番外編 試合応援 前編
晴れ渡る晴天。夏の盛りを越えた日中はだんだんと過ごしやすい時間が増えていく、まだ動いていれば汗ばむが、さっぱりとした涼しさを含みだす風は心地よい。
そんな日、俺は屋敷の庭で騎士たちを前にしていた。
(なぜ、こうなった……)
♢♢
始まりはそう……朝食の席でのことだった。
休暇である今日、彼女とゆっくり朝食を摂った後に食後の紅茶を飲んでいたとき、彼女がふと言った。
「ギルベール。頼みがあるんだが」
「なんだ?」
「屋敷の騎士たちと試合をしてくれないか?」
突然の頼みに俺は怪訝と首を捻った。
朝食に満足した様子の守護獣がテーブルにぺたんと座って「きゅぅ…」と鳴いている声が耳に入りながら、俺は彼女を見る。
「なぜ?」
「御前試合のとき、メイドたちと約束したんだ。なんでも……えっと、わたしが君の試合を応援するのが見たいとかなんとか」
「……」
「で、それなら騎士たちとの訓練でそれをしようかな、と」
……意味がよく解らない。
ちらりと控えるメイドを見れば、不安と期待――期待が大きくみえるが――が混じる目をしており、セバスはメイドたちを叱るような微笑みを浮かべている。……あれは後で叱られるだろうな。
「御前試合はリアンと従者君だけを連れていっただろう? 皆も行きたがっていたんだが大勢を連れていくわけにもいかない。それで、約束したんだ」
「……理解した。が、あなたが俺を……応援する、など……見たいものなのか?」
「そうらしい」
「そうなのか……」
「わたしもよく解らないが、リアンがそう言っていた」
「そうなのか……」
……俺と彼女だけよく解っていないが、それでいいのか? それは見たがるほどのものなのか?
思わずセバスを見るが微笑んでいる。同じように控えるメイドたちの目がきらきらしている。見たいのか……。
(試合なら時間のあるときにするものなんだが……)
それならばいつものものと変わらない。
だから、まあいいかと思う反面、彼女が応援などということにどこか居心地の悪さを覚える。
(とはいえ、少ない人数の中で普段からよい仕事をしてくれている皆だ。それくらいの頼みなら……)
雇用する身としてできる褒美は主に賃金や休暇の面での特別手当くらい。しかし我が家はそれほどの余裕も人手もない。なので、できることが少ない。
そういったことを考慮すれば、これもまた雇用する身として、働いてくれている者たちへ与えられるものなのかもしれない。
(ならば、それくらいは――……)
「分かった。午後でいいか? それなら……皆の仕事も少しは落ち着くだろうし、時間に余裕もできるはずだ。――セバス」
「承知いたしました。皆に通達し、仕事を調整いたしましょう」
「手間をかけさせるが、頼む」
「ありがとう、執事君。調整が難しいなら言ってくれ。わたしも手を貸す」
「お心遣いに感謝いたします」
伸ばした背を綺麗に曲げて礼をし、セバスがすぐに動きだす。メイドたちも生き生きとしたようにすぐにセバスの指示に従い動き始める。
それを見て、なんとなく彼女を見た。
どこか嬉しそうな、待ち遠しそうな、顔があった。
それを見て、なんとなく見ていられなくて、視線を逸らした。
♢♢
公爵家の騎士の役目は、屋敷の警備や外出時における警護になる。そのために日々鍛錬を積んでいる。
とはいえ、騎士という立場にある俺は自分の身を守れるし、彼女もこの二年間外出などしなかった。騎士たちにその役目を与えられていないという自覚はある。
が、彼女が外へ出るようになり、その役目も少しずつ増えている。彼女は護衛など不要だと判断できるほどの実力を持っているが、だからといってだれもつけないわけにはいかない。なので、外出時には一人は必ずつけるようにさせている。
公爵家の騎士たちは、メイドを除いた使用人同様その経歴に少々難ありという者も少なくない。
といっても大きな瑕疵はない。傭兵をしていたとか、騎士団入団試験で落ちたとか、喧嘩騒ぎを起こしたとか、素行不良が目立つとか、その程度だ。……それはそれで他家ならば問題かもしれないが。
しかし大半に共通がある。
――ほとんどの者が、守護獣の力が弱い。
第九師団に似ている。第九師団はまだ騎士団という枠に入ることができている者たちだが、この屋敷にいる騎士はその枠にさえ入れなかった。
