12,お披露目
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今夜だけは着飾って屋敷を出されることが決まった。
予定なんて聞かされない。その日になって突然言い渡される。
無駄口ひとつ聞かないメイドたちに身支度を整えられるのは懐かしさよりも憂鬱さを覚えた。私は普段用意する側だから、される側になるのは落ち着かない。
(そういえば、奥様が自分で身支度整えちゃうって、リアンが不満そうだったっけ)
『奥様またっ……! お、お手伝いしますっ!』
『ん、また今度』
『もーっ!』
頬を膨らませて拗ねちゃうから、どうしても可愛らしい不満に見えちゃうんだけど。奥様もそんなリアンを見て「リスみたいだな」って笑ってた。
リアンは仕事もてきぱきとこなすし、あの歳でそれができるのはすごいことだと思う。セバスさんにもいろいろ教わってるみたいだし。でも感情が素直だから、見ていても心が安らぐ。
今になって思えば、あの子は仕事の中にある癒しだったかもしれない。思い出して少しだけ心が安らぐ。
だけど先を思えば気分は重くなる。
今夜はキルベルン伯爵家の夜会。伯爵家の下にある我が家はその夜会を欠席なんて理由がないとできない。
それに父は、その場で私とマルティオを揃って出席させることで婚約披露にする気でいる。
『ロザロス家は呼ばれていない。助けを求めようなんて無駄なことは考えるな』
朝一番に夜会の予定を告げたと同時に、父はそう言った。
私の逃げ道を封じる。やるだろうと思っていたから驚かない。
(ロザロス家が呼ばれていない。なら、おそらく奥様が手を伸ばしやすいカフカント侯爵家も呼ばれていない。それ以外でとなると奥様は頼れる人が少ない)
奥様は決して社交界での味方が多いわけじゃない。それは奥様も口にする。
カフカント夫人との仲は先日のこともあって周知された。だからこそ今はおそらく、警戒されている。
(助けを求めるなんてつもりはない。これは私の問題なんだから)
望ましいのは、相手が手を引くこと。手を引かせること。
だけど加減が必要だ。あの父の行動を読まないと、最悪、一切の動きがとれなくなる。
それが無理なら――……いざとなれば死んだことにだってしてみせる。
なにをしてでも、私はあの家に戻る。
「出発するぞ」
扉から兄が顔を出す。それを一瞥してからため息をついて、立ち上がった。
屋敷を出て馬車で伯爵邸まで移動する。馬車の中は家族四人が揃っている。
弟は学園の寮だし、妹は婚約者のもとへ先に行っている。
息が詰まるような車内。視線は外に向けたまま隣の兄に話しかける。
「今夜の見張りも兄さんのお役目?」
「まあな。子守りは疲れる」
「やめてくれていいわよ」
「そりゃ無理だな」
私は冗談なんて言ってないけれど、冗談話をしているかのように兄が笑う。そんなものを見るつもりもないから視線は向けない。
「アステナ。妙なことはするな。おまえは大人しくマルティオ殿の傍にいろ」
「困るわよね。伯爵家の夜会で恥をかかされちゃ」
「アステナ」
聞く意味もない。だから答えもしない。
ただ、車輪の音を耳に入れるだけ。
口からこぼれるのは、ただの重たいため息だけ。
伯爵家主催の夜会は豪奢なもの。広間が光り輝いていて、天井のシャンデリアが眩しい。
着飾った男女、きらめく宝石。楽しんでいるのか笑っていないのか分からない表情で交わす談笑。豪華絢爛な別世界のようで、人間味のあふれた汚れた場所。
(随分久しぶり……)
感慨なんて湧かない。ただ、戻ってきたくなかったなって思うだけ。
「やあやあ、アステナちゃん。僕の見立てはどうかな?」
「……私の趣味じゃない」
「そう? とってもよく似合ってるよお」
……このドレス。やっぱりこの男から贈られたものだったのね。今すぐ脱ぎたい。
色も形も私の趣味に合わない。私はもっと控えめで露出の少ないものが好きなのに。
私の返事に傍にいる父と母の視線が刺さるけれど気にしない。マルティオもさして気にはしていないのか、私に手を差し出す。
「それじゃあ行こうか」
その手は、とらない。
無言で一歩、会場の入口へ向かう。そして後ろの奴らに首だけで振り返った。
「さっさとしましょう」
光の海に飛び込んだ。途端に周囲からの視線が刺さり、うんざりする。
