↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

179/187

11,手段? 選んでいられないので

 ~*~*~*~*~*~






 いい加減にしてほしい。


 内心でため息ばかりがこぼれて気が重い。

 今すぐにこんな屋敷を飛び出したい。ちらりと視線を向ければ扉と壁際には兄と騎士が立っている。


(屋敷から逃げることは難しい……。外に出たときに機を狙って)


 考えるけれどその機会がなかなかこない。

 屋敷からの逃亡は何度か試みた。自室からは鉄格子のついた窓で難しい。人がいない合間を見計らって部屋を出て外に出ようとしたけど、呆れるくらい厳重に騎士に周辺を警備させていて、逃げきれなかった。

 こうなると初日に暴れたのが痛恨だったと理解できる。……だめだわ。頭に血が上って。


(奥様ならこういうときも何か策を思いつくのでしょうね)


 私は無力だ。だけど、それでも――やる。

 なにがなんでも、ここから逃げる。


(逃げる以外で婚姻を破談にさせる方法はなにかあるかしら……)


 パーティー会場で大恥かいてやろうかしら。この屋敷から出るためなら全く痛くもかゆくもないし。

 だけどそれも下手をすれば婚姻式まで屋敷どころか部屋から出してもらえないような事態になる危険もある。

 それじゃだめ。じゃあ、相手に引いてもらう?


 考えて、ちらりと視線を前に向けた。


「アステナちゃんはつれないねえ。だけどそんな君もとても素敵だ。何が好きだい? 宝石でもドレスでも、珍品でもなんでも手に入れてあげるよ」


 にこにこ笑みを浮かべている男。年齢はおそらく四十代。

 ぽってり出たお腹はかなり質のいい服の下でも膨れてみえる。両の指には指輪をはめて、金儲けに成功している風があからさま。


 そんな男を見て愛想笑いを浮かべる気も返事をする気もなくて、思考を戻す。


 恥をかかせるとか、ちょっと短剣で襲い掛かってみるとか? ……両親が怒って勘当してくれれば万々歳だけど。


(あまり時間もないし悠長なことはしてられない)


 私の婚姻までもう三月も時間がない。あの両親のことだもの、いきなり予定を早めるなんてことしてこないとも限らない。

 考えるだけで憎々しいったらない。


「ふふっ。アステナちゃんは怒ってる顔も可愛いねえ。きっととっても気が強くて、自分で頑張るって子なんだろうねえ」

「……」


 私がどんな態度をとってもにこにこしている男。


 この男が私の結婚相手だという、ハーベル商会商会長マルティオ・ロットー。

 やり手の商人だというけれど、私にはとてもそう思えない。


(……私に愛想を尽かせる作戦、こいつにはなかなか浮かばない)


 両親の仕業だろう。こういう顔合わせの茶会は生家に戻ってきてからすでに三度目。

 私は最初から愛想なんて振りまかないし、返事だって最低限で済ませてる。そっけない女に愛想を尽かせて苛立って「こんな女と結婚なんてできるか」なんてこと言ってもらうのが狙いだけど、今のところ功は奏していない。


 試しにいろいろやってはみた。紅茶をわざとこぼしてみたり、伸ばしてきた手を打ち払って「あなたに触れられたくない」とも言ってやったし、庭を散策すると言って歩いているときに転ばせてみたりもした。

 全部無駄だった。全部見張りの騎士や兄から父に報告があがって後で怒鳴られる。……堪えないけど。

 頭の中にいろいろな最終手段が浮かんで消えていく。


「気の強い子は嫌いじゃないんだ。よく頑張ってくれるし。躾がいることもあるけどよく働いてくれる。アステナちゃんがしたいならかまわないよ」


 無視して紅茶を飲もうと思っていた手が止まる。視線をマルティオに向ければ、にこにこした顔で私を見てる。


「アステナちゃんは働きたいかな? 僕はいいよお。大歓迎さ」

「……」

「僕との結婚は嫌かなあ。でもねえ、ご両親が必死になって君によき縁談をって考えてくれてることも、解ってあげてねえ」


 眉根が寄ったのが自分でも分かった。それを見てもマルティオはにこにこしてるだけ。

 それを見て、息を吐いた。


「両親はあなたの儲けが狙いであって、私をそのつなぎにするだけ」

「うん」


 承知の上。あっさりとした返事にまたため息を吐いた。

 承知しているということは、この男も貴族社会と同じ結婚観を持っているということ。それは私とは合わない。


「でもいいよお。君みたいな子がお嫁さんになってくれるんだ。嬉しいなあ」

「ならない」

「はははっ。頑張るなあ。うん。頑張って」


 穏やかで人のいい笑み、そう見えるけど、まるで「無理だろうけど」と言われているようで気分のいいものじゃない。

 人当たりはいい。穏やかそうな気質もそう思わせる。――でも、どこか人を見下している。そう見えてならない。


(偏ってるせいかしら……)


