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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編2

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後日談 その後のカフカント家

 常緑樹は盛りを越えた緑の葉を揺らしている。落葉樹は葉を落とし始めていて、庭師が毎日枯葉を掃除しているのを見かける。もう少しすればその枯葉もこんもりと山になるほど落ちてくる。

 この時期、これからの時期に向けて花は少なくなってしまうから、少し寂しい印象がある。


 ふぅっと息を吐いた。外の空気は少しだけ冷たさを肌にくれるけれど、今は外に出られないほど冷えることはなくて、昼間はちょうどいいくらいにあたたかい。


「奥様。こちらを」

「ありがとう、アンネ」


 侍女が肩にかけてくれるストールに触れてから、あたたかい紅茶を口に含んだ。


 カフカント家を騒がした騒動は落ち着きを見せ始めている。

 社交界ではまだ少し、その……私と旦那様のことで賑やかだけれど、これまでの賑やかさとは違うものだから、落ち着かないけれど、平気。


『まさか夫人と侯爵様が両想いだったなんて……。歳の差が目を曇らせていたわっ……!』

『気をつけてくださいね。侯爵様って素敵な紳士ですから、いまだに後妻を狙っている人は多いって話ですよ?』

『そうそう。これまでも全部そういった話はお断りなさってきたとか。それがまさか、夫人を想っていたからだなんて』


 ……なんだか、いいように話がつくられているけれど、これはきっと、これでいい。

 私は曖昧に微笑んでいることしかできないけれど。……思いだして、なんだか恥ずかしくなってきちゃった。


 顔の熱をふるふると軽く払う。よし。


 それに、リティア様のこと。

 社交界では「侯爵家を継いでいく者として見聞を広めるために学びに出ている」とすることになって、オリヴァン様とエリーゼ様がいろいろ動いていらっしゃる。


 侯爵邸も少し変わった。

 リティア様が反獣人派と親しかったことや毒を使用した者が私への嫌悪と反獣人的だったことから、リティア様に侍り反獣人派ともつながりがあった者や勤務態度に問題があった者は、旦那様とエリーゼ様の権限で馘首が言い渡された。

 侯爵邸は使用人の数が少し減ったけれど、問題なく回っている。


(これまで屋敷のことはエリーゼ様にお任せしてばかりだったから、これからは私も頑張らないと)


 そのためにエリーゼ様からもいろいろ教わっている。

 本当なら嫁いですぐにするべきことだったから遅いのだけれど、旦那様もエリーゼ様も安心したような嬉しそうな顔をして、いろいろ教えてくださる。


(でも、旦那様には時々止められちゃうのよね……)


 曰く「アリシャ。頑張りすぎだ」とのこと。……そんなこと、ないと思うのだけれど。


 生家であるクロサブル子爵家は生活に困るほどではないけれど、貧しかった。

 父は騎士として騎士団に勤めていたし、私も家で家事をしたり畑仕事をしたりしてた。使用人だってアンネを含めて二人だけだった。


「アンネ。私、頑張りすぎなの?」

「奥様は昔から、なんでもご自分でやってしまおうとなさる方ですから」


 アンネが小さく笑う。

 それを見ていると、そうかも…と思う。

 だって、生家ではずっと自分でやるのが当然だったから。だれかにしてもらうなんて、それこそ目が飛び出るくらいの贅沢だった。


 ――だから、侯爵夫人だなんて立場、どうすればいいか分からなかった。

 やっぱり、今でも不相応だと思う。すべてをメイドがやってくれることもまだ慣れない。手伝いたいけれどするわけにもいかなくて……。


(でも、頑張る。シルティ様が今を与えてくださったのだもの。旦那様やオリヴァン様、エリーゼ様のお役にだって立てるようになる)


