番外編 試合応援 後編
「はじめ!」
すぐさまセバスの声が飛ぶ。瞬間、アンディが動いた。
その動きを見て俺も動く。
ガンガンッと木剣が打ち合い音をたてる。太刀筋を見極め、避けて、攻める。
公爵家の騎士の中にはきちんとした剣の鍛錬を受けていた者もいる。国の騎士となるために養成学校に通っていた者はそうだが、中には傭兵上がりなどでそうでない者もいる。
アンディは荒れていた頃の影響か、剣の扱いも我流だ。喧嘩に近いそれだが、太刀筋と動きを見ていれば対処は問題ない。
が、剣だけでなく手や足まで出てくるので注意は必要だ。
思っていた矢先に足が飛んでくる。剣術だけでなく体術まで鍛えられるので、これは第九師団とはまた違い、俺にとってもいい鍛錬になる。
(そういえば、彼女もアンディとは試合をしていたな)
辺境領から帰ってきてから彼女は騎士たちを相手に鍛錬をしている。その中にはアンディもいたはずだ。
……彼女相手に怪我をさせていいと思って相手をしている者はいないと思うが、今後は少々注意しておこう。
「手強い相手だぞ。集中」
「っ……」
俺の集中力に剣を振り下ろそうとしないでくれっ……。
(だめだ。どうにもやりづらい……!)
普段なら絶対に聞くことはない声。問題なく目の前の相手に集中できるのに、今回だけはどうにも耳に入る音がそれをさせてくれない。まさか守護獣が音を集めているのか?
が、こんなことで音を上げては師団長など務まらない。
目の前だけを見据え、思考を意識して切り替える。
打ち合いの音だけを耳に入れ、目の前の動きを追って対処する。
木剣が俺の勝利を示す一手を下し、セバスが俺の勝利を宣言する声が聞こえて、息を吐いた。
「また負けた……。ぜってえ次は勝つ」
「……」
「ちょっと旦那サマ?」
「ん? あ、ああ……うん」
「なんか疲れてます?」
……そうかもしれない。
ちらりと観戦する彼女を見ると、どこか満足気な表情で俺を見ている。傍にいるメイドたちとなにか話をし、メイドたちは非常に笑顔だ。守護獣も非常に嬉しそうに「うきゅー」と鳴いて俺に向かってぶんぶんと手を振っている。
「……おかしい」
「なんかお疲れそうっスね。ご苦労さんです!」
がばりと頭を下げられた。……そんなにか?
自分の表情は自分ではわからない。思わず騎士たちを見ればなぜか一同非常に深く頷いている。……そんなにか?
「ほほほっ。旦那様。お次はいかがしますか?」
「……やろう。せっかくの機会だ。それに……俺もまだまだだと痛感した」
「では」
これしきのことで集中力を乱されるとは。不甲斐ない。
何事にも動じず、冷静に。戦場は決して甘くないのだ。些細なことが足元を掬うこともある。
「では次、セドリック」
呼ばれ、前に出てきたのは俺より少し年上の青年だ。
口数少なく黙々と鍛錬に励むこの騎士は、隻腕だ。
もとは国の騎士団の一員だった。しかし戦場にて片腕をなくし、騎士団を退団。隻腕とはいえできる仕事を転々としていた中、この屋敷の門を叩いた。
隻腕であろうと、それが雇用しない理由にはならない。
雇用時にはある程度の実力把握のために軽く腕前を見るが、その中でも抜きん出ていた実力者だった。だからこそ隻腕であることが惜しいとすら思う。
しかし、無いものを願っても仕方ない。セドリックは今でも十分に強い。それが彼の実力だ。
それは彼女も充分に知っている。だからこそ、訳ありのロイジーが外出する際、彼女はセドリックをロイジーの護衛につける。
(セドリックはアンディ以上に気が抜けない)
片腕での鍛錬を日々続けているからか、残った右腕は非常に鍛え上げられている。その手が掴む木剣が、その眼光と同じように強く鋭く俺に向けられる。
「おまえとの手合わせは久しぶりだな。よろしくたのむ」
「……お願いします」
どこか空気が緊張を帯びる。
「はじめ!」
開始早々、俺は一歩前へ出る。すぐさまセドリックの一振りが襲ってくる。
木剣が俺のそれを打つ。腕が痺れるのではないかと思うくらいの、強い一撃が走った。
受け止めきるのは難しい。すぐさま流しながら後方に飛ぶ。
セドリックの片腕から振るわれる一撃は、正直、だれの剣よりも重い。こちらを吹き飛ばすほどの強さがある。
加えて――……
「っ……!」
剣を避けたと思えば下方から振り上げられる足。剣ではなく、振り落とされる腕。
