64,その後について
地を駆る交流も終え、俺たちは集まって軽食をとることになった。
草原の上にシート、座って利用できる脚の短い台の上に紅茶や軽食を置き、談笑が始まる。
といっても、大半は彼女とカフカント夫人の話だ。俺たちはそれを聞きながら時に言葉を挟む。そんな交流の中でもやはり、俺の守護獣は自分用に皿をもらって軽食を食べている。もはや俺にとっては慣れた光景だ。
これを見たオリヴァン殿は、
『普段もこのように? 守護獣がこれほど食事をすることを求めるとは……他の者の話も聞いてみたいですね』
と、少々真面目な顔で首を捻っていた。見つめられる守護獣はこてんと首を傾げていた。……やはり、俺の守護獣は成長不具合で変わっているのだろうか。
そんな行動のせいか、それとも先ほどの交流のせいか、俺の守護獣はエリーゼ夫人やカフカント夫人の侍女まで「可愛いですね」と虜にしている。撫でられれば非常に嬉しそうなので、俺に言うことはない。
「以前の茶会でも感じていたが、わたしの嗅覚が敏感なことを加味して茶葉を選んでくれているんだろう?」
「はい。獣人について初めてお話いただいたことですから」
「ありがとう」
「いいえ。私もあの茶会でシルティ様が持参された茶葉についてお聞きしたかったのです。たしか、辺境領の物なのですよね?」
「ああ。あれはわたしもギルベールに教えてもらったんだ。すぐに知り合いの商人に頼んで取り寄せてもらって――……ああ、そうだ」
ふと会話の最中に彼女が思い出したような声を出す。それを聞いて隣を見ると、彼女はその視線をオリヴァン殿とエリーゼ夫人に向けていた。
「ご息女のことですが、スワダント商会ヒュリオスに引き渡しておきました。今頃は、辺境領にてただの商人の見習いとして勉学に励んでいるでしょう」
「……そうですか。多大なご迷惑をおかけするでしょう。何かあれば我が家としても責任は果たしますので」
「不要です。彼女は今、どことも関係のないただの小娘ですから」
オリヴァン殿もエリーゼ夫人も少しの心配の上に相応の覚悟を持った目をして、彼女の言葉に頷いた。俺はただ紅茶を一口飲む。
リティア嬢の処遇について彼女が出した罰は至極簡単だった。
――獣人との交流が盛んな辺境領で、商人の見習いとして、ただの平民の小娘として、ヒュリオスの下で学ばせること。
『狭いんだ。君の世界は。その馬鹿馬鹿しい偏見を粉々に砕いてやろう』
そう言った彼女に、オリヴァン殿もエリーゼ夫人も、カフカント侯爵も、拒絶はしなかった。当人だけが拒んでいたが彼女はそれを聞き流した。
(リティア嬢にとっては屈辱的なことだろうが、中立派としてはありがたいだろう)
彼女もおそらく、ただ苦しめてやろうという狙いではない。そんなことを彼女はしない。
先を見据えてなのか、リティア嬢のため――……ではないか。まあなにせ悪いことではない。
とはいえ、呼び出されたヒュリオスは驚きつつ冷汗を流していた。
『奥様……。俺に貴族のご令嬢を預かれと言うだけでなく、教育しろと……?』
『貴族令嬢ではない。ただの平民の小娘だ』
『……それはその……ご生家のほうは?』
『みっちりきっちり厳しくびしばし頼む、とのことだ。私も同じく』
『……』
『ちなみに、その小娘のすることに生家は無干渉だ。君のほうに損害が出ればこちらが補うつもりだが、そっちでは基本死ななければ後はなにをしてくれても問題ない』
『できませんけど!?』
『いいよ、遠慮しなくて』
『してません!』
ヒュリオスの悲鳴は俺も共感する。彼女にはいろいろと驚かされ、胃痛を増やされる。ヒュリオスは俺のそれを理解してくれる人物だ。
リティア嬢を連れて辺境領へ戻るヒュリオスには胃薬を渡しておいた。感謝して受け取ってもらえた。今後も体は労わってほしいと思っている。
「ヒュリオスは時折報告をくれると言っていたので、様子が分かればお知らせします」
「ありがとうございます」
両親が深々と頭を下げる。それを見て思う。
リティア嬢は辺境領でどうするか……。家の威光など通用せず、毛嫌いする獣人とも平然と商売をする地を見てなにを思うか。
(少しは偏った思考がまっとうになるといいんだが)
そう思う俺の側では、軽食を終えた守護獣がカフカント夫人の側に顕現している守護獣レッサーパンダと戯れている。
それを同じように見ていたカフカント夫人は視線を上げ、彼女を見る。
「実は、侯爵邸でも少し人を見直しました」
