番外編 侍女兼お目付け役
「ほわぁ……」
「すごい……」
公爵邸のお庭。庭師のおじさんと時々騎士さんたちが手入れしている庭の中で、剣を打ち合う音が響いてる。
普段あまり聞かない音だけど、今だけは思わず足が止まって見てしまう。私だけじゃなくて他のメイドの皆も同じで、掃除道具だとか洗濯籠を持ったまま足が止まってる。
すごく気持ちが分かる。私も止まっちゃってる。
「奥様、あんなに剣がおできになるなんて……」
「ねえ。ファルダ国の王族ってそういった教育もされてるのかしら?」
「辺境での戦でも敵の隊長格を打ち取ったって話、本当なのね」
その話は私も聞いた。旦那様が敵の大将を討って、奥様がその補佐みたいな人と戦ったって。
最初は驚いたけれど、今目の前の光景を見てるとそれも本当なんだって思える。
今、目の前で、奥様は公爵家の騎士さんたちと剣の試合をしてる。
旦那様と奥様が辺境領での戦いから戻ってこられて数日。旦那様に守護獣がいたことに皆がびっくりしたのもほんの数日前。
辺境領から戻ってきてすぐに奥様は剣の鍛錬を始めた。そして騎士さんたちと試合をしてる。
最初それを見たときは驚いたけれど、すぐに皆が思わず見つめちゃう光景になった。
奥様はすごく強い。騎士さんたちにも勝っちゃってる。
動きやすい服で、額に汗を流して息を吐く。そんな姿は鍛錬中の騎士さんみたいで、お姫様だなんて見えないくらい格好いい。
今奥様が勝負しているのは片腕のない騎士さん。とっても無口で、私も話したことがない。
片腕だから大丈夫かなって、ちょっと心配になったけれど、全然そんなことないくらい強い。奥様も片腕の相手だからって加減もしないし、他の騎士さんたちと同じように剣を振ってる。
「私、剣のことは全然分からないんですけど、すごいですね! アステナさん」
「……」
「アステナさん?」
「え、ええ。そうね」
隣で同じように奥様を見ていたアステナさんがはっとしたように答えてくれた。そんな様子に首を傾げる。
アステナさんは私より先にお屋敷で働いていたメイドで、子爵家のお嬢様。
貴族のお嬢様だけど働いてる。そういう人は使用人の中にちょっといる。旦那様がたくさん解雇した使用人の中にもそういう人は混じってた。
(私は平民だから、やっぱりそういうお嬢様っていう人は緊張する……)
でも、一緒に働く人だし。そういうのは気にしないってセバスさんも最初に言ってた。
だから、ちょっと緊張しながら話しかけたりしてみる。
「――……いいな」
「え?」
「なんでもない。奥様、すごいね」
「はい! 強くて堂々としてて、見習いたいです!」
「本当ね」
きゅっと拳をつくって言うと、アステナさんは少しだけ悲しそうな顔をしていた。
奥様のあのすごい試合を見て目をきらきらさせるのが皆の反応だ。アステナさんみたいな反応は見たことない。
「あの、アステナさん。……その、どうかしましたか?」
聞いていいのか分からなくて。だけど、その表情が気になって。
そっと声をかければアステナさんは私を見て笑顔をつくった。
「なにもないわ」
「そ、そうですか……」
……聞いちゃいけないことだったかな。私、余計なことしちゃった。
こういうとき奥様なら聞き出せちゃうのかなって思って、ちょっとだけ落ち込む。
「どうした、リアン。元気がないな」
「!」
下がっていた視線を上げたら、奥様がいた。
試合が終わったのか、奥様の向こうには肩で息をしてるけど笑顔な騎士さんたちがいるのが見えた。
「お疲れさまです、奥様。すっごい試合でした!」
「ははっ。ありがとう」
すぐにタオルを渡すと、奥様はそれで汗を拭く。
いつもは下ろしてる綺麗な白銀の髪も今は結っていて、そんな姿も目新しい。……奥様、自分で結っちゃうから。私にもうちょっと仕事させてほしい。したい。
汗を拭いた奥様はその視線をアステナさんに向けた。
「なにか、いいなと羨むようなことがあったか?」
「!」
驚いたような、息を呑んだような、そんな音が聞こえた。
アステナさんのそんな表情を見ても奥様はあんまり変わらない。
「試合に集中していても感覚は四方に飛ばしている。獣人のそれは人間よりも優れている」
「お耳汚ししました。申し訳ありません」
「謝罪の必要はない。わたしが盗み聞いただけだ」
すぐに謝罪するアステナさんの伸びた背すじ。きりっとした立ち姿はやっぱり貴族のお嬢様だからなのかなって思うことがある。
