後日談 世界を広げろ その3
砦を出て商会へ帰るのかと思えば、ラースは別の場所へ向かう。
もう荷台に荷物はない。だから仕入れにでも行くのかと思って、なにも聞かない。ラースも言わない。
がたがた煩い車輪の音が耳に入りながら、道を進む。
むき出しの地面から舗装された道になって、見えてきたのは、領都の東側。
辺境領に来てから私はスワダント商会でしか過ごしていない。だから外は知らないし、知ろうとも思わない。
流れていく景色を見ていれば、思いのほか賑わっているように見えた。
一人、二人連れ、家族連れ。いろんな形の人たちが歩いている。
ラースはそんな賑わいから少し離れた場所にある、馬車を預けられる店に荷馬車を預けて歩きだす。仕方なく、それに続いた。
「これから市場に行く」
……市場? なら、やっぱり荷の仕入れかしら?
「ヒュリオスはおまえが言い出すのを待ってたが、俺は絶対におまえは言わない気がした。だから、連れてきた」
……なにを言ってるの?
意味が分からなくて怪訝と睨むように見ると、歩いていたラースは私を振り返った。
「おまえは、知らないだろう?」
なんの話よ。腹立たしさを覚えて睨みつけるけれど、ラースは全然堪えた様子もなく、むしろ、呆れたように私を見下ろす。
そして、私の腕を掴むと――前に突き出した。
「いらっしゃい! そこのお姉さん、お安くしとくよ!」
「うちの串焼きどうだい?」
「こっちはファルダ国の伝統的な文様の刺繍さ。夫婦円満の祈りを表してるんだ」
「この織物はファルダ国独自の技術で編まれたものだよ。これには面白い言い伝えがあってな――……」
たくさんの人が声を張り上げて、笑って、楽しそうに歩いている。散策したり買い物したり、急いでるような人もいて混みあっている。
広げた露店から大きな声で客を呼び込んでいる。遠慮ない笑い声も、会話も、いざこざの会話さえ全部、この空間に収まっている。
人間も獣人も、同じ空間で。
「虎さんよ。その串焼き旨そうだな。俺にもくれよ」
「あいよ~。お代はその不思議な光玉でどうだい?」
「何本くれる?」
「いいねえ。交渉といこうじゃないさ」
なんて、人間と獣人も平然と会話して、笑ってる。
店の側で人間の子どもと獣人の子どもが遊んでる。
「……」
目の前の光景に、言葉をなくした。
(なに、これ……。ありえない。なんで獣人なんかと話してるの? 平然としてるなんて、頭おかしいんじゃない?)
獣人なんて野蛮な種族。血に飢えて戦を好む、ただの蛮族。
人間でも獣でもない、ただの半端者。きっと神話の時代になにか大罪をやらかしたのよ。でなきゃ、あんな気持ち悪い奴らが生まれるはずない。
だから。だから、人間と獣人は対等じゃないし、言葉を交わすなんてこと自体嫌。
――そういうものでしょう……?
「おっ。スワダントの若造じゃねえか」
「っ!」
獣人が、気安く近づいてきた。手を挙げて軽い調子で声をかけてくる。
(なにこいつ。ありえない)
一歩足を引く。だけど、私の腕はラースにとられていてこれ以上は下がれない。
ラースは私とは違って、やってきた獣人にも平気そうにしてる。
「ラースだ。サルヴェル」
「そうそう、ラース。最近あんまり見ねえから忘れちまうわ」
「忘れるな。そんな商人でいいのか?」
「いいのいいの、これでやれてるから~」
ラースも気安く話に応じてる。
へらっとした獣人だわ。とてもじゃないけれどこんなのが商人だなんて信じられない。
頭についてるのは猫みたいな耳、腰からは細い尻尾が生えてる。
獣人なんてあの獣もどき以外見たこともない。何度見ても、近くで見ればみるほど、気持ちが悪い。
そんな男が私を見た。
「この子は?」
「ああ。うちの商会の新入りだ。王都から来て今は教育中だ」
「……へえ。王都から」
――獣人の目が光った気がした。
そう見えて、背筋に嫌な汗が流れる。
(な、なんなのよ)
そんな獣人の様子に気づいてるのか知らないけれど、ラースはすぐに話題を持ちかける。
「どうだ。今の商売は?」
「いやあ。やりやすいやりやすい。役人が交代してくれたおかげだわ。あれもおまえんところのおかげだろ?」
「ちゃんと情報は集めてるんだな」
「そこは抜かりなく。次いで言うと、姫様目撃情報もある」
「正解」
……役人の交代? なんの話?