「以前のロザロス邸のようなものだったからな。反獣人派に付け入られる隙も消さないと」
「……やっぱり、シルティ様はあの茶会の犯人、分かっていたんですね」
彼女はただ微笑みを返した。
カフカント夫人をよく思わず毒を使った者。犯人を彼女に仕立てようとした獣人嫌いの気がある者。この両者は言わば同一人物だ。――リティア嬢や、彼女の周囲に侍っていたという使用人のように。
例の茶会に駆り出されていた者。証拠を消してしまう力のある者。すべてに共通する者はすでに絞られていた。おそらくそこまではカフカント家も同じ。
だが、彼女はさらにその上をみていた。
だから彼女はあの夜に言った。
『屋敷には夫人嫌いも獣人嫌いも多い。その中で話の合う者もいるんだろう? イーヴァ伯爵令嬢との個人的な付き合いだって少なくないんだろう?』
リティア嬢が交流を持っていた反獣人派の者たち。そこへ赴くときに傍に付けていた者。
彼女が示したそれを侯爵はしかと受け取った。
その手掛かりからおそらく調べたのだろう。――…いや。侯爵ならばすでに調べはついていたのかもしれない。
証拠がない以上、本人に自供させるしかない。厄介なのはその点だ。
(が、その点もうまく押さえられたようだ)
カフカント夫人が眉を下げる傍で侯爵が引き継ぐ。
「おかげさまで犯人は捕まえることができました。それに伴い人を見直したのです」
「ふふっ。ギルベール。既視感」
「言わないでくれるか……」
確かに我が屋敷も似たようなものだったが……。思い出して頭を抱える。
それを見たのだろう、カフカント夫人が力が抜けたようにこぼした。
「……以前シルティ様がおっしゃったのは、疑いを傍に向けるべきである、ということだったのですね」
「すぐ傍は、見方を変えなければ存外にきちんとしたことが見えないこともある。そして、君にとっては疑いを向けづらくもある。内から蝕まれ、気づくのが遅れると非常に厄介だ。今後も気をつけなさい」
「はい」
「カフカント侯爵。その犯人……独断で事を行ったのですか?」
彼女と夫人が少しだけ空気をやわらげる中、俺は侯爵に問う。また少し緊張を帯びる空気だが守護獣同士は気にせずに遊んでいる。そこに今度はアシカが参加している。
「ええ。そう証言しています」
「……どう思われますか?」
「これ以上の証言は取れませんでした」
俺を見て意味深長にそう告げる。だから俺も理解した。
(独断ならこれで終わりだ。だが、証言のとれていない部分。そこに関わる者がいれば――それが、夫人や彼女を害そうとした者)
まだ油断はできない。
なにせ、俺にも彼女にもよく思わない相手は多いのだ。……非常に厄介で面倒ではあるが。
「まあ、これで屋敷でアリシャ殿に手を出す者が出る可能性は低くなった。後はこれまでと同じ用心だな」
「はい……。シルティ様もお気をつけください」
「問題ない。毒は効かないし、戦いなら打ち負かすし、社交的な戦いは面倒だから直球で潰すし」
「一切安心できないからな!?」
そのどれもができてしまうのだろうなと分かるから、こちらは常に胃が痛い。いい加減分かってほしい。
思わず彼女に怒るが軽やかに笑われる。それに脱力していると「毒は効かない……」というこぼれた音が聞こえた。はたとして顔を上げると案の定、瞬く夫人がいる。
「……では、あの茶会の毒は……」
「ああ。あれならその日によくなっていた」
「……。その日……その――……その日に!? そうなのですか!?」
「うん。臥せってるとしたほうが使えるかなと思って。すまない、騙してて」
ふらりと倒れそうになった夫人を侯爵が慌てて支えた。
(気持ちは非常に理解できる……)
そしてあなたはけろっと笑顔で軽く言うな。
今回のことでいろいろと精神的にたくましくなったのか、それともこれが本来なのか、カフカント夫人は衝撃を受けつつも身を起こす。
「い、いえ。それならばよかったのです。そ、そうですよね。そういうこともありますよね。必要ですよね」
「……では、閣下もそのつもりで?」
「……彼女にそうしてくれと頼まれたので」
貴族として、敵がどこにいるか分からない状況での振る舞いとしてはオリヴァン殿も理解はあるのだろう。俺に問う声音に不快はない。
確認事項としての会話に俺は頷いた。オリヴァン殿もどこか納得の様子だ。
これまでの俺ならばそうして周囲を欺くことはしなかった。
侯爵も夫人もそれを解っているから、俺を見てどこか驚いた顔をする。それには少々気まずさを覚えた。