私も隣で見習って背を伸ばす。……ちょっと苦しい。あ、奥様が笑った。
「……たいしたことではありません。どうか、お気になさらず」
「そうか」
奥様はそれだけ言って、それ以上なにも言わない。
そんな奥様にちょっとだけ驚いた。もっといろいろ言うのかなって、ちょっとだけ思ってたから。
「……また、随分やったな」
聞こえた声に視線が向いて、私はアステナさんと揃って一歩下がる。奥様の視線が向いた先に旦那様がいらした。その肩には小さくて可愛い守護獣が乗ってる。
「仕事の休憩?」
「ああ。……何人と試合したんだ?」
「五人だ。皆強いな。守護獣の力はなしとしたが、それでも手強い」
「守護獣の力頼りにはさせないからな。……にしても」
旦那様がなにか言いたそうにじたりと奥様を見ている。でも奥様は全然気にしてないみたい。
今日は騎士団でのお仕事はお休みだけど、執務室でお仕事なさっていた旦那様はいつもより軽装だ。今からでも騎士さんと試合ができそう。
奥様と旦那様を交互に見てると、旦那様が大きなため息を吐いた。
「……今後のため、あなたに護衛をつけようかと思っている」
「? 要らないと思うが?」
「俺に代わってあなたを止める者だ。これは俺も譲れない」
「護衛ではないな」
「一応護衛と呼ぶことにする」
「それはお目付け役という」
奥様、むっとしちゃった。でも旦那様は全然気にしてない。だんだん顔が怖くなってる。
奥様と旦那様のにらみ合い。どうすればいいんだろうと思ってアステナさんを見るけど、アステナさんも困ってる様子。
そんな私たちの前で、旦那様はまた続けた。
「公爵家の騎士をつけたいところだが、異性となるとあなたはその隙をついてきそうだ。力づく要素として男性騎士は一人つけるが、女性騎士も探す」
「そこまでしてわたしの進路を妨害するのか……!」
「しなければなにをしでかすか分からないだろう!?」
……旦那様もすごく必死だ。奥様がショックを受けてるように見えるけど、その表情を見たからなのか旦那様は眉間に皺をつくってぐっと堪える様子をみせた。
「っ……と、とにかく、そういうわけだ。適任者を探す。決定はあなたが下してくれ」
「……分かった。だが、条件をつけよう」
「……聞こう」
「侍女仕事ができる者。普段はそちらで仕事してくれるといい」
「なぜだ?」
「剣を持ったあからさまな護衛よりもできることが増える。情報も得やすい」
「……」
どうしたんだろう。旦那様が急に黙っちゃった。奥様を見る目がなんだかなにも感じてないような「なに言ってるんだ」みたいなこと思ってそうな、そんな目だ。
だけど奥様はそんなの気にせずに堂々としてる。
奥様と旦那様の間に沈黙が落ちる。……なんだか私まで緊張しちゃう。
お二人を交互に見ていると、長いような沈黙の後で旦那様が大きくため息を吐いた。
「剣を持つことができるメイドも、騎士として実力を持ちながら侍女仕事をしてくれる者も、そうそういない。兼任できる者が都合よくいるとは思えない。それに、あなたはそれだけ使える者を求めるようだが、俺としてはあなたを止めることが第一だ」
「諦めてくれ」
「断る」
「強情な」
「あなたに言われたくない!」
見ていて、思わず小さく笑った。
(いつもの奥様と旦那様だ)
旦那様は怒ってるけど奥様は全然気にしてない。それに旦那様だってきっと本気じゃない。本気だったら何度もしないし、きっと奥様のことを嫌いになってる。
旦那様はなんだって言っても奥様を気にしてるし、絶対に悪く言わないし、悪いこともしない。
そういうお二人が皆大好きだ。
「そもそも、本当にそんな者がいると思っているのか? ファルダ国にいたのかもしれないが、メイドに剣を持たせるなどロドルス国ではそうないぞ」
「近衛隊ならば女性騎士を採用していると聞くが?」
「だとしても仕事は騎士だ。侍女は別にいて、彼女たちがその仕事をすることはない」
私だってメイドだけど、剣を持って奥様を守れるようになれって言われても正直自信がない。できると思えない。
メイドとして働いてる人ならそういう人が多いと思う。だって騎士になれるような人なら、それこそ近衛隊の試験を受けてそうだもの。
貴族様のお屋敷のメイドは、下働きの平民とか、貴族のお嬢様とか商家のお嬢様とか、そういう人が多いから。剣なんて、まして奥様を守れるくらいの実力なんてない。
旦那様に言われた奥様は顎に指をそえた。
「獣人の護衛となると王都民では難しいだろうな。やはり辺境あたりから探すか――……屋敷で募ろう」
