後日談 世界を広げろ その1
私は、なにも悪くない。
ただみんなと同じことをしただけ。なのに――……。
♢
がたがと荷馬車が揺れる。馬車とは違って揺れがひどいし、乗り心地も悪い。
私のほかに数人の男女が乗っているけれど、この乗り心地の悪さでも平気な顔をしてる。それに、人のほかにも荷物がいくつも載っている。……荷物なんて、荷物用の荷馬車を使って、人とは分ければいいのに。
荷物に挟まれて、膝を抱えて蹲る空間しかない。……腹立たしいわ。
(私は、こんなところにいる人間じゃないのに)
侯爵家の者として、人々の上に立つ者なのに。領民の生活を預かって、守り、国を支える者なのに。
なのに――……
『おまえの身柄はロザロス夫人に預ける。辺境領で、少しは視野を広げてこい』
『君は知り合いの商人に預ける』
お父様も、あの獣も、私を王都から追い出した。
(どうしてお父様まで。お母様もおじい様も、どうしてあの獣の言うことに反論しないの)
私はなにも悪くない。
ただみんなと同じことをしただけ。それだけよ。
着慣れたドレスは没収された。今身に着けているのは平民のものより少し質がいいだけ。
育った屋敷を追い出された。過ごすのは古びた宿ばかり。
私のせいじゃないのに。私だけが全部失った。
「嬢ちゃん。もうすぐ辺境領だ」
同じように荷台に乗る男が気安くそう話しかけてくる。これまでも話しかけてきてるけど全部無視してる。なのに飽きずに話しかけてくる。
他の人はもう、私に声なんてかけない。
そんな男をちらりと見た。
何歳か知らないけど若く見える。だけど話に聞く限りじゃ、ロザロス公爵の父親と親交があったみたいだから、思ってるより上かもしれない。人のいい笑みと日に焼けてる肌。
名前をヒュリオスというらしい。なんでも、この商隊のリーダーで、私をロザロス家から預かってる張本人。
(ひとのこと”嬢ちゃん“呼ばわりしないでほしいわ。あんたとは生まれも育ちも違うのよ)
そんな立場を解っていない男は、紙をぺらぺら捲って仕事をしてるらしい。その傍に別の男が近づいた。
「どうだ、ヒュリオス」
「おう。ファルダの刺繍がいけそうだな。戻ったら交渉と、奥様とは例の茶葉の話もつめてるから、そっちも」
「ありゃ難しくねえか?」
「手に入りにくいという希少価値ほど儲かる、だとよ」
「ふはっ! お姫様から出る言葉とは思えねえ!」
体格のある男が吹きだした。……品がない。
ヒュリオスは気にしてないように一緒になって笑ってる。でも、私の視線に気づいたのかこっちを見た。
「ロザロス夫人のおかげで、うちはそれなりに今やれててな」
知らないわよ。
そう思って、ふんっと顔を逸らして、膝の上に載せた腕に顔を押しつけた。
真っ暗になった視界。私の耳には「こりゃ先が思いやられるな…」「奥様からの頼みだ。仕方ない」ってやりとりが聞こえた。
辺境領は貧相な場所だった。
着いたと言われて降りてみれば、王都の街並みや活気とは全然違う様子が目に入る。
流行りの店も服飾店もない。私からすれば廃れたような場所にしか見えない。
子どもが走り回ってる。大人は店に人を呼びこんでいるけど、その大半は露店。でも町の整備は綺麗にされてるし、店の外観も道も、ちゃんと町って感じがする。
国の中央から離れれば商人はあまり通らないこともあるのに、この場所は出てる店も思ったより多い。
(店は、あるのね……。王都とは全然違うけれど)
どうせ私が買い物したいような物はなにもないでしょう。興味もない。
「こっちだ。嬢ちゃん」
また、嫌な呼び方。
むっとするけれど口を利くのも嫌だから、黙って仕方なく後に続く。
ヒュリオスが入ったのはそれほど大きくない建物。中で人が忙しそうにしているけれど、その人数も多くない。
「ただいまー」
「あ、おかえり、ヒュリオスさん。変わったことはナシですよー!」
「聞くより早い報告ありがとー」
……気の抜けたやりとりね。ばかみたい。
建物はそれほど大きくないけれど、部屋のあちこちに荷物が積み重ねられている。そんな荷物や机の上には紙の束もある。
部屋のあちこちで人の声が聞こえていて、誰に言ってるのかもわからない。
(ここ、まさか商会……?)