 結婚もなにもかも自分が望んでいないから、相手に対してそういう見方をしている……可能性もなくはない。


「僕はどんなアステナちゃんでも楽しみに待ってるからねえ」

「……」


 目の前のにこにこした笑みになにも返さず、カップに口をつけた。






 マルティオが帰るときには父がわざわざ見送りに出てきて、私もそれに付き合わされた。

 二人は終始喜ばしそうな笑顔だ。私だけがこの場で違う態度をとっている。


「ではマルティオ殿。また後日、ぜひ」

「ああ。楽しみにしてるよ、子爵。それじゃあアステナちゃんも、またねえ」


 ひらひらと私に手を振るけれど、それに対して返す行動もないから顔を逸らす。

 私がそんな態度をとれば隣からは「アステナ」と咎める声が刺さってくる。だけど気にしない。


「ハーベル商会長。一ついい?」

「うん。なにかな?」


 目の前の顔はにこりとしているけれど、隣からは刺さるような視線を感じる。

 私が口にする言葉ひとつに父も兄も敏感だ。それくらい分かっているし、だからこそ私も下手はしない。


「さっき、私に仕事をしてもいいって言ったわよね?」

「うん」

「アステナ。おまえの本分はマルティオ殿を支えることだ。それを――」

「なら、商会で働くのはいいってこと?」


 父の言葉なんて無視してマルティオを見て言えば、ぱちりと目をしばたたかせた。隣からの言葉も一度途切れる。

 けれど、すぐにマルティオはにっこり笑顔になって頷く。


「うん。僕はいいよお。興味ある?」

「少しは。私はあなたとの婚姻なんて毛ほども乗り気ではないけれど、せっかく大手商会の仕事を見られる機会が巡ってきたんだもの。見たいって思うものでしょう?」

「アステナ。ただの興味本位で仕事の邪魔になるようなことを――」

「いいよ、子爵。アステナちゃんがせっかく僕に興味を持ってくれたんだ。嬉しいさ」


 持ってない。


「それならアステナちゃん。今後うちに来る? 商会の様子を見せてあげることはできると思うよ」

「ぜひ、お願いするわ」

「じゃあまた連絡するよ」


 最初から最後までにこにこしたままマルティオが私に手を振る。

 それを見て「それでは失礼」と挨拶をしてから背を向けて部屋への道を戻る。相も変わらず側は騎士たちが固めている。


「申し訳ない。マルティオ殿。娘があんな態度を」

「いやいや。気の強い子は嫌いじゃないよ。――意思だけではどうにもならない。それを分からせて教育すればするだけよく働いてくれるからねえ」

「マルティオ殿もお人が悪い」

「君もねえ」


 目の前を、歩く先を、ただ睨む。

 握りしめる拳はだれにも気づかせない。


(偏ってなんてなかった。私は絶対、結婚なんてしない)


 あんな父親からも、あんな男からも、逃げ出して帰る。

 結婚相手の本性が見え始めたとき、私の決意はさらに固まった。


(幸いマルティオの私に対する反応は悪くない。今の態度を続けるとして――……)


 考えろ。私にできることを――……。


 ハーベル商会について知っていることはあまり多くない。

 マルティオは二代目商会長らしく、始まりは彼の父親が興した商会らしい。それを継いだのが息子であったマルティオ。

 それだけ聞けば彼に商才があったということ。


 奥様の側に仕えることになってから、奥様がいろいろなことを調べていると知った。

 あるとき、つらつらとたくさんの商会の名を連ねた名簿が奥様の私室のテーブルに置かれていて、それを見て首を傾げたことがある。


『奥様。これは……?』

『ん? ああ。それは、今後スワダント商会の商売敵になりそうな商会の羅列だ』


 その名簿には私でも名を知る商会が並んであって、だけど中には知らない名もあった。


『ハーベル商会……。あまり聞かない名ですね。それほど有望な商会なのですか?』

『勢いをもっている商会だ。――アステナ。勢いをもっている相手は気をつけなさい』

『……目を瞠る成長をみせるから、ですか?』

『そうだな。勢いというものは馬鹿にできない。だが――綺麗に成長しているとは限らない』


 そう言った奥様はすでになにかを調べ始めているようでもあった。


 奥様はいつも旦那様のために動いている。そのために必要な情報を、関連するすべてを、情報を集めて調べる。

 そのための手足をもっている。「他の者には秘密だ」そう言って内緒話をするように奥様は教えてくれた。


(まずはそこから調べる)






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。