番外編 守護獣の訓練
騎士団、第九師団鍛錬場。
この場所で日々団員たちは鍛錬に勤しみ、その成果で有事に備えたり、王都の治安維持に努める。
鍛練の内容は俺が師団長であるから剣術や体術をはじめとした身体訓練が多い。守護獣との訓練などは各自で行っていることが多い。その様子は俺もこれまで何度か見ていた。時にはそこに加わり対守護獣戦法について意見を出した。
だがそれは、俺が守護獣を持っていなかったその時までの話。
今は、少し違う。
晴れ渡る青い空の下。太陽のぬくもりは鍛錬をしていると少し暑く感じられるが、そうでないときには心地よい。
「頑張れ!」
「もうちょっと! ちょーっと!」
「微風! 微風でいいんだぞ! ちょこっと揺らすだけ! スズメがやってたのを思い出すんだ!」
今、その鍛錬場の一角は非常に熱気が立ち込めている。
団員たちが輪になり、輪の中心に熱心に声援を送っている。拳をつくって声を振り絞って声援を送っているが、いつでも逃げられる態勢をとっているのが見て取れる。
(今は一応、自主鍛練の時間なんだが……)
とはいえ、応援してくれているのは分かるのであまり強くも言えない。ガードナーでさえ苦笑いを浮かべて輪の外からこちらを見守っている。
「頑張れ師団長の守護獣! あの日の鍛錬の成果を見せるんだ!」
そう言って、輪の中最前列で声援を送っているのはトニスだ。それに呼応するように「そうだ!」「見せてくれ!」と団員たちの声がだんだん大きくなっている。その傍でイーサンが腹を抱えて笑っている。
そんな団員たちを見ながら、俺はすぐ傍へ視線を向けた。
人間ならば、力んで顔を真っ赤にでもしているのだろうか。俺の守護獣が短い両手を前に出して「うぎゅぅぅ……!」と力を振り絞っている。
その目の前にあるのは生えた草。傍にはトニスの守護獣であるスズメ。スズメもまた「頑張れ」と言うように翼をぱたぱたとさせている。
「うっぎゅぅぅぅ……!」
「もうちょっとだ! ほら師団長も応援してあげないと!」
……そう言われてもだな。
俺は俺で頭の中でそよ風に揺れる草をイメージするしかないんだが……。
俺のイメージは守護獣に伝わっているはずだ。
この訓練を始める前にトニスの守護獣にお手本を見せてもらい、それを今、俺の守護獣が実践している。鍵は守護獣自身の力の加減と俺の想像力。
俺の守護獣は派手に力を解放するのは非常に得意だ。数千の相手を吹き飛ばすことも造作もなくやってのける。
が、繊細な力の使い方はまだ不慣れな様子。草一本揺らすのに非常に力んでいる。そしてとても応援されている。
守護獣が頑張っている。それを見ていればなにかしてやりたいと思う。これでも一応はこいつの主だ。こいつだけを頑張らせるのは、これまでなにもしてやれていない身として非常に落ち着かない。
だからといって具体的になにをすればいいかは分からない。だから応援と言われても、それはまたなにか違うのではないかと思ってしまう。
(とはいえ、今できるのはそれだけか……)
心の中のイメージをより鮮明にするよう心がけながら、目の前で頑張る守護獣を見つめる。
「……あまり無理はしなくていい。少しずつでいいから。少しずつ、一緒に頑張っていこう」
ふと思い出した。王都のはずれで初めて訓練をしたときに彼女に言われた「守護獣に甘い」という言葉。
……そうかもしれない。守護獣をきちんと成長させるためには厳しさも必要だ。だが、無理に頑張らせたくないとも思ってしまう。
「――……うきゅ!」
――ふわりと草が風に揺れた。
途端に守護獣の体から力が抜ける。だから、解った。
「……できた」
「おぉ! いつもの暴風がそよ風になった!」
「すごいぞ!」
「「「おおぉぉっ!」」」
あの暴風を知っているからだろう。団員たちがそよ風に歓喜している。
そんな様子に思わず笑いつつ、ぺたんと地面に座り込んだ守護獣を撫でる。
「うきゅぅ~」
「よく頑張ったな。いつもの風とは違う加減をすることができた。よくやった」
相当に集中したんだろう疲労感がにじみ出ている。そんな姿を視て、労うように撫でる。
そうすると「うっきゅ」と嬉しそうに鳴いて、俺の指を掴んですりすりと頬を寄せる。尻尾がゆらりと揺れているから、守護獣も喜んでいるんだろう。
「なにやら賑やかだな」
唐突に聞こえた声に俺は振り返った。団員たちも歓喜の空気のまま振り返る。
そして、ぎょっとした顔をして慌てて整列した。俺もすぐさま膝を折る。
護衛を伴い、にこやかに笑ってこちらへ来られるキーフディクト陛下。
時に騎士団のもとへ視察と称して来られることがあるがそういうときは事前に予定に組まれているので、こういう唐突は心臓に悪い。
「拝謁いたします」
「よい。立て、第九師団諸君」
