7,拒絶
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胃痛がひどい。事前に騎士団の軍医から胃薬をもらい飲んでおいてよかった。
……効いてくれ。今後のことを考えると今から効果の強いものは飲みたくない。
騎士団の服装に身を包んだまま俺は馬で貴族街を進む。愛馬の頭の上には守護獣が乗って、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。
昨日ハインがすぐに動いてとりつけてくれたシュレダン子爵との面会。騎士団での仕事終わりにそのまま向かうことになった。
ハイン曰く――……
『あちらはあまり気乗りしないようです。私を屋敷に一歩も入れない徹底ぶりでした』
とのことだ。
俺は、俺がよく思われていないことくらい百も承知だ。それをどうと思ったことはないし、周囲の反応は当然であるとも思う。
が、正式に面会を申し込む他家の使者に対してはあまりにも礼がなっていない。俺の使いとして出向いてくれたハインをそこまでぞんざいに扱われるのは少々不快も覚える。
そんな胸中のまま進み、貴族街の外側、下位貴族の邸宅が建つ区画にあるその屋敷まで来た。
門の向こうに小ぶりな屋敷がある。庭は整えられており、敷地はそこまで広くはないようだ。……が、あくまでロザロス邸と比べているものなので、下位貴族ならばこれくらいのものなのかもしれない。
こうも急ぎでなければ俺はハインを連れて馬車で来る。そのときはハインがこちらの使用人とやりとりし、中へ入れてもらう。
のだが、ここに来たのは俺だけ。
そして、目の前の門は固く閉ざされている。
(俺が来ると分かっているはずだが……。無言の拒絶か)
が、こちらも引くつもりはない。
拒絶するなら堂々と正面から行かせてもらう。
馬を降り、門を開け、敷地内へ入る。
馬は手綱で門の脇にくくっておき、俺は肩に守護獣を乗せて屋敷の扉へ歩く。
小ぶりな屋敷の、見慣れているものに比べれば小さな扉。それを見つめ、ドアノッカーで数度叩く。
しばし沈黙が落ち、守護獣がきょろきょろと周りを見てこてんと首を傾げる。
少々扉の向こうが騒がしくなったと思ったとき、ゆっくりと扉が開かれた。
家令であろう男性が姿を見せ、俺を見てはっとしたような、困惑したような顔を浮かべる。
「失礼。昨日面会を申し出た、ギルベール・ロザロスだ」
「ロ、ロザロス公爵様……! 少々お待ちをっ……」
まだ若い、おそらく三十代だろう青年は大慌てで身を翻していく。それを見て、俺は半分開かれた扉から中へ入った。
(随分と内装はいいものが揃っているな)
来訪者の目に一番に触れる場所。置物や絵画、目を引くようなそれらはおそらくなかなか上等な品だ。……我が屋敷には置いていないようなものだ。
そう思うとつくづく我が家は質素であると思わされる。豪奢にしたいと思わないのでいいんだが。
同時、周囲から視線を感じる。
使用人たちも気にしているのか、うかがうような類の視線だ。さして不快なものではないが、それは好奇というよりも困惑に近い。
(俺が望まれていない、というより……屋敷の空気が悪いのか)
ロザロス邸の空気は大幅に改善された。そのせいでそう思うのかもしれない。
貴族の家というのはこんなものかもしれないと思っていると、靴音が聞こえた。
「これはこれはロザロス公爵様。お早いお越しで」
微笑みを浮かべて俺を出迎える――ようで、その顔には僅かな苛立ちが見て取れる。
「子爵と少しでも早く話をしたく思い馬を急がせた」
「騎士団でのお勤めは忙しく疲労もあられましょうに。ははっ。我が家は逃げたりしませんよ」
冗談を交えるような笑みだが、その下にあるものを俺は認めた。
俺を拒む子爵を見据えて背筋を伸ばし、受けて立つ。
「シュレダン子爵。腰を据えて話をさせていただこう」
「……どうぞ」
彼が案内してくれたのは応接間だった。
ここもまた数々の良品が来訪者を出迎える。……権威を示すにしても少々品がないな。俺の守護獣も嫌そうに「きゅ」と顔が歪んでいる。
ソファに腰を落ち着ければ、応接間には俺と子爵だけ。静かにやってきたメイドがテーブルに茶を置いてくれ、そのまま部屋を出ていった。
普段ならソファの座面に降りて俺の隣で自由にしている守護獣だが、今に限っては俺の肩に乗ったまま動こうとしない。
「それで公爵様。昨日の今日でのお話とは?」
「ご息女のことだ」