 頑張ろう。よし。

 そう思って内心で拳をつくったとき、視界の隅にいたアンネが動いたのが見えて、視線を向けた。


「アリシャ」

「旦那様……! オリヴァン様、エリーゼ様」


 皆さまがいらして、慌てて席を立つ。

 それを見た旦那様が軽く片手をあげて制止し、四人で小さなテーブルを囲むことになった。アンネが皆さまの分の紅茶を淹れて下がる。


「皆さまお揃いでどうかされたのですか?」

「軽い報告会だよ。屋敷の者も見直すことができた。リティアのほうも問題ない。ロザロス夫人がスワダント商会長を通して様子を教えてくれるとのことだ」

「なにかご迷惑をおかけしていないといいんですが……」


 オリヴァン様はきっとご苦労が多い。

 辺境領は獣人もいるというから、リティア様がその中でうまくやっていけるのかという心配も。


「王都にいては知りえないことを、あの子は知ることができます。それがよき見方になることを願いましょう」

「……そうだな」


 エリーゼ様はオリヴァン様よりも落ち着いているように見える。だけど、母としてきっと心配も強い。

 だって、リティア様がしたことやその処遇について、最後まで辛そうなお顔をされていたから。


「……いつか、辺境領では獣人の方々とどんな商売がされているのか、リティア様に聞いてみたいです」

「そうだね。なんなら見にいくのもいい。私たちもあの地には行ったことがないから」

「それはいいですね。私も現地をこの目で視察したいものです」

「仕事ではなく観光がいいな。さて、案内は……ロザロス公爵に頼もうかな」

「あまり勧めませんが、断りはしないでしょう。あの方は」


 冗談だと思うけれど、旦那様の言葉にオリヴァン様は至極真面目に答える。それを見てエリーゼ様が喉を震わせた。私も少しだけ気が楽になる。


 辺境領。獣人の方々がいる場所。

 いつか私も、行ってみたい。


「アリシャ」

「はい」

「今回のこと、これまでのこと、君に耐えさせてばかりですまなかったね」

「そんなこと……」

「何か謝罪をさせてほしい。何かないかな?」


 言われて、少し困る。


 さして裕福でもない私がこの家にくればよく思えないのは当然のこと。だから、屋敷の者たちの態度もリティア様の言動も、腹が立ったことはない。

 旦那様が謝罪なさることなんてなにもない。


「……旦那様。私、なにも気にしていません。皆さんが私をよく思えないのは当然のことですし……旦那様が謝罪なさることでも、ありません」

「継母上。父上は、今回のことを理由に継母上に贈り物をしたいだけです。継母上は物欲も望みもいつも口にされませんから」

「オリヴァン……。そこは言わない」


 真面目な顔で言ってしまうオリヴァン様に旦那様はなんだか渋い顔。それを見たエリーゼ様が堪えきれずに口許に手をあて、肩を震わせている。

 私は驚いてしまうけれど、隣に座る旦那様が眉を下げている。


(本当に……?)


 旦那様からはティーセットやドレス、装身具もいただいた。どれも高価で、生家では触れたこともないような物ばかりで。

 体裁のためでもいただくのはなんだか申し訳なかった。


 欲しい物なんて本当になかった。だって、もったいないほどのものをいただいているから。


「無理にしたいわけではないから、ないならいいんだ。私が君にしてあげられることはこれくらいしかないからね」


 申し訳なさそうな顔で謝罪されるから、頭の中で必死に考えた。

 欲しいもの。欲しいもの。なんでもいいから何か……。


(ドレス……は、充分あるし。宝飾品……は、高価だし。あとは……お花? お菓子? えっと……。旦那様が今までくれたものでなにか……)


 ふと視界に入った物で、閃いた。


「あ、あの、旦那様」

「ん?」

「その……では、一ついいですか?」


 欲しいものなんて、ねだるのはなんだか申し訳ない気持ちになる。

 これまでだってたくさん迷惑をかけたのに、そんな私がこんなことを言うなんて。


 ――でも、これまで何度も背を押してくれた旦那様が、少しでも、嬉しいと思ってくれるなら。


 大事に、大事に、目の前の、私だけのカップに触れた。


「その……このカップ、もう一つ欲しいです」

「そんなものでいいのかい?」

「はい。それで、その……もう一つは、旦那様に差し上げたいです。そしたら、お揃いのカップで、時々こうしてお茶をしたいです」


 旦那様が目を瞠った。


「私、旦那様と一緒に庭を散歩したり、お茶をしたりする時間、好きです。だから……そういう時間に一緒に使えるものがいいです」


 珍しい、旦那様がとても驚いている。それを見ていると、なんだか少しだけ安心と喜びが湧き起こる。

 旦那様を驚かせられた楽しさと。聞いてくれた嬉しさと。言えた喜び。


 四人の間を風が吹き抜ける。さっきまで冷たさがあったのに、今のそれはどこかあたたかいと感じられる気がする。


 驚いた顔をしている旦那様が、口許を緩めて優しい目をした。


「嬉しいよ。ありがとう、アリシャ」

「いえ。私の……我儘ですので」

「そんな我儘が嬉しいよ。そうだね。早速カップを一つ増やそう。これからは寒くなってくるから、室内でゆっくりお茶をしようか」

「はいっ……!」


 想像する。

 暖炉の火の傍で、旦那様とおしゃべりしながらお茶をする時間。旦那様との時間はとても穏やかで、心がほっとする、安心できる時間。


(ふふっ。なんだか、心がほわほわする)


 結婚する前までは、お茶会なんて怖くて緊張するものだと思ってた。それを塗り替えてくれたのは旦那様。

 だから、きっとこんなにも嬉しいと思うの。


「ふふっ。ロザロス夫人の見立ては存外に外れていないのでしょうか?」

「さあな。どちらにせよ、父上と継母上の仲がいいなら充分だ」

「お揃いの品、いいですね」

「……なにか欲しいのか?」

「あら。日頃からお忙しいあなたにそんなご無理は言えません。あなたは紅茶よりコーヒーがお好きでしょう? アリシャ様とお揃いがいいですね」

「……」


 笑う声が聞こえて視線を向けると、楽しそうなエリーゼ様とどうしてか気まずそうに視線を逸らすオリヴァン様がいらっしゃる。

 どうされたのかと思って首を傾げる私の隣で旦那様は笑っている。


「オリヴァン。仕事も大事だが、妻はそれ以上に大事だよ」

「……善処します」


 エリーゼ様がおかしそうに笑っていらっしゃる。なんだか、悪戯をしたみたい。

 少し首を傾げる私を見て、エリーゼ様は笑った。


「アリシャ様。たまには、夫に釘を刺すことも大事ですよ」

「は、はい」


 釘……旦那様に……。……なにを刺せばいいのかしら?

 旦那様は普段から過分なほどに心遣いくださるし、いつも気遣ってくれている。なにか無茶をしたりすることも、無視することもない。いつだってお優しくて、怒るときだって声を荒げて居丈高に怒鳴ることもなく、穏やかに優しく諭すという姿勢をとられる。家族のことも国のことも大事になさって、陛下からの信頼も厚い。領地の運営もこれまで問題があったなんて聞いたことがない。


「……旦那様、本当に素晴らしいです」

「ん? 君に褒めてもらえるのは嬉しいな」


 ……だめだわ。窘めるところがない。

 思い浮かばなくて悶々とする私を見て、エリーゼ様が喉を震わせ、オリヴァン様もやれやれと肩を竦める。


 とてもあたたかい場所。この場所が大好き。

 そんな家族に囲まれて、私は自然と笑顔になれた。






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