後日談 世界を広げろ その6
盗賊たちを放り込んだ馬車は獣人が操っている。盗賊が逃げたりしないかって少し怖かったけれど、一本の縄で数人が全身ぐるぐるに巻かれて逃げられる心配はなさそうで少し安心した。
御者だった男は幌の布で包まれて、獣人が優しく馬車に乗せた。
『ちゃんと家族のところへ帰ろうな』
なんて、もう意味もないのに声をかけていた。それがなんだか、印象的だった。
私とラースは馬車の側を歩く。歩く力なんてないけど「じゃあ盗賊と乗るか?」なんて冷え切った声で言われれば、歩くほうを選ぶ。
空はもう真っ暗で、道もあまり見えない。
これじゃダメじゃないって思ったけど、獣人が光の玉を出して道を照らしてくれた。その光の玉のうち一つで私の足元を明るく照らしてくれた。
獣人を見ると目が合った。でも、なにも言えなかった。
ラースはあれからなにも言わずに歩いてる。黙って、じっと。ただ足を進める。
獣人もそう。ラースとおしゃべりでもするのかと思ったけど、なにも言わずに手綱を操ってるだけ。
領都まで時間がかかったけどなんとか着いて、少しだけほっとする。
だけどそんな私をラースはまだ歩かせる。その足が進むのは領都の中心の方。少しずつ音が大きくなって、誰かの声が聞こえだす。
そんなところまで来て、ラースは足を止めて私を振り返った。
「王都ではどいつも言う。――獣人なんて野蛮で、血と戦を好む人間と獣の半端者」
それは、さっきと同じ言葉。
「辺境領では皆が言う。――獣人は、いろいろあっても、よき隣人だと」
――そう言って、私を前へと放り出した。
町中を照らす明かりや火。夜の街はこんなに明るいのかって驚くくらい、どこかしこでも火が焚かれてる。その中で――……。
「おーい! ヒュリオスんとこの嬢ちゃーん! いたら返事してくれー!」
「川のほうにはいなかったぞ。一応川下も探してる」
「まさか山に入ったんじゃねえよな?」
「おい。俺は光の力が使える。山入るなら照らしてやれるぜ」
「ありがとよ。光の守護獣持ちはあんま力強くねえんだよなあ。獣人はすげえわ」
「なあなあ。獣人の鼻でこう……探せね?」
「無理言うなよ。俺らそこまで獣じゃねえぞ」
「おい! 警備兵が今獣人と協力して町の外回ってる。一応盗賊警戒のために全員なるべく獣人と一緒にってよ」
「任せろ! 人間は非力だからな!」
「「「やだ頼もしっ!」」」
明かりの側で、人間と獣人が慌ただしく動いてる。
声をかけあって、協力してる。
ただ見てるしかない私の後ろから声がかけられた。
「皆、おまえを探してるんだよ」
「……なんで」
「なんでって、困ってる人に手を貸すのって、いちいち面倒な理由、いる?」
当たり前のように、御者台に乗った獣人が言った。
その声に、思わずその人を見る。
「俺もさ、ラースがあちこち動き回ってるから何かって思って声かけただけだし。馬車店で情報掴んで、俺の足でラース運んで、そんで嬢ちゃん見つけたわけだし」
「……なんで」
「だからさ。人間種とか獣人とか、その人がどういう奴か知ってるなら、どうでもよくない?」
ふって笑う顔が、ラースを見てにっと笑う顔が。傍から聞こえる「ありがとよ」ってお礼が。
――全部全部、知らないもの。
(人間と獣人は、全然違うじゃない……。だって、だって……)
だって――……。
「町ん中にいねえならやっぱ外か」
「おい! 夜間の外はあぶねえから、腕に自信ある奴で組んで探しにいくぞ!」
「「「うっしゃ! じゃあ俺だ!」」」
「全獣人が手ぇ挙げてますっ!」
「「「やだ頼もしっ!」」」
――こんなの、私は知らない。
『獣人って本当、気味が悪いわ。人間でも獣でもないもどきでしょう?』
『どこにも戦を仕掛けてばかりと言うし。血に飢えて相手を切り刻むとか』
『守護獣もいないのに、まるでその力だけを奪って使っているようだわ。おぞましい上に、神からの祝福を冒涜しているわ』
――皆が……
『皆がしているから許されるわけでも、乗っていいわけでもない。それがなにをもたらすのかは自分で考えなければいけない』
『噂と私情に目がくらみ目の前をなにも見ていない。視野を曇らせず客観的に判断しろと、これまで何度言った?』
――……みんな、が……
「あー! サルヴェルいたー!」
「テメェどこいってやがった!?」
「ごめんごめんって。でもほら、見つけたよ、お嬢さん」
「マジか!? ――ホントだ! 無事か怪我してないか!?」
「医者、医者呼ぶか? 大丈夫か?」
「おーい! ヒュリオスんとこにすぐに連絡してやれ! 嬢ちゃん無事だったぞ!」
「マジよかったあ……。なんかあったらホント、どうしようかと……」
「ってかなにこれ誰こいつら!?」
「あ、それ盗賊」
