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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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153/169

66,優しい君だから

 ~*~*~*~*~*~






『社交会は少しだけ疲れてしまう。

 鼻を衝く匂い、耳が集めてしまう音。わたしにとって慣れ親しんだものとの違いは、まだ、慣れない。これからは慣れていかないといけないけれど、少し不安になる。

 できるだけ、ギルベール様のご迷惑にならないようにしないと』



『会場を少し離れて休憩していたとき、クロサブル子爵令嬢アリシャ様に声をかけられた。

 彼女は、社交の場では獣人をよく思わない方々と一緒にいる人。少し、身構えてしまった。

 だけど、少しお話してみると、そうではない方だと分かった。

 獣人のこと、ファルダ国のことに関心があるみたい。少し、嬉しい』



『社交会でアリシャ様とこっそりお話することが増えた。そのたびに獣人のこと、国のことをお教えする。いつも興味深そうに聞いてくださって、嬉しくて、少しだけ寂しい気持ちになる。……いけないから、直さないと』



『アリシャ様が一緒にお出かけしないかと誘ってくださった。

 嬉しい。……けれど、きっと、ご迷惑をおかけする。

 獣人を見慣れない人々はきっと驚くでしょうし、もし貴族と同じだったら……きっと、アリシャ様を巻き込んでしまう。

 それに、わたしが外に出るとなると、きっとギルベール様も苦慮なさる。護衛やメイドをつけようとなさる。

 わたしには護衛なんて不要だけれど、それを彼は知らない。……きっとこれからも、知ることはない。それでいい。わたしはもう、ロドルス国のロザロス公爵夫人だから。

 幸い、普段からわたしの側にいたがる者はいない。

 少しくらいなら、屋敷を抜け出してもきっと大丈夫。一応目くらましに光の力を仕掛けておこう。そうすればわたしがいるように見せかけられる。

 わたしの居場所は、ない。だからだれも、わたしに頓着しない。

 それが役立つことになるなんて思わなかった。よかったと思っておこう。こっそり屋敷を抜け出すなんて、光の力を使えば難しくない』



『アリシャ様は獣人流の交流をしてみたいと、おっしゃった。……友人になりたいと、言ってくれた。

 嬉しかった。忌避なく受け入れてくれる人がいることが。

 ――だけど、イーヴァ伯爵令嬢たちに見られてしまった。

 疲労から出た涙。嬉しい笑み。勘違いを正す力は、わたしにはない。

 なら、否定に回らなくていい。

 わたしが非難されるなんて、もう、慣れてるもの。

 代わりに、アリシャ様は守ろう。

 傷つけるなんて、してはいけない。

 だって、わたしのこの国で初めての友人だもの』



『アリシャ様が、カフカント侯爵のもとへ輿入れなさることになった。

 驚いた。クロサブル家がそんな大胆なことをするなんて思わなかった。

 ……どうしてだろうと考え。だけど、答えはでてこない。

 アリシャ様は獣人に忌避を抱いておられないけれど、社交界ではイーヴァ伯爵令嬢たちと一緒にいる。だからずっと、気になっていた。

 ――少しだけ、耳を傾けてみた。

 分かったのは、アリシャ様の婚姻にはイーヴァ伯爵家が関わっているらしいこと。

 ……わたしのせいかもしれない。

 だとしたら、申し訳ない。だけど……この交流を、なければよかったと思いたくない。

 カフカント侯爵は、社交界では温和な方という印象をもっている。

 どうか、彼女が幸せでありますように――』




 そっと日記を閉じた。

 胸に沸き起こるのは、締めつけられるような痛みと苦しみ。


 なんとなく、理解できる。


「大丈夫。大丈夫だよ。彼女はやっと笑えるようになった」


 だから、安心してほしい。

 そう思って言葉にすると、胸の痛みが少しだけ和らいだ気がした。


 自分のことなのに、自分の体ではない。これもこの身体にいやというほどに染みついたシルティの記憶。


(カフカント夫人のことは解決した。国はルタンダル国とのいろいろがあるようだが、それ自体にギルベールは深く介入しない。……これは傍観だな)