身体のすべてを武器とする。セドリックの一撃はどれも重く、当たればただではすまない。
こういう相手は騎士団にもあまりいない。しいて言うならば、第六師団団長であるワルツハルト師団長のようかもしれない。
剣を弾き、押し、流す。それを何度と繰り返す時間は非常に長く感じる。
集中のおかげか周囲の音はあまり耳に入らず、やがて「そこまで!」と終了を告げたセバスの声ではたと周囲の景色と音が感覚に戻ってきたほどだった。
「それほど打ち合っていたのか……?」
「はい。お二人も非常に集中しておられました」
あっという間であった気もする。長いといえばそうであるような気もする。
俺もセドリックも額に汗を流していた。
「ふぅ……。さすがだな、セドリック」
「いえ」
「また試合を頼む。おまえのような相手は非常にいい相手だ」
「はい」
口数少ない騎士は丁寧に俺に頭を下げ、下がっていった。
(騎士の中には少々粗野な者もいるが、セドリックはその点そんなことはない。……彼女の制止役としても悪くないかもしれない。この試合である程度の人選をしてしまおうか)
護衛として腕前も心配ない。口数は少ないが、公爵夫人を守る者として振る舞いも問題ない。
そういう者は他にもいる。今後を考えての試合なら集中もしやすい。
そう思いなおし、俺はさらに騎士たちとの試合を続ける。
試合をすること自体はなにも苦ではない。身体を動かすのも嫌いではない。……これが普段通りのものであれば。
「頑張れー。ふふっ。やっぱり剣を持っていると普段とは顔つきも空気も変わるな。そんなギルベールも好ましい」
「っ……」
「うきゅ、うきゅうきゅ」
「ん? 君もそんなギルベールが好きか?」
「きゃーう!」
「そうだな。格好いいな」
「っ……」
わざとなのかそれとも守護獣にそうさせたのか、彼女の声は俺の耳によく届く。……集中力を奪いにこないでほしい。
「うきゅー!」
「か、かわいいっ……!」
「旦那様に頑張ってって手を振ってるわ。守護獣も旦那様を応援してるのね」
「うっきゅ」
守護獣が手を振ってこちらにアピールしてくるのに加えてメイドたちの声も聞こえたり。
そこに彼女まで加わって「わたしは君よりギルベールを応援している」「うきゅ!? うきゅきゅっ」となぜか張り合っていたり。……その必要、あるのか?
非常に集中力と気力をもっていかれる試合だったが、終わってしまえば疲労と同じくらい妙な気恥ずかしさとぬくもりが胸に残り、自分でも少し戸惑った。
「お疲れさま」
「……ああ」
「うきゅー」
「ふふっ。今日はちょっといつもと違ったな」
「……」
飛んできた守護獣を受け止めながら、彼女の言葉になんとも言えなくて視線を逸らす。
と、彼女はその微笑みのまま俺をうかがい見る。
「いい応援になったかな?」
「……」
「照れなくてもいいぞ。わたしも途中からとても楽しかった」
「てっ、照れてない!」
「え。守護獣の応援はいらなかった?」
「うきゅ!?」
「っ、あなたという人は!」
「はははっ!」
本当に、揶揄うのもいい加減にしてほしい。「いらないの!?」と驚愕している守護獣が俺の肩に乗ってあわあわとしている。すぐに撫でて宥めてやる。
怒っているというのにまったく悪びれてもいない。そんな彼女の明るい笑みを見て脱力した。……いつものことだと受け入れていくしかないのか。
言い合う俺たちを見て騎士たちもメイドたちも笑っていたのを、俺は知らない。
「若。なんか最近すげえ元気だよな」
「前は笑ってもなかったしな。ずっと怖い顔してたし」
「奥様のおかげよね。ああして旦那様と仲良く言い合うなんて、夢にも思わなかったわ」
「ふふっ。お二人は本当に仲睦まじいわ」
悪びれない目の前の笑みにどうにも意趣返しがしたくなり、俺は少々不機嫌な口調で言ってやる。
「そうだ。あなたの護衛について候補を決めた。後で確認してくれ」
「なんだと。お目付け役はいらないと言ったぞ」
「つける。決定している」
「いらない」
「……あなたは、俺の幸せのために動くと言ったな? 俺の頭痛と胃痛を軽減させることも考慮してくれ」
「薬を使おう」
「あなたが大人しくしてくれれば充分それでいいんだっ!」
今日もまた、俺の叫びが屋敷に響いた。
……いつか、頭痛と胃痛が消える日が来るだろうか。……頼むから、来てくれ。