わけが分からない私なんてラースも獣人も気にしてない。ラースは私の腕を掴んだままで放す様子もない。いい加減放しなさいよ。
「ま、前ほどってわけじゃねえけどさ」
「……前領主様の?」
「ああ」
前領主って、ロザロス前公爵よね。国を売った反逆者。
国を支える貴族としてありえない行動をとって、息子に討たれた馬鹿な男。私たち世代はあまり接点もない人だけど、親たちは今でも彼の話になると口が悪くなる。おじい様とお父様はそんなことなかったけど。
でも、だから解る。
国を売った男の息子が、貴族としてなんて敬われないこと。
国に仇なすということが、どういうことなのか。その家族を持つということが、どういうことなのか。
ロドルス国ならだれだってその男には怒りを覚える。罵って当然って顔をする。
なのに、獣人は少し寂しそうな顔をした。
「前の領主様はよかった。俺ら獣人も、こっちの人間も、双方がうまくやれる道をいつだって模索してくれてた。現地の言葉をちゃんと聞いてくれた」
「……ああ」
「今でも信じられねえよ。そんな人が……国を売るような人だったのか、って……」
……なに言ってるの。この男。
国を売るような奴にいいも悪いもあるわけないじゃない。ただの反逆者よ。
男は見せていた表情をすぐに消してけろっとした顔に笑顔を浮かべる。
「ま、姫様が動いてくれたおかげで俺らも助かったけど」
「こっちもな。奥様――……って、姫様って言ったほうがいいのか。そっちでもそうだったのか?」
「姫様はそりゃすげえ人だよ。政策にもいろいろ案を出したり、国家事業でも現場に来ていろいろしてくれたり、民の言葉を聞いて活かそうとしてくれたり。それに戦場でも活躍なさった。先王陛下がまあ前線突っ走ってく人だったからな。後方指揮官かつ各地への的確な援助要員ってさ」
「すごいな……」
「だろう?」
誇らし気に男が笑顔を浮かべてる。
(あんな女がそんなこと、あるわけない)
私をこんな場所に放り込んだ女よ。全部私の責任にして自分は社交界で笑ってるような奴よ。
獣人が言うようなそういうことは、ユリフォード殿下のような御方がなさることだわ。あんな獣もどきがそんな顔して語られるなんて、ありえない。
(外面はいいように見せてたってわけね)
ファルダ国の獣人たちはどいつもそれに騙されてる。そんなことにも気づきやしないような馬鹿なのよ。
さすが、低俗な獣人だわ。
「な。嬢ちゃん」
「っ!」
目の前に獣人の顔があった。
驚いて、足を引く。だけど腕を掴まれてるから逃げられなくて、咄嗟にラースを盾にする。「おい」なんて不満ならその手を放しなさいよね。
「……悪いな。サルヴェル。王都の人間は獣人に慣れてないんだ」
「ふうん。……そういや、姫様に石投げたとかって話だっけ?」
なに、それ。そんなの知らないんだけど。
私がしたとでも思われてるの? 冗談じゃないわ。
「なんでそう、獣人ってだけで気味悪がるかな」
「悪いな」
「なんでおまえが謝るんだよー」
「今、こいつの教育係は俺だ。こいつの態度でおまえを不快にさせたなら、それは俺の教育不足だ」
「……真面目か。ま、そういう奴は信頼できるけど」
「そりゃどうも」
獣人がにっと口角を上げて、ラースがふっと軽く笑った。
二人はそのまま手を振って別れる。ラースは私の腕を掴んだまま市場の中を歩きだした。
どこもかしこも人がいる。その中に獣人もいる。
威勢のいい声が響いて、品を吟味して。人と獣人が声をかけあって笑ってる。
(ありえない。王都はこんなこと、絶対にない)
どうしてこんな野蛮人共と平然にしていられるのか、私には理解できない。
私は、こいつらとは違う。




