62,あの日をもう一度
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それからの社交界はまたいろいろと騒がしくなった。
毒を盛られた彼女の復活は鮮烈なものとなり、さらにカフカント夫人との友情もいまでは知られたものとなった。それはそれでよいのか悪いのか、茶会などでもカフカント夫人とそろって招待されることが少し増えた。
……まあ、カフカント夫人と彼女の二人だけの楽しい私的な時間を遠慮なくとることができるようになったので、二人にとってはよいことなのだろう。
そのおかげか、俺もカフカント侯爵やオリヴァン殿とはこれまでよりも話をすることが増えた。
『今後もなにか御力になれることがあれば、いつでも遠慮なくおっしゃってください』
(彼女にパイプを作られた気がする……)
これもまた俺を幸せにするという目的のためなのか……。
力となることは解るが、俺はあまりそういうものを使わなければならないような事態にはなりたくない。
今回の事の仔細を「世間話をしよう」とこれまた気軽に俺を呼んだ陛下にすることになったのだが、話を終えたときには陛下は腹を抱えて笑っていた。
『夫人は本当に面白いな。まさかあの二人に相思相愛説を出すとは』
『胃が痛いです……』
カフカント侯爵の不興を買わなくて本当に安堵している。
社交会でもカフカント侯爵は夫人を気遣っていたし、夫人もまた控えめに侯爵の傍にいた。時に目を合わせて微笑み合っていた二人なので、それもまた噂に信ぴょう性を持たせたのだろう。
(ないと言い切れるほどに、あの二人が不仲であるようには見えないからな)
俺と彼女とは違って。……いや。最近は俺たちもそうは言えなくなっているのか?
とはいえ、あれから一度参加した別の夜会ではカフカント侯爵夫妻を睨むイーヴァ伯爵令嬢とその取り巻きを見つけた。
カフカント家を取り込むどころか夫妻の関係を強めたことが腹立たしいのだろうが、こればかりはカフカント夫人の強さが引き寄せたものだ。
とにもかくにも、なんとか事態が落ち着いて俺も心底安堵している。
そんなある日、俺は休日を利用して外出することになった。
馬車に揺られて進むのは王都の道。そこを進んで王都のはずれまで向かう。
俺の前には彼女が座り、俺たちの馬車の後ろにはカフカント家の馬車が続いている。
『イーヴァ伯爵令嬢が流した噂、あれがなんだったのか教えよう』
そう言った彼女に連れてこられた。
あの噂に関しては、二人の交流が招いたものであり、悪意をもって一部始終が語られたのだということは分かっているが、ではそれがどういう交流だったのかは知らないまま。
馬車に揺られる中でも彼女はなにも口にしない。
「……それで、あれはどういう状況だったと?」
「カフカント夫人は、ファルダ国や獣人について、わたしがこの国に来たことで関心を持ってくれた一人だ。そして、父の仕事の立場上反獣人派の輪にいるしかないが、わたしとこっそり交流を持ってくれた」
彼女の細く長い指が、傍に座る俺の守護獣を撫でる。
「夫人……当時令嬢であった彼女には新鮮だったんだろう。獣人の風習、価値観を知り、わたしと友人になりたいと言ってくれた。わたしも驚いたが、嬉しくもあった」
「……」
「そして彼女はさらに、獣人の振る舞いでそれをしようと言ってくれた」
「獣人の振る舞い……?」
俺が首を傾げたとき、馬車が止まった。
御者が扉を開けるのに従い外に出る。守護獣が俺の肩に乗り、俺は彼女に手を差し出した。
俺と彼女の足が踏むのは王都のはずれにある草原の土。春のぬくもりを受けた草が新緑の芽を伸ばし、生き生きと生気に満ちている。
この場所は俺が守護獣の力の訓練をする場所とはまた別方向にあるが、主要街道が近く、貴族が息抜きに足を運ぶこともなくはない場所だ。
俺たちが馬車を降りたように、後ろに続いていたカフカント家の面々も馬車を降りる。
そしてすぐに両家の使用人たちが休憩場所を作り始めた。
「それで、ここで何をする気だ?」
