵と世間話を交わすことも増え、夫人の変化も聞き知ってはいたが、これは想像以上だ。
「カフカント夫人。今後もどうか遠慮なく彼女に意見申してくれ。私からぜひお願いしたい」
「私でよろしければ」
「……」
彼女がなにかもの言いたげにこちらを見るが今は無視だ。こちらのほうがはるかに重要だ。
「……わたしだってだれにでも喧嘩は売らないぞ」
「当然です」
「当然だ」
決まりが悪そうに彼女はそーっと視線を逸らす。
時には信用できる人だと思わせ、時にはこちらをひやひやさせる。
(まったく……。本当に心臓に悪い)
内心で息を吐き、俺たちは別れることにした。
カフカント夫人を先に見送り、俺は彼女と馬車に乗って公爵邸へと帰路につくことにした。




