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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第三部

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3,侍女の鍛錬

 ~*~*~*~*~*~






「――はっ!」


 カンッと音をたてて木剣が鳴る。目の前のその人は表情を一切動かさず、淡々と私の木剣を受けるだけ。

 私が握る木剣は騎士が持つようなものではなく、もっと短い。短剣だ。


 それをぎゅっと握って打ち込む。だけど一切相手には当たらない。

 踏み出して、何度も打ち込む。ただ息が上がっていくばかりで体力がなくなっていく。


「やぁっ!」


 打ち込んで、木剣が弾き飛ばされた。

 カランッと小さな音を鳴らして木剣は地面に落ちる。それを聞いて、目の前のその人は長剣の木剣を下ろした。


「休憩だ」

「……はい」


 大きく息を吐く。

 肩で息をして、なんとか落ち着けようとする。


 顔を上げると、私に稽古をつけてくれていた騎士セドリックさんが立っている。

 セドリックさんは私と同じように奥様の目付け役を拝命している同士であり、私の武術の先生でもある。これは奥様からのご指示だ。


 セドリックさんが歩きだす。それを目で追うと足を止め、また私を見る。

 足が向いている先には数人のメイドがタオルとピッチャーを持って立っていた。


(あ……。休憩にしてくれたのは彼女たちに気づいたから)


 セドリックさんは彼女たちの方へ歩きだす。私もそれについていった。

 メイドたちがいてくれたのは木陰で、涼しくなってきたとはいえ鍛錬していた体には心地いい。


「はい。アステナさん。セドリックさん」

「今日も鍛錬お疲れさまです」

「アステナさんすごいわ。セドリックさんにも全然怯まなくて」

「ありがとう。だけどまだまだだわ。セドリックさんに手加減してもらってやっとだもの」


 ちらりとセドリックさんを見る。

 隻腕の彼は水を注いでもらったコップをもらって飲み、コップをメイドに返してからタオルをもらって汗を拭く。


『アステナ。身を守れるくらいの武術は身につけてもらう。基礎体力の向上と、そうだな……まずは短剣を扱えるくらいには』


 奥様は私への教育の前にそう言った。

 いざというときには奥様を止める。それは旦那様からのご指示でもあるから、そのためにもこれは必要なこと。


 私にとっては旦那様の指示が優先。だけど奥様の指示も大事なこと。

 その両方をこなすためにもこれは大切な鍛錬。


 セドリックさんは隻腕だけど、それでも、私はまだ一撃も与えられない。

 実力差があるのは分かってた。だけど悔しい気持ちがある。


(セドリックさんは奥様でも『彼、かなりいい腕だな』っておっしゃるほどだから、それも当然かもしれないけれど)


 旦那様もセドリックさんと試合をしたりしている。セドリックさんの戦いかたはどこか荒っぽくて、剣に重さがあるのが見ていて分かる。それでいて片手で振る剣はどこか旦那様と同じ騎士のものに似ている。

 セドリックさんなら騎士団でも通用する、そう思える。どうしてロザロス公爵家で働いているのかは知らないし、簡単には立ち入れない。


「セドリックさん」


 呼びかければ、寡黙なその人の視線が私に向く。その目をまっすぐ見つめる。


「私に足りないところはどんどん教えてください」


 そう願うと、一度視線を逸らしてから私を見る。


「……相手を、倒そうとしなくていい」

「それは……どうしてですか?」

「おまえは……」


 口の動きが鈍る。まるで、どう言えばいいだろうと迷うように。

 少しだけセドリックさんの眉間に皺ができる。迷いが、普段動かない彼の表情を動かす。


「おまえは、独りで戦うことは、ない。……なら、逃げること、生きることを、優先するべきだ」

「……」

「だから……積極的に攻めず、振るわれれば流す、来なければ逃げる、それでいい」


 言われて、考える。


 確かに私はセドリックさんが言うように、単独で戦うことはない。私はあくまで奥様を止めることが優先で、奥様の指示で動いてもそれはたぶん騎士のようなことじゃなく、侍女の面が大きい。

 奥様が私にこの鍛錬をさせるのは身を守る必要がでてくるかもしれないから。そういうときに私が優先するべきことは――……奥様の元へ、帰ること。それができれば奥様はさらに動くことができるから。


(私、自分から攻撃して戦うことを考えてた……)


 そういう方法もあるんだわ。青天の霹靂のような衝撃を抱く。

 なら――……考えて浮かぶ、鍛錬のときのセドリックさんの姿。


 私が攻撃すれば受け、流し、自分からは積極的に攻撃しない。

 あれは私の鍛錬のためにそうしていると思っていたけれど、もしかして身をもって示してくれていたもの……?


 セドリックさんを見ればその手に木剣を持つところで、メイドたちに背を向けて私を見る。

 その目を見て、自然と口角が上がった。


「続き、お願いします!」


 寡黙な騎士は頷いた。

 飲み物もタオルも、メイドたちにお礼を言って駆け出す。


 背で、身で、示すその人の背中はまだまだ遠い。でも、追いかけたい。

 追いかけ続けて、そして――……


 ――考えて、頭をよぎった。



『今すぐ仕事を辞めて帰ってこい。おまえの結婚が決まった』



 だけどそれは、振り払う。


(なにを言われても、絶対に私はここに戻ってくる。ここでずっと――……)


 木剣を持つ手に力が入った。

 ――私はここで、私の幸せをつかむ。






 翌日。

 私は旦那様と奥様にご挨拶をしてからロザロス邸を後にした。そして――生家へ戻った。






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