父が存命の頃はそんなことはなかった。仮にも王弟の屋敷を守る騎士として、その一家を守る騎士として、力ある者たちがいた。しかしそれも三年前までの話。
今やこの有様だ。しかし、これを嘆いたことはない。
第九師団と同じだ。個々にある力を、腕を、伸ばせばいい。
身体を動かしたいときや時間があるときには屋敷の騎士たちとも鍛錬をするが、第九師団のそれとは違い俺がいつも指導するようなことはあまりない。なので、できるときにみっちり指導する。
「なんか今日はメイドたちがすげえ集まってる……。俺ら、注目されてる?」
「いや。なんか、奥様が旦那様を応援するとかなんとか――」
「あー……。俺らおまけね?」
「「「そういうことね」」」
公爵家の騎士たちはあまり礼儀作法には詳しくない。粗野な者が多い。
普段の鍛錬でも倒れようが土まみれになろうがなりふり構わず挑んでくる。指導し甲斐があるともいえるが、少々ごろつきに重なるときがありなんとも言えない。
(まあ、セバスのおかげでかなり改善されたが……)
屋敷に来たときにはまさに裏町の悪人顔、という者も少なからずいた。それをセバスが指導教育した。……そのおかげか、どいつもセバスの言うことはよく聞く。
今もまさにそうで。騎士たちにセバスが俺との試合を行うと説明している。
「――ということです。よろしいですか?」
「「「イエッサー!」」」
……セバスは本当に屋敷に欠かせない人材だ。辺境領から来てくれて本当に助かっている。
敷地内で騎士たちが鍛錬している場所。集まる騎士たちと俺から少し離れて座る彼女と、その傍に集まっているメイドたち。
だれもが仕事を終えてきたようだ。うきうきわくわくと目が輝いている。……なんと言えばいいのか、いい言葉が見当たらない。
「旦那様。守護獣の力についてはどういたしますか?」
「そうだな……」
ちらりと肩を見る。こちらからもきらきらとした、期待に満ちた眼差しを向けられる。
一応彼女に一瞥を向けた。耳の良い彼女は俺の視線にすぐに気づいて顎に指を添える。
「なしだな。もう少し加減ができるようになってからにしよう」
「うきゅ!?」
愕然とした声と表情がすぐ傍で聞こえたが、それはそれで仕方ない。肩に乗る守護獣を撫でる。
「一緒に、もう少し訓練を重ねてからだな。頑張ろう」
「うきゅぅぅ……。うきゅ」
少々落ち込んでいたが頷いてくれた。
それにほっとしつつも、こいつの気持ちを嬉しく思う。
それでもやはり少々不満なのか、俺の頬に手を回してすりすりする守護獣の行動をしたいようにさせ、俺は騎士たちを見る。
「守護獣の力はなし。純粋に個人の実力で試合をする。異論は?」
「「「ありません」」」
「では始めよう。――おまえは彼女の側で待っていてくれ」
肩に乗る守護獣にそう言うと「うー……」と少々不満そうな声を出されたが、騎士団での鍛錬と同じように俺から離れていく。座る彼女の側にあるテーブルにちょこんと座ると「うきゅー」と俺を応援するかのように短い手を振る。
少しなら離れることにも慣れてきた。それにほっとしつつ、出された菓子にぱっと表情を明るくさせてむしゃむしゃと食べ始める守護獣とそれを見つめて頬を緩ませるメイドたちに苦笑する。なんなら「なにあれ」「え、やだ。可愛い」と普段の守護獣の様子を見る機会の少ない騎士たちの視線まで引きつけている。
……とにかく、試合だ。試合。そのためにここにいるのだから。
「ではまず、アンディ」
「うっす!」
呼ばれて前に出てきたのは、俺とあまり年の変わらない青年。
眉間に皺を寄せればどこかのごろつきかと見間違う男だ。騎士になりたかったが入団試験に落ち、それも守護獣を理由にされたとかでかなり荒れていたそうだ。そして俺が屋敷に騎士を求めていると知り、門を叩いた。
今現在は公爵家の騎士として日々鍛錬し、喧嘩の腕っぷしのよさもあってなかなかの実力者に育っている。
「久々に旦那サマと試合たぁ嬉しいねえ! いっちょ容赦なくお願いしやっス!」
「もちろんだ」
互いに木剣を構える。審判を務めるのはセバスだ。
俺とアンディが睨み合う。アンディが舌なめずりするように目を光らせる。
「頑張れギルベール。応援しているぞ」
「っ……」
……集中が切れないように。集中しろ。