思わずまじまじと周りを見てしまう私に気づいたのか、ヒュリオスが肩を竦めた。
「ここが俺たちスワダント商会本部だ」
商会って、もっと大きくて立派で、きちんとした人がいる場所でしょ? それがこんな、借りた家に荷物重ねてるみたいな様相ある?
驚く私を見てなにを思ったのか、ヒュリオスが「あはは…」と乾いた笑みをこぼした。
「ヒュリオス。その子は?」
「ああ。皆に紹介する。おーい。ちょっといいか? 一分くれ」
「「「はーい!」」」
ヒュリオスが部屋中に聞こえるように言うと、ごそごそ音がしてから人がやってきた。
ヒュリオスを含めても十人にもならない人員。その少なさに驚かされる。
「紹介する。ロザロスの奥様から預かった、リティア嬢ちゃんだ」
「……」
まるで、私に挨拶をしろとでもいうようだけれど、口を利くつもりなんてないから、ふんっと顔を逸らす。
部屋には沈黙が落ちて、ヒュリオスの苦笑いが目に見えるようだけれど、そんなこと知らない。
「……えーっと、ヒュリオス。奥様から預かったって、どういう……」
「もっと広い世界を見せて、ついでに教育してくれって」
「……もしかしてとは思うが、奥様からってことは……その嬢ちゃん、貴族の――」
「ただの、平民の嬢ちゃんだ」
遮って、強調する。
まるで、私にも言い聞かせるように。だから無意識に拳をつくった。
商人たちは顔を見合わせて戸惑っている。
(当然ね。こんな平凡な商会に急に貴族の娘が来るなんてことになるんだもの。平民としてなんていっても、どうしても貴族としてみるわよ)
それが当然のこと。
私だって、平民になれなんて言われて、なるつもりなんてない。
「――分かった」
商人たちの中、ただ一人が、迷いなくそう言った。
他の商人の驚きの視線を受けても平然と腕を組んでいる、二十代くらいの男。
「商人のいろいろを教えるってことでいいのか?」
「期限付きじゃないがそのつもりで。奥様からは『為人変えるくらいで頼む。遠慮はいらない』って言われてる」
「了解した。嬢ちゃんの家のほうは?」
「関与なし」
「了解」
「……おまえが教育係でどうだ?」
「別に問題ない」
話がとんとん拍子に決まっていく。驚きと唖然で見ていると、男がやってきて私を見た。
「スワダント商会一員、ラースだ。今日から俺についてくれ」
「……」
「挨拶は商人以前に人としての基本だ。親に教わらなかったのか?」
「っ……」
この男、嫌い。
睨んでやるけど全然顔も変わらないし、腕を組んだまま偉そうな風に私を見下ろしてくる。
「……まあいい。先に言っておくが、俺は優しくはしない。新入りとして扱う」
「……」
「それじゃあ、すぐ始めるぞ」
そう言ってくるりと背を向けると、すたすたと歩きだす。
そんな背中を睨んでいると、隣のヒュリオスが肩を竦めて言った。
「これからはあいつについて回ってくれ。嬢ちゃん」
あの獣もどきに私を預けられたときにはぎゃんぎゃん喚いていたのに、すっかり私を”嬢ちゃん“と呼ぶ男を睨みつけた。