「……は? 今の使用人からか……?」
「ああ。それなら君も信用できるだろうし、君に雇用されている者として君の命に従い、君の立場諸々もより深く考えられる。希望があるだろう?」
「それは、まあ……」
奥様の言葉に旦那様も考えるような顔をみせる。……奥様すごい。旦那様納得させちゃいそう。
「――あ、あの!」
隣から、震える声が聞こえた。
視線を向ければ、意を決したような、必死なような、希望を見出したような、そんな目があった。
「どうした」
「その……その、お話、本当ですか……?」
旦那様が片眉を上げる。奥様はいつものような、だけど微かに口端を上げている。
「そうだな。まあ、彼女といろいろ話し合う必要があるが……」
「アステナ。思うことあれば言いなさい」
奥様に促されたアステナさんは、一度きゅっと唇を結ぶと、視線を上げた。
なんだか、とても大きなことを決めたみたいに。
「私、立候補したいです」
「え……」
突然の表明に私は驚いた。旦那様もどこか驚いたようにアステナさんを見ている。
だって、これまで見てきたアステナさんはメイドとしての仕事も私なんかよりもずっとできて、細かなところも目が行き届いてて、ちょっとした動作とかも貴族のお嬢様って感じもあって。私みたいなまだまだな未熟者とは全然違うから。
アステナさんが騎士みたいなことに名乗り上げるなんて、思ってなかった。
「……本気か? 彼女が求めるものと俺が求めるものは違う。彼女が求めるものは……かなりの無茶もある。一人前の騎士でもうまくやれるか分からないようなことまで要求されかねない」
「ギルベール。君はわたしをなんだと思ってるんだ」
奥様、ちょっと不服そう。怒ってるみたいに尻尾をひと振りした。
そんな奥様に旦那様はなにか言いたげに視線を向けた。……お二人とも、辺境で何かあったのかな? お屋敷での奥様はいつもどおりでそんなふうなこともないし。
ちょっと考えちゃう私の隣でアステナさんは頷いた。
「はい」
「志望理由は?」
「……私、もともと騎士になりたかったんです。ですが両親に反対され、その道を進むことができませんでした。今はこうしてお仕事をさせていただき、非常に満足しています。ですが……まだ、夢を諦められていません。厳しいことは重々承知です。それでもどうか、私にそのお役目を果たさせていただけないでしょうか……!」
深々と頭を下げる姿を、私も見つめるしかない。
(私なら、無理だって思っちゃうな……)
ただの平民の、パン屋の娘でしかない私。たとえば騎士になりたいって思っても、旦那様や公爵家の騎士さんたちを見てるとそれがどれだけ大変でどれだけ強くないとだめなのかって考えちゃうから、きっと自分には無理だって、夢にしていこうって思っちゃう。
今目の前にその機会があってそれを掴もうって思えることは、すごいことだと思う。
(で、でも! 今は奥様の侍女になることが目標だから、そのためなら頑張る!)
――もう、奥様が前みたいに、隠れるように独りぼっちで過ごすようなこと、なってほしくないから。
そのためならやれることはやるぞって思ってる。
頭を下げるアステナさんの前で、旦那様は少し考えるように腕を組む。奥様をちらりと見るけど、奥様はなにも言わない。
それを見て、旦那様はアステナさんに視線を戻す。
「立候補は受け取ろう。一応屋敷全体に通達を出す。その上で彼女に決めてもらう。それでいいな?」
「はい!」
「あなたも、それで構わないな?」
「ああ。他の候補者も含めて考えよう」
「……他にこんな稀有な人物がいるのか?」
旦那様はため息をつきながら屋敷へと戻っていった。
それからすぐ、屋敷全体に「奥様の護衛兼侍女候補を求める。条件は女性で、侍女仕事と騎士仕事を両方こなすこと。候補者は騎士仕事を覚える期間を設ける」と通達が出された。
メイドは皆この話にとても驚いて戸惑っていた。それを奥様にお伝えすると「だろうな」と軽く笑っていらした。
「――で、結局名乗り出てきたのはアステナだけか」
「そうだな。というわけで彼女にしよう」
「……決定はあっさりだな。彼女に決めた理由は彼女しかいないからか?」
「外よりも中の者がいいと思ったのは事実だが、以前の人事考査の結果と評判もあるかな。――さて。侍女兼お目付け役の教育方針を練ろう。ふふっ」
「あなたの手足ではないからな!? 目付け、目付け役だぞ!」