陛下の許可に俺たちはすぐに立ち上がる。そんな俺たちからはすでに歓喜の空気はない。
それを見て取ったのだろう。陛下は再び笑みをつくって俺を見た。
「なにを賑やかにしていたんだ?」
「……私の守護獣の訓練を少々」
「訓練? どのような?」
「……草を、そよ風程度の風で揺らす、というものを」
陛下が目を丸くさせた。それとは逆に、俺の守護獣が足元で「えっへん」と言いたげに胸を張っている。
そんな守護獣を視て陛下はひとつ瞬いてから笑った。
「ほうほう。私にも見せてくれ」
「陛下。危険です。……そよ風の訓練など聞いたこともありません。そこからの訓練など……」
陛下の護衛騎士がすぐに止めに入る。それには俺も内心で賛同した。
普通ならばしない訓練だろう。それが必要となる守護獣など、それさえできない守護獣として危険だとも思われる。
陛下の護衛騎士ともなると御前試合でのあれも視ていただろう。あの姿をもつ守護獣がそよ風の訓練、という理解が追いつかない状況もある。……護衛騎士の表情も非常に困惑しているのがその証拠だ。
それに、得体の知れないものへの警戒は当然で、陛下の御身を守る当然の心構えだ。
しかし、陛下は問題ないと笑う。
「確かに、ギルベールの守護獣はいまだに未熟なところがある。こちらも構えはしておこう」
言うと、陛下は傍に己の守護獣を顕現させた。
白い三つ首の獣。その姿に護衛騎士や団員たちにも動揺が走り、俺の守護獣が「うぎゅ!?」とのけ反りあわあわと俺の後ろに隠れようとする。
逃げ足の速さに陛下は笑いつつ、守護獣に向かって話しかける。
「さあ。おまえがしていたという訓練を見せてくれ。おまえの頑張りはギルベールの頑張りでもある。私も楽しみだ」
「うきゅ?」
あれほどびくついていたのに、なぜか陛下の言葉に反応して顔を出す。
そして、陛下の守護獣の様子をうかがうようにしながら出てくると、訓練していた草に向かった。
周りで団員たちが息をひそめて見守る。……俺も少々心配になってきた。先ほどはできたが、もう一度できるだろうか?
俺たちの前で守護獣が再び草に向かって手をかざす。それを視て俺もイメージを作り上げる。
ふぐふぐと守護獣が再び力み始める。それを視ている陛下の表情は非常に楽し気で好奇心に満ちている。
やがて――ふわりと草が風に揺れた。
「あっ。またできた」
「おぉ! やったな」
団員たちの喜びに守護獣も「うっきゅぅ」と一息つく。
……この加減でこうならばまだやはり実戦では使えそうにはないな。
頭の片隅で考える俺の側で陛下が笑う。
「うむうむ。日々少しずつ成長しているな」
「はい。今後も訓練を続けます」
「期待している。守護獣も頑張ってくれ。ギルベールのためにもな」
「うっきゅぅ!」
褒められて嬉しいのだろう。はりきった守護獣がまた草を見つめて僅かに翼を動かす。――が、少々嫌な予感がした。
すでに草が風に揺れている。少しだけ強い風が吹いている。……守護獣は非常に機嫌がよさそうで。
「! まっ――」
止めようとした矢先、守護獣の前の草が燃えた。
緑が一瞬にして黒くなり、灰となって散る。目の前の突然の事態と、はりきって頑張ろうとしていた矢先の悲劇。
俺の守護獣は非常に驚いた顔をして、すぐにぎろりと視線を向けた。――その先、三つの首で守護獣を見下ろしてくる、年長の守護獣。
「フンッ」
「うぎゅぅ!? うぎゅぎゅぎゅぅ!」
やる気を燃やして散らされた俺の守護獣が珍しく怒って、陛下の守護獣を追いかけまわし始めた。
軽い足取りで余裕そうに逃げる陛下の守護獣は三つの首がそれぞれ、呆れたり遊びたそうだったり怒っていたりという表情を見せ、飛びながら追いかけている俺の守護獣は非常に怒っている。そんな二体に団員たちもどうしていいか分からずにいる。
「ハハハハッ! 見ろ、ギルベール。普段は怯えているというのに」
「はあ……。ですがその……止めてくださり、感謝いたします」
「私はなにもしてない。守護獣の独断だ」
「では、陛下の守護獣に感謝を伝えなければいけません」
そう思って追いかけっこをしている二体に視線を向ける。――が、すぐに俺の表情が歪んだのだろう。陛下が喉を震わせた。
礼を伝えねばならない相手が、俺の守護獣を足蹴にして動きを封じていた。
――帰宅後。俺の守護獣が非常に怒った様子で彼女になにかを切実に訴えていた。彼女はそれを聞き、口許が緩んでいる様を隠そうともせず「ハハハッ」と笑い、守護獣を撫でながら「もっと訓練が必要だな」と告げていた。
それから俺の守護獣は訓練にやる気を出した。彼女曰く「陛下の守護獣に負けられないというやる気だやる気」とこれまた笑って言っていた。
(守護獣というものは、よく分からない……)




