4,目付け役は同志
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アステナが私用のため休暇をとった翌日。
わたしは自身の鍛錬のため公爵家の騎士たちと鍛錬をする。
公爵家の騎士はメイドたちとは違って平民に近い素行の者が多い。
シルティになってからすぐ使用人の情報に目を通したが、そのときに経歴も目を通した。素行の悪い者、軽い問題を起こした者、騎士団の入団試験に落ちた者、戦場経験のある者、いろいろいた。
そういう者が公爵邸で雇われていることには驚いたが、ロザロス家の実情を知ってからは納得した。セバスやハインもいろいろと調べたのだろう。雇っている者がこれまで大きな問題を起こしたことはない。
そういう面では、使用人や騎士たちの心構えもまた、公爵家に仕える身として変化しているのだろう。いいことだ。
そんな公爵家の騎士の一人、セドリックと手合わせをし終え、ふっと息を吐く。
「奥様、セドリックさん。お疲れさまです。お飲み物とタオルです」
「ありがとう」
わたしがさっとセドリックから木剣を取る。少し驚いたような迷うような表情を僅か見せたが、わたしに向けて軽く頭を下げる。それからリアンが持っているタオルを手に取った。
「セドリック。アステナの鍛錬はどうだ?」
「……悪くないと思います。今は、自分なりの戦い方を見つけ、精進しています」
「そうか。それはよかった」
アステナはセドリックの厳しい鍛錬もきっちりこなしている。それでいてメイド仕事もきっちりしている。大変だろうが、本人が弱音を吐いたことはない。
「ほわあ……。アステナさん、本当にすごいです。私なんてパン作りでつくった体力がちょっとあるくらいなのに。あっでも、今はもうちょっとつきました!」
「ははっ。それもだれかのためのものだな」
「ふふっ。リアンちゃんのパン、奥様大好きですもんね」
「美味しいからな」
嬉しそうなリアンにタオルを返したセドリックが、ロイジーから飲み物をもらう。思い切りよく喉を潤し、ごくりと喉が動く。
それを見ていたロイジーがしみじみと言う。
「セドリックさん、本当にすごいです。片腕しかないのに、全然そんなふうに見える剣じゃなくって」
「……」
「……えっと……その、気分悪くさせてしまったら、ごめんなさい」
「……いや」
口数少ないセドリックの視線にロイジーが負けた。それもまた微笑ましく笑みが浮かぶ。
ロイジーがちょっと肩身を狭くさせてしまって、セドリックが表情少なくそんなロイジーを見ている。弁明するでも慰めるでもない、それをすることに少し迷っているような微かな表情。
(ロイジーは男性に委縮しがちだから)
セドリックはそれに気づいている。だから、自分からロイジーに近づくこともないし、積極的に声もかけない。まあ、これはセドリックの性格もあるのだろうけれど。
「ロイジー。なにもセドリックは怒ってない。隻腕であるということで侮る者はいるが、それを吹き飛ばすのが彼の実力であり、努力だ」
「は、はいっ! セドリックさんと素手で鍛錬してる奥様見てるとすっごくはらはらしました! セドリックさんの拳当たったら痛そうだし、腕も足も動きが速くて!」
「そうそう! 奥様がロイジーちゃんのお出かけの護衛をセドリックさんにお願いするの、よく解りました。とっても心強いです!」
すごいんだと純粋力説してくれる二人に笑みが浮かぶ。セドリックは表情が変わっていないようで、少し戸惑っているようにも見えた。
セドリック。平民の出で、かつては騎士団に所属していたらしい。
しかし戦にて片腕を失くし、騎士団を退団した。仕事を転々としている中でこの屋敷の門を叩いた。家族はなく、両親もすでに亡い。
寄る辺のない者がたどり着いた果ての場所が、幸か不幸か、落ちこぼれ公爵の屋敷であり、その能力が認められた。
(少なくとも、わたしもギルベールもセドリックを手放すことはないな……)
確かな実力。仕事への姿勢。評価できることばかりだ。
「……奥様」
「ん?」
珍しい。セドリックから呼びかけられた。
視線を向ければ私を見て、一度だけ視線を下げ、また戻す。
「……アステナは……よほどの何かが、あったのですか……?」
「彼女が何か言ったか?」
「いえ。ただ……昨日、思つめたような顔を……」
――気づいていた。けれど声をかけられなかった。なんと言っていいのか分からなくて。
まるでそう言っているようなセドリックを見て、わたしは少し口端を緩める。
「片づけば戻ってくる」
「……はい」
それでもどこか晴れないようなセドリック。そんな様子にリアンが安心させるように言った。
「アステナさん『これからはセドリックさんと一緒に奥様を止められるようにならないと』って意気込んでましたから、もっと強くなるために早くご用事終わらせて戻ってきますよ!」
「リアン。それはあまり嬉しくない」
「はい! アステナさん『セドリックさんが一緒なら心強い』って! 一緒に奥様止める同志だって!」
「ロイジー。それも嬉しくない」
「……そうか」
リアンとロイジーの力説にセドリックも少しの安心のような声音をこぼす。
……アステナにとってセドリックは頼もしい同志となっているようだ。
それはいいことなのかもしれないが、わたしにとっては少々複雑だ。
『あなたの護衛、セドリックにする』
『強力な目付けをっ……!』
寡黙な騎士がどれほど手強いか、これまでの鍛錬で充分に身に染みている。……ギルベールめ。
アステナにとってもそうであるように、セドリックにとっても今後仕事をともにすることが増える相手だ。自衛くらいはできてもらわないと彼の負担が増えるからこそ、アステナへの剣術武術の指導をセドリックに任せたところもある。わたしが指導するよりも、いざというときに連携できるよう普段から一緒に鍛錬するほうがいいだろうと。
セドリックに指導を頼む前までは、わたしが少しの指導と基礎体力作りをさせていた。指導はセドリックに任せているが、基礎体力作りはずっと続けるよう言っている。出発前にも言っておいた。
「弟子には体力作りはしておくよう言ってある。戻ったらまた遠慮なく鍛えてやってくれ」
「弟子、など……。アステナ自身の意欲と、努力です」
「ふふっ。よき師になりそうだ」
教えを受け取る側は少々難解な師の意思を読み取らねばならないが、それくらいのことはしてほしい。
そう思って、脳裏に浮かぶ顔がある。
(あの子は――……)
考えかけて、やめた。
「さて。もうひと試合付き合ってくれ」
「はい」




