9,調査中
腑に落ちた。
アステナが戻らない理由はおそらく、アステナ自身はその婚姻に反対しているから。
それを子爵は無理やりにでもさせるつもりでいる。
「ゼノンとアランの調べでは、商会とのそういったパイプを持とうとする家はいくつかあったようだ。それをシュレダン子爵家が射止めた」
「……金か」
「あの家は家格こそ低いが、ありとあらゆる手段で金という財を得て、それで高位貴族に取り入っている。金はそういう場に必須だからな」
貴族社会ではなにもおかしな話ではない。
元がそれなりの商家である者が爵位を持ち貴族になる、成金といわれるそういう貴族は下位貴族には珍しくない。そういう家は儲け方をよく知っている。
シュレダン子爵家のあの内装を思い出して納得した。スワダント商会という小さな商会とのパイプしかないような我が家と違うのは、金への執着の差か……。
「ハーベル商会はルタンダル国に加え、最近は帝国との商売パイプも構築しているようだ。シュレダン子爵が目をつけるのも妥当だな」
「その力を引き込むためにアステナを使う」
「アステナが休暇を願ったのは生家からの呼び出しがあったからだろう。結婚が決まったから戻ってこい、とでも言われたかな」
「……アステナは受けると思うか?」
一応彼女の考えを確認する。俺の中では答えは出ているが、それが彼女と一致するのかどうか。
探る俺の視線に彼女は口端を上げた。
「受けない」
その答えは、俺の考えと一致する。
少しだけほっとしたような、だからこそ先を考え困るような、少々複雑な内心だ。
背もたれに身を預け、一度息を吐く。
「……どうするつもりだ。アステナが屋敷に閉じ込められているなら、自力でどうにかできる問題ではない。それに、雇用関係以上に家の問題となり俺たちは手が出せない。今はまだ休暇扱いにしているとはいえ、引き下がるしかなくなる」
「そうだな。アステナが婚姻する前に手を打ちたいが……婚姻、三月後らしいから」
「三月後……!?」
あまりに早すぎる日程に目を剥き、身を乗り出した。さすがにハインも驚いている。俺の守護獣だけは、彼女が描いた商会紋の傍に同じものを描くというお絵描きに夢中だ。
「子爵からすればアステナの逃亡を防いでさっさとハーベル商会との繋がりがほしい。アステナの準備なんて適当でいい。そんなところだろう」
「だからといって……」
「社交界に揃って出してしまうか、子爵が吹聴して回れば婚約とみられる。後は身内だけで婚姻式を済ませる。はい終了」
「……」
あまりに迅速かつ簡潔な日程に言葉も出なくなる。再び背もたれに戻ると、彼女もさすがにこの婚姻に思うところがあるのか肩を竦めているのが見えた。
(そこまでして商会とのパイプがほしいのか……。それとも金か……)
我が家は王家により資産の一定額を接収された。それ以前もさして贅沢を好んでいたわけではないし、母はそういうことはしない人だった。
だからか、金に執着する心は俺には解らない。
「……娘よりも金か」
「そういう親は別に珍しくないだろう。金が要るから子どもを売る親だっている。金に限らず命が天秤に載っても子どもに傾くとは限らない」
それもまた現実だ。彼女はあまりにあっさりと口にする。
「――……親であれ子であれ天秤に載る、か……」
親と子。どちらかが天秤に載る。――俺もまた、それを経験した。
アステナとシュレダン子爵とはまた違うが、俺の心にどこかもやりとしたような重さが生まれる。
シュレダン子爵はアステナの意思を考慮しない。アステナは己の意思で拒んでいる。
父は最期までなにも言わなかった。俺は為すべきことをした。
「ギルベール」
「!」
思考が現実に引き戻される。
はたとみれば、俺を引き戻した彼女が俺を見て困ったような笑みを浮かべていた。
「ギルベール。その視線を従者君に向ける」
「……ん?」
すぐになぜかにこりと笑みを浮かべて指し示す。導かれるようにそちらに視線を向ければ、ハインが悲痛な様子だがそれを堪えるようにきゅっと眉根を寄せて眉間に皺を刻み、俺をじっと見つめていた。
それを見て察した。だからどうしても眉が下がる。
「ハイン。大丈夫だ。おまえが想ってくれること、嬉しく思っている」
「いえ……。私ではお力になれぬことが多く、誠に口惜しい限りです」
「力になってもらっていることばかりだがな」
いつもどおりのハインの態度だ。それにどこか安心する。
心の重さが少し軽くなったように感じていると、太腿あたりに違和感を覚えた。
「うきゅ、うきゅ」
いつの間にか俺の膝に乗った守護獣が鳴いて、ここにもいるぞと言わんばかりに仁王立っている。得意げに鼻を鳴らす様に思わず小さく笑ってしまう。
そんなもう一人の味方の頭を撫でる。
「おまえも、いつも俺を想ってくれているな。ありがとう」
「うっきゅぅ!」
俺の指を掴んですりすりと身を寄せる。
初めてこいつを知ったときから、こうしていると心が安らいでいる。こいつのおかげだ。
心の靄が少し晴れて俺は視線を前へ戻す。
