後日談 世界を広げろ その7
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あれから日が経った。
守護獣についてはなにも進展はないけれど、私はあの騒動の翌日にラースと一緒に街を回ってお礼を伝えにいった。……ラースに「行くぞ」って連れ出されたから、仕方なく。
『おお! 元気そうだな、よかったよかった!』
『盗賊捕まえたサルヴェルとラースに見つけてもらったんだって? 遭遇しなくてよかったなあ』
『もう迷っちゃだめだよ? 迷子になりそうだったらあたしらに聞きな!』
『ははっ。迷子になっても総出で探してやるさ!』
……私、迷子になったって思われてるんだけど。
ちょっといらっとしてラースを睨みつけたらわざとらしく逸らされた。絶対スワダント商会の奴らの仕業だわ。
(にしても、本当に人間も獣人も声をかけてくるんだから)
お礼に回ったときのことを思い出してため息が出る。
でも、体は動かす。今は商会内の荷物の整理中。納品日の近い物を出したり、午後に持っていく物を荷馬車に積んだり、皆も動き回ってる。
「おら嬢ちゃん。もう二箱くらい乗せねえと終わんねえぞ」
「乗らないわよ」
この腕で運べるのは一箱だけなの。筋肉だらけの人とは違って箱を重ねて四箱も五箱も持てないの。
「いきなりごめんだけど追加注文入りましたあ!」
「そういうの安易に引き受けるなって言ったじゃない!」
「はいっ、今日も嬢ちゃんの元気いただきましたあ!」
は、腹立つ……!
言うだけ言って逃げだす男に怒ってると、なんでかどいつも笑うからまた腹立つ。
腹立たしくなりながら荷物を運んでたとき「嬢ちゃん」って声をかけられた。
山積みの紙の山に囲まれてるヒュリオス。商会の一人が「ヒュリオス今日それ終わらせるまで寝ちゃだめね」って言って、ヒュリオスが「……マジか」って絶望してたのは今朝のこと。
(山、あんまり減ってないわね)
あれじゃ今日は寝られないんじゃない? ヒュリオス、最近隈がひどいわよ。手伝ってあげない――……違った。手伝えないの。私新入りだから。
「なに?」
「嬢ちゃんの守護獣の件だが、辺境領へ来る前、王都で最後に守護獣顕現させたとき、何かしたか?」
「なにかって……」
最後に守護獣を顕現させたのは――……。
「……ロザロスの…」
「えーっと、公爵様? 奥様?」
「……」
「あ、うん。その顔は奥様だな」
勝手に読み取らないでほしいわ。合ってるけど。
ヒュリオスの目が「で?」って言いたげに私を見てる。他のメンバーも気にしてるように私を見てるのを感じる。
「…………た…」
「ん?」
「……攻撃、しかけた……」
「「「……」」」
「嬢ちゃん……――あの奥様に攻撃とか、やるな」
「奥様一度見たことあるけど、ありゃ手出ししたらやべえって人だろ。やるな」
「感心したふうに言わないで! してないわよ! してやろうかって――……思っただけで、でも! 守護獣がしなかったの! がくがく震えて!」
どいつもこいつもしみじみとした変な目をこっちに向けないで!
私が声を大に言っても全然堪えた風がない。どいつもこいつも、私が口利いてやるようになった途端親しすぎるのよ。私貴族なんだからね。
大きく息を吐いてると、ドンッて音がして視線が向いた。
ヒュリオスが、机に頭を打っていた。
「ちょっ、なにやってるの!?」
「いや……。嬢ちゃんのこの件、ちょっと奥様に知恵借りるわ」
「はあ!? なんで!」
嫌よあいつにだけは知られたくない!
是が非でも止めてやろうって口を開こうとする私に、ヒュリオスは顔を上げて私を見る。
「獣人ってな、守護獣に詳しいんだ」
「……なんでよ。獣人は守護獣なんて持たないじゃない」
「そう、持たない。でも詳しい。ロザロス公爵様の守護獣知ってるか?」
「ええ」
「あれ、獣人は気づいてた。公爵様自身が守護獣を知るより先に」
「は……?」
「獣人と守護獣ってなにか繋がりがあるんじゃねえかなって、俺は思ってる」
獣人が守護獣と……? でも、ならなんで獣人は守護獣を持たないのよ。
よく解らない。でも、もしそうなら、あの女がなにか知ってる可能性はある。――あの女、獣人たちの頂点に立つ王族の姫だもの。他の奴らが知らないことを知ってる可能性は、ある。
「……つまり、あの女が何かした、ってこと?」
「いくら獣人でも他人の守護獣にどうってことはできないと思うが、あの奥様だから。なんか知ってるかもしれない」
「……分かったわ。手紙でも書くの?」
「ああ。早馬飛ばして聞いてみる。それから……」
「?」
「家族に手紙、届けたいなら届けるけど、どうする?」
「!」
身体が固まって、でも胸の内には喜びが生じる。……自分のことなのに、どこか離れたものをみるように、そう感じた。
おじい様やお父様、お母様に手紙……。書きたい。
書きたい。けど――……。
「今はいいわ。でも……元気にしてるってくらいは伝えたいから、あなたが何か書いておいて」
「……。あいよ」
どうしてか、ヒュリオスは微かに口端を上げて了承した。
「おい、新入り」
商会の扉から顔を出したのは、私の教育係のラース。
今日は朝早くからあちこち出てて姿を見てなかった。……いいんだけど。どうせ商会内の仕事だし。
「その呼び方、どうにかならないの?」
「今はならないな。それより出るぞ」
「……今日はどこ?」
毎日あちこちへ行く。それは……少しだけ新鮮で、悪くない。
最近そう思えるようになってきた。
(知らないことを知るって、こういうことなのよね。きっと)
知らない人と会うこと、一から関係をつくること。獣人と話をすること。荷を仕入れること。交渉すること。売るための手段。
知らないことが、私には山ほどある。
荷積み作業を止めてラースの側へ行くと、彼は身を翻しながら私を見て言った。
「市場と砦、ファルダの商隊と交渉。突っ立ってないで学べよ」
「分かってるわよ」
これまでずっと立ってるだけで学ぶつもりもなかったから、私がなにも学んでないって知ったラースが「おまえの教育計画を見直さなきゃならなくなっただろうが」って怒ってた。……声を荒げないから、怒ってるときのお父様みたいで、ちょっと苦手。
怒られるのは嫌だから、学ぶ。
勉強は嫌いじゃない。淑女教育だって、侯爵家の娘として相応しくあるために頑張った。
だけど商人のいろいろなんて貴族教育にはなかったことだから、正直、分からないことが山ほどある。
でも、本を引っ張り出してるとラースだけじゃなく商会の他のメンバーもいろいろ教えてくれる。……そういうお人好しばっかりなのよね、スワダント商会って。
「私が学べる仕事をしなさいよね」
「不足だらけがよく言う。ちっとは知識つけてから言え」
鼻で笑うようにそう言ってラースが荷馬車に乗り込む。その隣に私も乗った。
すぐに荷馬車が出発する。
今はもう、この乗り心地の悪さもあまり気にならない。