「まあ。あれはマルティオ殿とシュレダン子爵ではなくて?」
「ではあのお嬢さんが例の……?」
「私初めてお目にかかりましたわ。皆さまが射止めたかった席を見事に射止めたのねえ」
売り込みたかった者も、手に入れたかった者も多いでしょう。その席を父は勝ちとった。
そういうのはなにも珍しいことはない。よくある話。――そういう者は多く、犠牲を考えない。ただそれだけ。
(私は、犠牲になんてならない)
欲しいならくれてやる。そのつもりでしかない。
すぐにどこかの貴族が声をかけてくる。私は言葉を交わす必要はなく、すべてマルティオや父が対応する。婦人の相手は母の役割。
兄はそこに加わらない。この人はあくまで私の目付け役。
(窮屈で嫌になるお目付け――……そういえば、奥様もお目付け役はいらないって旦那様に言ってたっけ)
旦那様は是が非でもつける、奥様はいらない。そんな二人のやり取りはなんだか微笑ましかった。
あのお二人は本気で喧嘩することがなくて、旦那様のお怒りを奥様がうまくいなしてるような仲のよさがにじみ出ていて。
内心で軽く咳払い。
(奥様も結局はお受けなさったし、その役目がセドリックさんと私。――少し前からすれば信じられない)
公爵邸も、奥様も旦那様も、がらりと変わった。それはもちろんいい方向に。
それが嬉しくて、たまらなかった。
貴族たちと挨拶を交わす。多くて辟易していく内心を隠して微笑みを浮かべる。
頬が引きつりそうだけどなんとか堪える。
「アステナ様はお幸せね。これほどの良縁、二度とないでしょう」
「ええ。本当に羨ましいわ」
にこにこと笑っている目の前の婦人たち。
頬が引きつってぴくりと動いたのが自分でも分かった。
「ありがとうございます」
なんのお礼なのか、だれへのものなのか。自分でも分からない、ただの変哲なくて問題にならないだけの言葉。
自分の口からこぼれて、それが上辺の感情しかこもっていないことは自分が一番分かっている。
「私、久方の社交会で少し疲れてしまいました。あちらで休んでいますね」
マルティオと両親が貴族の相手をしているのを見て、そう言って場を離れる。
止めるのは周囲への印象に悪いと思った両親も私を止めずに兄に視線を向ける。マルティオは「うん。あんまり無理しないでねえ」と呑気な様子で私を見送る。
給仕から飲み物をもらって、兄の監視付きで会場の端へ移動する。
手に持ったグラスを傾けて喉を潤す。……精神的な疲労もあると喉が渇く。
「ちゃんと大人しくしてるじゃねえか」
「暴れられて困るのはそっちでしょ」
「おまえがそういうの、考える?」
「やりすぎてこれ以上監禁されちゃ困るから」
けらけらと笑う兄に、やっぱりこの人も父と変わらないのだと感じる。
「兄さん。どうしてあの人たちのやり方に従うの?」
「おまえはなんでそんな反抗するんだ? 貴族なんてそんなもんだ。お綺麗な世界だとでも? どいつだって金で上に上がって裏では汚いことも平然とする。うちは成金ただの子爵家で汚いことはなにもしてないまっとうな貴族だ。侮られないようにしないとすぐに切られる。そういう微妙なところを金でうまくやってる。それだけのことだろ?」
「……。そんなこと、してない貴族だっている」
「ロザロスがそうだと? あれはする必要もないだけだ」
はっと鼻で笑う音が聞こえた。
(兄さんが言うことも解る。貴族の中には汚いことをしてる家もたぶんある。でも――)
浮かぶ背中がある。その背中は信じられる。
それに――……。
「私は――……家の繁栄のために個人を犠牲にしていいとは、思えない」
「まだまだ子どもだな、おまえ。おまえが貴族としてちゃんとしてれば、領民だって飢える心配が減るってのに」
貴族という立場だから、果たさなければならない責務も、在らねばならない姿勢もある。それは理解する。貴族という立場も、家のためも。
それに異論があるわけじゃない。
私が嫌なのは、最初から私の意思が存在していないこと。
親が望む親のための野心の道具に、されたくないこと。ただそれだけ。
貴族であることが優先されるなら、自分を二の次にするのが当然なら――私利私欲に走る貴族なんてどこにもいない。
(ちゃんと話し合えるなら、それでよかったのに)