「さて? アステナでしたら、そちらでの仕事を辞める旨をお伝えしたはずですが?」
「昨日受け取った」
――『諸事情にてアステナの勤めを辞させていただく』
その内容にはアステナの意思が全く書かれていなかった。差出人も子爵から。
そんな手紙を寄越され俺が来ないと、そう思っていたのなら随分と薄情に見られているものだ。
「ご息女はどちらに? 彼女に関することだ。本人を交えて話したい」
「今は出ております。彼女も忙しく」
あからさまな嘘であることくらい判る。俺の前で微笑みを浮かべて平然と吐く嘘に、俺の肩の存在が動きを止めている。
(この屋敷のどこかにいる。だが俺の前に出すつもりはない。……騒ぎを起こせば出てくるかもしれないが、さすがにやりすぎだな)
となると、目の前の男から確認をとるしかない。
目の前の男に視線を集中させる。
「そうか。では子爵に尋ねる。――アステナからは『一日でも早く屋敷へ戻る。必ず』との言伝を受けていた。それができなくなった理由は?」
一瞬、子爵の眉が動いた。
それを見逃さず、俺はさらに問う。
「よもや、彼女の意思を無視して動きを封じているのではあるまいな?」
室内の空気はどこか緊張をもっていて重たい。火花が散りそうなほどの鋭さすら感じられる。
だがこの程度、戦場に比べればどうということはないし、彼女からもらう頭痛と胃痛のほうが何倍も堪える。
「そのようなことはしません。あの子が我が家のことを思ってくれてのことです」
その微笑みの向こうにあるものを、俺は確かに感じた。
(関わるな、と。俺には関係ないというのはそのとおりだが、無礼に対し黙っているつもりはない)
「貴家の事情に首を突っ込むつもりはない。私が知りたいのは、必ずと言っていたご息女があっさりと我が家を辞すると態度を変えた理由だ」
「あの子も我が家の事情を思ってくれたのです。直接お伝えできずに申し訳なく思っておりました」
「そうか。私が来ることは昨夜と今日で彼女に伝わっていると思ったが、生家想いなご息女なのだな」
「ええ。よき娘です」
だから、態度を変えた、と。
(なにかあるな……。とはいえ、アステナの親である子爵からアステナの意思として辞意を伝えられている以上、ロザロス家として立ち入ることは難しい。……彼女の調べを待つか?)
おそらく今、彼女はゼノンとアランを動かしている。あの二人ならすぐにシュレダン子爵家の“何か”を掴んでくるだろう。
その結果によってはこちらも動ける。が――……。
(その事情が本当にアステナの態度を変えさせた可能性もある)
やむにやまれず、という可能性もある。
子爵がアステナに会わせないのならそうではないのだろうが、可能性を潰していかなければ後で突かれることになる。……非常に面倒だが仕方ない。
「子爵。もう一度聞く。――ご息女アステナは、己の意思で辞めた。相違ないか?」
「ございません。我が家の事情とはいえ、突然退職させることになりまことに申し訳なく思っております」
「そうか。では、私はこれで失礼する」
「お見送りを」
ソファを立つと、肩から「ふんっ」と小さく不満をこぼすような鼻息が聞こえた。……こいつもあまり気分はよくないらしい。
応接間を出てさっさとエントランスへ向かう。その間にも使用人たちからの視線を感じる。ちらりと視線を向ければ、気まずそうな表情が微かに見えた。
(なにか、隠している)
それを俺に言えない。俺から隠さなければとしている。おそらく子爵の指示だろう。
主人の意向に逆らえる使用人はそうそういない。しかし使用人たちは気乗りしていないようにも見える。……屋敷内の空気はそれのせいか。
屋敷の玄関で子爵に見送られ、俺は馬を繋いだ門まで歩く。
(分かったことは少ない。が、子爵家はアステナを隠している。……子爵の言う事情にはアステナが関わっているのか。――……ん?)
門の向こうに馬車が停まった。慌てたように俺の後ろから使用人らしい男が駆けてくる。
そして馬車の御者となにか話すと、俺が開けていた門を馬車が入れるように開け、馬車を中へ入れる。馬車が敷地内へ入れば、使用人は慌てたように俺に頭を下げて馬車を追いかける。
からからと車輪が傍を通り過ぎていく。馬車の前方の屋根の片側には小さな旗が揺れている。それには乗り手の家を示すような紋がある。
(あの紋、どこかで……)
思い当たるより先に馬車が通り過ぎ、屋敷の扉の前で停まる。馬車を挟んでしまって乗り手の姿は見えない。
留まらせていた馬に乗り、俺はシュレダン子爵家を後にした。




