65,橋をつくる
俺の傍では守護獣たちの輪に、さらにフクロウとトナカイ、キツネザルまで加わっている。いつの間にそんな大所帯になったんだ。
動物たちの戯れを見ていると俺の守護獣が傍に来て「うきゅー」と鳴く。……撫でてほしそうなので撫でてやると嬉しそうな顔をした。そして守護獣たちを連れて「うきゅー!」と草原に遊びに繰り出す。
カフカント侯爵たちもどこか微笑ましそうに見つめている。
草の上で遊ぶ守護獣たち。俺の守護獣が一番小さいようだが、一番前に出ていたり、他の守護獣の頭に乗っていたリ、一番子どもらしく元気に遊んでいる。
他の守護獣たちは俺の守護獣を時折見ながら一緒に遊んでいる。楽しそうなのでよしとしよう。
(少し、離れるのも大丈夫になってきたか……)
守護獣の成長が感じられ安心できた俺は、視線を守護獣たちから人間のほうへ戻す。
軽食を口に、侍女に紅茶を注いでもらい、それぞれが寛いでいる。
やっとすべてが落ち着いた。解放されたからこそ気兼ねなく、なにも考えなくていいような、そんな時間だ。
俺もカップに口をつける。カフカント夫人は彼女と楽しく話をしているし、そこにはエリーゼ夫人も加わる。女性というのは社交性にあふれているのだなと、苦手な俺は見ていて思う。
「ギルベール。少しあの子たちと遊んできても?」
「構わないが……あまりはしゃぎすぎないように」
「ふふっ」
彼女が楽し気に守護獣たちのもとへ行く。それを見たカフカント夫人がちらりと侯爵を見てから、エリーゼ夫人を伴って一緒に駆けていく。
それを見送れば残るのは男たちばかり。使用人たちは少し下がり、静かな風が吹く。
「――閣下。先の会議の議題ですが、数日中に正式な決定となるでしょう」
「そうですか……。同盟国からの要請ですから当然の流れですね」
侯爵の言葉に俺は僅かに視線を落とす。
先日、ルタンダル国からひとつの要請が送られてきた。
かの国は今季の麦の収穫量が著しく落ち込んだらしい。そのため主食の食糧難が予想されている。
そのため、備えが必要となる本格的な冬を前にロドルス国に助けを求めてきた。かの国と同盟を結ぶロドルス国にはそれを無視することはできない。
「しかし、我が国でも今季はそれほど豊作とは言えない状況です。その点の打開策は出たのですか?」
数日前の会議でもそこが問題点として議論になった。
その会議には当然、俺も公爵として出席した。が、発言は求められていないのでとくにしていない。いつものように「陛下の御心のままに」とだけ。
応じるべきだという声と、国内の麦事情を案じる声。
この二つがぶつかったことで一度目の会議は紛糾、解散となった。……このときだ。陛下に「世間話をしよう」と息抜きのように誘われ、今回の事について話をしたのは。いい息抜きになったようで陛下は喜んでいたが。
早期に決定を出すために文官たちも思考を働かせているだろうし、貴族たちや王家も水面下で動いてもいるだろう。
俺の問いにオリヴァン殿が頷いた。
「はい。ルタンダル国へ提供する麦の半分をファルダ国から出してもらえないか、陛下が書状を出すと」
「!」
驚いた。まさかそんな手に打ってでるとは。
ルタンダル国からは同盟国として助けを求められている。ロドルス国がそれをファルダ国へも求めるとなると、ルタンダル国からは半分を蔑ろにされたと思われる可能性がある。それに、ファルダ国が関係の薄いルタンダル国を援助するかどうか確証がない。
ルタンダル国は獣人、ファルダ国との関係が深いわけではない。ロドルス国がファルダ国と積極的な関係を結べば、同盟関係とはいえ他国が勢力を増すという見方も増えるだろう。
(陛下はルタンダル国とファルダ国の仲立ちをしようとしているのか……。ファルダ国の王はどういう判断を下すか……)
快く引き受けるのか、それとも――……。
考え、守護獣や夫人たちと楽しそうにしている彼女を見る。……聞いてみるという行為は、どこか迷いを抱かせる。
「夫人は生国と手紙などは?」
「いえ。そういうものは、一切」
「そうですか……」
ファルダ国側の反応が読めないのだろう。オリヴァン殿も少し不安そうな顔で眉根を寄せる。
「こればかりは我々の手は及ばない。ファルダ王の返答に対し、いくつかのパターンを想定しなければ」
「ええ」
先の読めないことはまだある。それでも俺はただ、為すべきことを為すしかない。
今回のような事も彼女を止めつつ乗り越えていく。派手にせず、大きな騒動にせず。