「さっきの話の続きだ。獣人が行う、友との絆を深める行動」
「……それは?」
俺たちの側にカフカント家の面々がやってくる。
侯爵やオリヴァン殿、エリーゼ夫人は知っているのか怪訝とする表情もない。分かっていないのは俺だけだ。
そんな俺に彼女は薄らと口角を上げた。
「獣人は自然と共に生き、その足で地を駆り、どこまでも駆ける。共に地を駆ける行為は、競い、称え、さらなる絆を深める行為だ」
「まさか……二人でそれを?」
「そう。とはいえ、夫人は体力がないからすぐに息が切れて呼吸に詰まって生理的に涙が出るし、わたしは余裕で夫人の気持ちが嬉しいから自然と頬が緩むし、それを見られて勘違いをされるし」
……そういうことか。それはまあ……状況が悪い。
獣人の風習で絆を深めていました、などと、それこそ反獣人派に正直に言ってしまえばなにを言われるか。しかも泣かされていた笑っていたと否定もできない。説明したとしても話がややこしくなるのが目に見えている。
「他国から来たばかりで獣人嫌いしか周りにいないわたしと、力もなく社交界では前に出ることのない夫人だ。否定に走るよりも黙って収まるのを待つほうが賢明だという判断だな」
「それは、まあ……」
そうしている間に夫人はカフカント家への輿入れが決まったわけだ。その裏で糸を引いたのが、噂を流した張本人。
いろいろと二人も耐えていたんだろう。貴族社会では、力のない者はそうするしかない。……それは俺も経験している。
「というわけで、遠慮なくまたやろうと」
「なぜ再び!?」
「夫人からのお誘いだ。絆を深めようと」
がばりと夫人を見れば照れくさそうに頷いた。……やるのか。
貴族令嬢や婦人はかけっこなんてまずしない。全力で走るなど品がなんだと咎められるだろうし、まず体力がない。
やったとしても駆け足くらいだ。……それではだめなのだろうな。獣人は思い切り駆けそうだ。
「どうせなら君もやるか? 夫婦の絆を深めようじゃないか」
「……それは夫婦も入るのか?」
「ん? では夫婦として――……やはり寝室へ奇襲か……」
「絶対にするな!」
真剣な顔でとんでもないことを考えださないでほしい。眠れなくなる。
俺たちを見てカフカント家がそれぞれに表情を浮かべている。人前では本当にやめてほしい。
使用人たちが用意してくれた休憩場所に腰を落ち着ける。そんな俺たちから少し離れた場所で、彼女とカフカント夫人が軽い準備運動を始めている。
(やるのか……)
止めるつもりなどない。
カフカント夫人が獣人の、彼女のことを知ろうとして申し出てくれたことに悪い気はしないし、むしろ、そういう人が彼女の側に現れて安堵もしている。
ただ、貴族としての立場がある夫人にそれをさせていいのか少々迷う。カフカント侯爵はもともと噂の真相を知っていたようだし一切止める様子もないからいいのだろうと思うのだが、俺が落ち着かない。
「侯爵。……よろしいのですか?」
「ええ。アリシャが望むことですから。それに、止める理由が何かありますかな?」
「……」
他の者ならいろいろ言うのだろう。だが、中立派であり獣人にも嫌悪を持たない侯爵は、獣人の風習についても寛容なようだ。
(カフカント夫人は、侯爵が相手でよかったな)
これが反獣人派であったら、こうはならない。
彼女との接触などなくなっていただろうし、茶会も今も、ただの夢となっている。
ちらりとオリヴァン殿とエリーゼ夫人を見るが、二人も止める様子はない。どころか「獣人は貴族も王族もしがらみに囚われないんだな」「アリシャ様とても楽しそうですね」と非常に好意的だ。
俺も再び視線を前へ戻す。目の前の友人同士は微笑みあっている。
面倒で、厄介で、煩わしい。縛られるような決まりも獣人には薄いものなのかもしれない。
そこに生きている。そこで生きていく。
背を伸ばし、堂々と、胸を張って。邪魔なものは取っ払うそれは、人間種とはまた違う。
(そういう彼女だからこそ、こうも不敵で、だれにも臆さないんだろうな)
おかげで俺は胃痛と頭痛が消えないが。
それでも自然と口端が上がる気がした。