「「「やっぱやべえことになってたんじゃん!?」」」
……煩いざわめきが、なんだか遠くから聞こえるみたい。
ただ、隣にいるラースの声だけは、はっきりと聞こえた。力が抜けたような、目の前の光景に軽く笑っているような。
「おまえらは『獣人』について喋っても、”その内側”を話すことはない。――それのどこが”知ってる”ってことになる?」
「っ……」
――……視界が滲むのが、ただただ悔しくて、許せなかった。
街の人たちにも獣人たちにも安心されて、私はスワダント商会へ戻ってきた。
商会の人たちにも心配されて、だけどヒュリオスはただ私を見てため息をついて言った。
「やっぱりやったな」
「! 分かってたの……?」
「奥様からもやるって言われてたし、やるだろうなあと俺も思ってた。だからラースに探しにいかせた」
「……なんでよ。そう思うなら、なんで私に休日も給金も……」
渡さないことがヒュリオスがとるべき行動だったはず。そうすれば事前に全部防げてたはずだもの。
なのに、考えていながらヒュリオスはやった。商人ならリスクは回避するべきなのに。
ヒュリオスは手を前に出して、指を一本立てた。
「一つ、たとえ王都まで行けたとして、嬢ちゃんの生家は嬢ちゃんを家に入れない」
「っ……」
「二つ、嬢ちゃんは今、うちの新入りだ。その待遇に見合うことをするのは商会長として当然のこと」
「……」
「三つ、死なないならいいからって奥様から言われてる」
「いや盗賊相手は結構やばいだろ……」
「盗賊くらいなら嬢ちゃんの守護獣で対処できるだろ? 一応は俺だって守護獣見張りにつけてたし」
冷汗を流す商会の一人にヒュリオスは平然と返す。その肩にネコが乗って「みゃあ」って鳴いた。これがヒュリオスの守護獣なんだって解って、だけどそれを聞いて肩がぴくりと跳ねた。
守護獣がいるから。その言葉が今はひどく刺さる。
「……そういや、おまえ、なんで守護獣顕現させなかった? させなきゃどうにもならねえだろ」
ラースもそう言って私を見る。だけど、顔なんて上げられない。
「え……。待て待て嬢ちゃん。まさか自力でどうにかしようとしたのか?」
「え……。奥様から嬢ちゃんの守護獣は火属性のキツネでそれなりに強力だって聞いたから、大丈夫だって判断したんだが……? 俺のネコに戦闘力はないけど逃がすくらいはできると思って……」
視線を感じる。だけど、顔を上げられない。
そんな私の隣から、ぽんって頭に痛くない衝撃が落とされた。
「黙るな。死んでもいいと思ってそうしたなら、こっちはその根性から教育し直す必要がある。カリキュラムの組み直しだ」
「ラ、ラースおまえ……。ま、まあそうだな、うん。なんか訳あってのことか?」
言われて、唇を引き結ぶ。
言わない、口を利かない。それがこれまでの私がとってきた行動なのに、こいつらは私に話しかける。
(分かってる……)
街の人に連絡を受けてやってきて、ひどく安心していたこと。必死に探し回ってくれたこと。
分かってる。――私のなにが、間違っていたのか。
「――……て…」
「ん?」
「守護獣が……顕現しなくて……。呼んだのに、出て……こなくて……」
「……マジか? 今は?」
ちらりと傍を見る。見つめて、震えそうになる口で「出てきて」って言っても、なにも顕現しない。
本当なんだと分かってヒュリオスたちも沈黙する。室内の空気が重たくなった。
「……守護獣がいなくなるなんて聞いたことねえぞ」
「これまではいたんだろ? 気づいたの、いつからだ」
「……辺境領に来るまではいたはずだけど……来てからは、呼んでないから……」
「守護獣が場所に縛られるなんて話は聞かねえ。なにか原因があるはずだ」
途端に真剣な顔で話し合う。ヒュリオスも深刻そうな顔をして口許に指をあてて何か考えてる。
だけど、すぐに結論を出したように私を見る。
「辺境は王都とは違って町を出れば盗賊もいる。領都を出るときは必ず誰かと一緒に出ること。出かけるなら誰かに一声かけること。これまでどおりラースと一緒に仕事すること。守護獣については時々呼んで、変化があれば教えてくれ」
「……分かった」
「ラース。頼むぞ」
「了解」
「守護獣か……。なんとか情報集めてみる」
守護獣がいなくなった。それだけで急に自分が弱くなったような気持ちになる。
自分が強いだなんて思ったことはないけれど、頼りなくて、不安になって仕方ない。
(当たり前だと思ってた……でも、いないって、こんなに――……)
ふっと軽く息を呑んだ。
――じゃあ、産まれたときからいないって――……。
社交会で見た独りで立ってる背中が脳裏に浮かんだ。
「嬢ちゃん」
「!」
「とりあえず、今日はもう休め。疲れただろ」
そう言って、ヒュリオスは私の頭を軽く叩いた。