「引き下がる気はないんだろう?」
「そうだな……。潰れる場所に嫁いでも仕方ないし」
「……今なにかとんでもない言葉が聞こえたんだが」
ハインに視線を向けると、なにを言ってるんだと言いたげな表情をしていた。……俺の聞き間違いではなかったようだ。
「……アステナを嫁がせないためになにかする気か?」
「いや? アステナのことで近づけそうだから、潰そうかな、っと」
「ついでで軽くひとつの商会を潰そうとするな!」
……もう、彼女の軽さに言葉が出てこない。
背もたれに身を預ける俺を見て彼女は軽く笑っている。
「落ち着きなさい。そうは言ってももう少し調べたいことがある。それからだ」
「なにも落ち着けないし潰すことは決定なのか……」
ため息しか出てこない。
なんとか体に力を入れて身を上げ、彼女をじたりと見遣る。
「……どう動くつもりか、それだけは共有させてくれ」
~*~*~*~*~*~
現状、わたしの侍女候補はリアンとアステナだ。よく働いてくれているロイジーは元雇用主とのいろいろの決着がついてから、働きに応じて待遇を改めるつもりでいる。今のロイジーには屋敷外での仕事は頼めない。
アステナがいない今、リアンにかかる負担は少し増えている。が、そこはセバスやメイドたちがカバーしてくれている。
使用人たちはそれぞれが助け合って仕事をしている。それはこのロザロス邸の状況故に構築された使用人たちの働き方だ。
わたしの用がないとき、リアンは屋敷内のメイド仕事をする。そうなればわたしは自室や書庫、庭で一人だ。
そういうときにはよく報告をもらう。
今日もまた、公爵邸の庭の一角でそんな時間。
「シュレダン子爵はアステナとハーベル商会長の婚約を触れ回ってます。羨ましがってる奴も多いですよ。一気に子爵家の財力が跳ね上がるとか」
「しかし、社交の場にまだアステナを出してはいないようです」
社交の場に出すとなると婚約は広く周知される。しかし反面リスクもある。
アステナが機を見て逃亡する可能性。出席させる社交会は慎重に選ばねば、わたしやギルベールと接触してしまう可能性もある。
「出席させそうか?」
「一席、キルベルン伯爵家主催の夜会が行われます。子爵はそこだけはアステナを出すつもりのようです」
「キルベルン伯爵は反獣人派。ロザロス家に招待状も出さない。ちょうどいい場だ」
シュレダン子爵家はキルベルン伯爵領の中の小さな地を治める身。上役が主催の会だ。社交界で今話題となっている家となると、伯爵も話題性や招待客を集めるために呼ぶだろう。
「相手は?」
「同様に」
「主サマ。ハーベル商会にご興味でも?」
「非常にある」
「うっわー。嫌な予感」
頬を引きつらせているだろうゼノンの言葉には自然と笑ってしまう。
太い樹の向こう側で身を隠している二人の部下に向けて言ってやる。
「ないわけがないだろう? 今をときめく商会の会長だぞ?」
「主サマの興味ってのは、俺らからすればすげえ悪だくみにしか聞こえねえんですよ」
「心外だ。そんなことは一切ないというのに」
「反射なもんで」
自然と喉の奥が震える。決して悪い気分ではない。
わたしの側に一羽の鳥がやってくる。降り立った小さなその存在はわたしを見上げてひとつ鳴いた。
「アステナも難儀だな。望んでもないのに親の言いなりで結婚させられるわ、相手が父親並みの親父だとか」
「貴族なら年齢は重視されないものなんだろう。それよりも力、だ」
「おまえ、そんな男に妹やるか?」
「断る。ロイジーを幸せにできない、想わない男は切り捨ててやる」
「そういう兄貴で妹は幸せだな」
平民ならばそれが普通だ。それが家族だ。
貴族とは重視する点も違うし、わたしもその感覚は平民と同じだ。
「そういえば、アステナの兄は?」
「ああ、ありゃ親父と同じ人間です。報告上げたとおり、アステナの見張りやりつつ平行線な会話ばっかりやってますよ。――……ああ。そういや、主サマのこと結構侮辱してますけど?」
「ふうん」
「あんまり気にしないんで?」
「わたしを犬扱いしてくれた侮辱で充分だ」
「……アラン。報告上げた?」
「いや……」
口端を上げて言うと、傍にいた鳥がぱたぱたと飛び立っていった。その姿を目で追う。
後ろからは怪訝とした視線を感じるけれど、それには応えない。
「……主サマ。それって例の収集で?」
「まあな」
後ろからは「同情しねえわ。ご愁傷さま」なんてどこかへ手を合わせているんだろうゼノンの声が聞こえた気がする。知らない知らない。
視界に動くものが見えて視線を動かす。リアンがこっちへ向かってくる。
いつも頑張っているリアンの働く姿は非常に好ましい。元気をもらえるものだ。
立ち上がりながら後ろへ指示を出す。
「ハーベル商会について詳しく。会長の人柄、仕事ぶり、例の件も」
「「了解」」
言ってすぐ、気配が消える。
微かな空気の動きを感じてから、わたしも足を踏みだす。
「奥様。そろそろカフカント夫人とのお茶のお約束の時間です」
「分かった。では準備をしよう」
「はい!」