 国の動きは把握しておきつつも、それに手を出すことはしない。

 それができる立場にはないし、正直なところ、ギルベールの幸せが第一であって国など第二、第三だ。優先度は低い。

 ギルベールは陛下の指示を受けない限り動かない。動くとなった場合に備えて情報は集めておく。それだけでいい。


 思考し、昼間のことを思いだす。


 ギルベールのどこか暗い表情。辛そうな、寂しそうな、放っておけない様。


「ギルベール。君は優しすぎる……」


 だけど、その優しさがあるから、わたしは君を幸せにしたいと思うんだ。

 幸せになってほしいと、思うんだ。


 ギルベールは『シルティ』との過去があるから、その関りを最小限にしてきた。

 それは彼なりの優しさだ。同時に、彼がそれだけ過去の事に心を縛られているということでもある。


 それは無理もない。

 実父が国に反旗を翻し、彼はそれを止めた。それは称賛されることのない、彼だけが背負う業となった。


 ギルベールに後悔はない。ファルダ国先王を討ったことも、実父を討ったことも。

 彼が成し遂げたことだ。だからそれを独りで背負っている。


 周りの者が、それで辛い想いをしなくていいように。


 ギルベールのその想いと優しさはきっと生涯変わらないだろう。背負うそれが、自然体で背負えるようになれれば上々だろうとわたしでも思う。

 忘れない。背負い続ける。それはギルベール自身の覚悟だ。


 それを変えるつもりはない。――が、今はまだ辛そうな彼を見ているから、わたしもギルベールのために動く。


(さて。次は――……)






 ~*~*~*~*~*~






 静かな、小さな屋敷。

 小さな庭に植えられている花は美しくて、貴族の邸宅のようなものではないけれど、とてもほっとできる場所になっている。そんな花々には蝶や虫が近づいて、生きている。

 晴れている青い空には真っ白な雲が浮かんでいて、時折広々と翼を広げた鳥が飛んでいる。優雅で自由で、少し羨ましい。


 この周りは他に建物もないからとても静か。町へ行くことも随分と減ってしまった。

 行きづらいと、思うから。


 穏やかな風が吹く。それは心を落ち着かせてくれるはずなのに、胸の中に小さな痛みがあって、あまり心は晴れない。


(だめね。ずっと、なにも変わらない……)


 重たくて、苦しい。

 時間が少しずつ癒してくれると思っていた。皆もそう言ってくれた。


 だけど、癒えている気がしない。

 ずきずきと鈍く痛み続けている。


(私、なんて情けないの……)


 胸に触れて、痛みを知る。

 だけど、皆に心配をかけてしまうから、大丈夫だって顔をしていないといけない。大丈夫。それくらい、できないと。


 心を休めるための庭で、似合わない息を吐く。


「大奥様!」


 大きな声はよく通る。

 視線を向けると、この屋敷で働いてくれている、ずっといてくれる侍女が慌てたように走ってくるところだった。

 息を切らしてやってきて、頑張って息を整えている。もうあまり若くないのに。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「ぼ、ぼ、げほっげほっ」

「落ち着いて。はい。お茶」


 私のために用意してくれているお茶を一杯渡すと「とんでもありませんっ」と言って、頑張って自分で息を整える。

 それを待って、侍女は息を整えて続ける。


「ふぅ……。大奥様。坊ちゃ――いえ。ギルベール様からお手紙が届きました」

「!」


 出てきた名前に、無意識に息を呑んだ。一緒にいる他の侍女たちも驚いた顔をしていた。


 その名前は、あまりこの屋敷では出ない。……皆、私を気遣って、あまり出さないから。

 侍女が差し出したのは一通の封筒。その封蝋は確かにロザロス公爵家の物。……今の私にはあまり縁がないもの。


 王都に行った彼からは以前一度だけ手紙が届いた。

 王都での近況と『シルティ姫を迎えました』という報告。それ以外の世間話もない、伝えるべきことだけを収めた手紙。


 震える手で封筒を受け取って、封を開ける。ぱらりと蝋の欠片が落ちたけれど、気にしない。

 震える手で便せんを取りだす。紙は、一枚だけ。


 ふぅっと息を吐いてから、折りたたまれた便せんを開く。

 まるで王都から吹いてきたような風が、手の中の紙を優しく撫でていった。






ここまでお付き合いくださりありがとうございます。作者の秋月です。


第二部はこれにて終了となります。番外編を少々挟んで第三部に入る予定です。

第三部へはスムーズに入れるかな……?


ではでは、よろしければ引き続きお付き合いよろしくお願いします。



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