後日談 世界を広げろ その8
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「――って、ヒュリオスから報告がきた」
「……そうか」
「ふふっ。更生の余地があってなによりだ」
「……そうだな。盗賊に遭ったのは恐怖だったと思うが」
彼女のもとにヒュリオスから手紙が届いた。内容はリティア嬢に関する経過報告が主だったようで、関係者として俺もその内容を知らされた。
読み終えた彼女は便せんを閉じ、微かに口端を上げる。
「彼女はきちんと見方を変えた。それができない者が多い中、そうではなかった。それはカフカント子息と夫人の教育のおかげだろう。一度悔しい想いをしても、負けても、同じことを繰り返すことなく方法を、見方を変える。それができる限り彼女は成長する」
「……意外だ。彼女にそんな機会を与えるとは」
「君はわたしをなんだと思ってるんだ」
少し不満そうな顔をされたが、こう思っても仕方ないと思う。なにせ、これまでいろいろやってくれているのだから。
俺の表情が無意識に歪んだのだろう。彼女はやれやれと肩を竦めた。
彼女は手に持った便せんをテーブルに置く。彼女の目の前にあるテーブルには、もう一枚の封筒がある。
「これは午後のカフカント夫人との茶会で渡そう」
「リティア嬢からの手紙か?」
「いや。ヒュリオスからの諸々と『元気にしてます』報告だな。今はまだ自分でペンはとらないそうだ」
「そうか……。けじめのつもりだろうな」
「かもしれない」
その封筒を見つめる彼女の瞳はどこか嬉しそうな、微笑ましそうなものだ。
少しだけ意外に思う。あれをしたリティア嬢をもう許しているように見えて。
(リティア嬢にしても、可能性があるからこそ辺境に送ったんだと思うが……。いや……主犯のほうを潰す楽しみか……)
……自分で思ってなんだが否定できない。胃が痛い。
内心胃痛に耐えていると「うきゅー」と楽しそうな声が聞こえた。
視線を動かしてみれば、ソファの周りを俺の守護獣がてててっと駆けている。……その前をキツネが軽い足取りで逃げている。
そんな光景を黙って見つめ、俺は両の目頭をつまむ。
(聞かないでおくべきか……。いや、聞いておかねばならないか……。触れたくない)
部屋に入って視えた、いるはずのない存在。
これは当然に彼女の守護獣でも、屋敷の誰かの守護獣でもない。リアンやアステナが部屋に近づいてくれば姿を消し、俺と彼女の前でのみ顕現して俺の守護獣と遊んでいる。
俺の内心の葛藤も胃痛も一切知らない彼女はヒュリオスからの手紙をテーブルに置き、視線を動かす。
「ふむ……。そろそろこの子をつき主のもとへ戻そうか」
「……」
「それなりに身に染みたようだが……戻さないでおこうかな。リティア嬢に身一つでなんとかする術を身につけさせるべきか。とはいえ、ヒュリオスにバレてしまったし、あまり次の機会はなさそうだな」
……やはり彼女の守護獣なのか。
聞きたくなかったことを知ってしまい頭に手をあてる。こうなってはもう仕方ない。俺は彼女にじたりと視線を向けた。
「なぜ、リティア嬢の守護獣がここにいる」
「守護獣は必ずしもつき主の側にいるわけじゃない。いるのが当然だと思わないことだ。ちょっと出かけたいことだってある」
「…………あなたが、なにかしたんじゃないだろうな?」
「心外だ。守護獣に言ってみただけなのに」
「やはりあなたの仕業か!」
ぐわりと身を乗り出して声が出るが、目の前の彼女は平然としている。代わりに俺の守護獣が「うきゅ?」と遊びを止めて俺を見た。
「何をした!? いつから!?」
「彼女が辺境領に行く頃からかな」
「そんなに長期間守護獣が主の側を離れるなど聞いたこともないぞ!?」
「できたからいいじゃないか」
「よくない!」
「ははっ。君も守護獣に見限られないように気をつけなさい」
「俺はそうなってもなんの文句も――……」
――ドスンッ
横っ腹に衝撃が突き刺さった。
少々慣れさえ感じ始めたこの衝撃。視線を下げてみれば、俺の守護獣が服を掴み、瞳に涙をためながら俺を見上げていた。
「うー、うきゅきゅきゅ!」
ぐりぐりと頭を擦りつけてくる。まるで嫌だ嫌だと駄々をこねるようで、なんとなく、言いたいことが分かる。
「そ、そうなってほしいわけじゃない。俺は……長くおまえを視てやれなかったから、おまえが俺を嫌になっても仕方ないと――」
「うきゅきゅきゅきゅきゅっ!」
まるで「ならないもん!」とでも言っているようだ。ぐりぐりと頭を擦りつけてくる。……角が少々痛い。
そこまで必死になってくれることに少し胸があたたかくもなり、泣かせていることに罪悪感も湧く。
そっと守護獣を撫でてやれば顔を上げて俺を見る。泣きそうな目をじっと見つめ返す。
「ありがとう。俺も、おまえに恥じない主であろう」
「うきゅ!」
ぐりぐりと頭を擦りつけ、満足したのか俺の肩に戻ってくる。今度は頬にすりすりしだした。
そんな守護獣を視てから再び目の前に視線を向ける。彼女の側にはリティア嬢の守護獣であるキツネが近づき、その頭を彼女は撫でる。
「リティア嬢のもとに守護獣を帰してやってくれ」
「なぜ?」
「彼女にとって、守護獣はいることが当たり前だ。辺境領は王都ほど治安がいいわけではない。安全を確保する術は持っておくべきだ」
「分かった。君が言うならそうしよう」
素直に頷いた彼女はキツネを視て「もう戻っていいよ」と優しく告げた。すればキツネは姿を消す。
リティア嬢のもとへ帰ったのだろうか? 少しほっとしつつも、目の前の彼女にしかと注意は告げておく。
「守護獣を勝手に主から離すな。もしものとき、いないとなると危険なこともある」
「知ればいい。いて当然に頼るのは危険であり、いないということをだれもが知るべきだ」
「……言いたいことは解る。だが、いない中で剣を磨いた俺のような者ばかりではない」
言い返してくると思った。だが彼女は不満そうな顔をしてふいと顔を逸らす。まるで拗ねているような横顔に少し驚く。
(彼女なりに俺を想ってのこと、ということだろうか……? いや。いくら俺を幸せにするだなんだと言っているとはいえ、それは思い上がりも甚だし――……)
「君のこれまでを全国民に思い知らせてやろうと思ったのに……」
「物騒な企てをするな!」
……俺のため、だとしても、彼女のそれは規模が大きい。やはり常に見張りが必要だ。
再認識した俺は今後も増えるのだろう頭痛と胃痛に、今から頭を抱えた。