「……ファルダ国王、か」
「どのような方か、夫人からお聞きに?」
「いえ……。そういった話はしづらいものですので」
俺はこれまで聞かずにきた。彼女も言わずにいた。
それが、俺と彼女の関係だ。
(……今なら、聞けば答えてくれると思う。だが――……)
変えるのは難しい。掌を返すようなことは、俺にはできない。
視線の先にいる彼女は楽し気で、俺を幸せにするのだと言っている様そのままで、父王のこともあっさりとした態度で流した、そのときから変わらない。
――同時に、その素を見せずにいた二年間はまだ、俺の心の底に重く沈んでいる。
それでも今、ただ、彼女を見ていたい。視線が引きつけられて、逸らせない。
不思議なものだと思う。言い表しがたい感情が渦巻いて、自分でもこれがなんなのか分からないほどに。
「俺は、彼女に――……」
――ドスッ
腹に衝撃が入った。
存外重たく勢いのあるそれに思わずうめき声が出て、視線を下げる。
「うきゅぅぅぅ……」
なぜか、涙をうるうると溜めている守護獣がいた。ぎゅっと小さな手で俺の服を掴んでいる。
俺と目が合うとぶんぶんと勢いよく小さな手を振り、なにかを俺に必死に訴える。
「ど、どうしたんだ……?」
「うきゅぅぅ……うぅ……」
「な、泣くな? どこか痛めたのか? こけたか?」
「うっきゅぅぅ……」
涙が引っ込まない。どころかどんどんと泣きそうになっている。
(な、なにがあったんだ? これはどういう意味だ……!?)
判らず俺も困る。読み解こうにも涙が溢れるばかりで分からない。
ここで泣きだせばカフカント家への迷惑だ。なんとか宥めたい。
「泣くな? な?」
泣き止むように撫でるが、目を閉じてそれを受け入れつつも涙が目尻からこぼれていく。幸い大声を上げて泣きはしていないが、ひどくなればそうなるだろう。
(どうすれば……)
困惑していると俺の傍で草を踏む靴音が聞こえた。
顔を上げればそこに、太陽に照らされた白銀が見えた。
戻ってきた彼女は、俺と守護獣を見て優しく微笑む。
「ずっと君にアピールしたり、君が自分を視ないかちらちら気にしていたんだ。気づいてくれないから、また視えなくなったのかと心配だったんだよ」
「そうだったのか……。気づかずにすまない。大丈夫だ。ちゃんと視えてる。ほら」
目尻の涙を拭う。俺の指を掴んで離すまいと必死な様子を見て、困ったような申し訳ないような気になる。
(まだ不安があるんだな。少し大丈夫になったかと思って油断していた。おまえも大きな傷を持っているんだ)
そこに理解が及ばずにいた。すまないことをしたと思う。
これまでだって目が合って嬉しそうにしている様子を何度も見ていた。視てほしいのだという想いが強いのだと解っていたのに。
「大丈夫だ。ちゃんと視えている。見逃さないと約束しただろう?」
小さな頭を撫でる。撫で続けていると涙が落ち着き、俺を見上げる。
その藤色の瞳をちゃんと見返して「大丈夫だ」と伝え続ける。やっと少しは安心できたのか、俺の肩に乗って頬にすりすりと頬を寄せる。
そんな俺たちを見ていた彼女が小さく笑った。
「ギルベール」
「うん?」
呼ばれて、彼女を見る。
いつものようにした行動だったが、視線を向けた先にあるものに俺は目を瞠った。
あたたかなものを見つめるような眼差し。柔らかな微笑みと慈愛に満ちた金色。
普段見ることのない表情が、そこにあった。言葉を失う俺を見て彼女はうすらと口角を上げる。
「君は、本当に優しいな」
「……」
「その優しさ、少しは自分にも向けてあげなさい。自分を傷つけなくていい」
「なにを……」
その手が、俺の頬に添えられる。
優しく撫でるその感触もぬくもりも、守護獣のそれとはまったく違って、慣れない。
「ファルダ国王は、わたしが知っている限りでなら援助を拒まないだろう」
「「「!」」」
「しかし周囲がどうかは分からない。生憎と、言えるのはそれだけだ」
そう言うと、俺の頬からすっと手を離す。
言葉の出ない俺を見て、彼女は優しくも困ったように笑う。そしてくるりと身を翻すと夫人たちのもとへ戻っていく。
その背を見送るしかない。そんな俺の肩に乗った守護獣が「どうしたの?」と問うように「うきゅ?」と鳴いた。
「……聞こえていたのでしょうか?」
「……獣人は、耳がいいので」
「……そうでしたね」
彼女の背から視線を逸らせない。
頬に触れたぬくもりが、まだ、残っている。
その残滓に触れて、項垂れた。




