54,すべてを解明させるとき
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(お元気そうだ……)
目の前の姿にそう感じて、ただ、ほっとした。
バートハート侯爵家の夜会。
今広まっている噂もあって、出席に関しては旦那様やオリヴァン様と相談することになっていた。後ろ暗いことなんてないから堂々と出ていい、そう思ってこれまでも何度か社交会には出ている。だけど少しだけ疲れてしまうのも事実で。
旦那様はそれに気づいていたから、無理はしないようにと言ってくれていた。それでも今回は、出なければいけなかった。
覚悟を決めてバートハート侯爵家に来てみれば、会場ではない場所へ案内され、そこにやってきたロザロス公爵様。
そして――シルティ様がいる。
公爵様は全員が室内に入ってから扉を閉めると、私たちをソファに促してくれた。それに従って、私と旦那様、オリヴァン様とエリーゼ様、リティア様がソファに座る。
公爵様は座ることなくシルティ様の斜め後ろに立つ。――まるで、姫を守る騎士のように。
「――ロザロス夫人。なによりまずお尋ねしたい。……お身体は?」
「心配ありがとうございます、カフカント侯爵。見てのとおりで問題ありません」
「それはよかった」
少しだけ、驚いた。
今のシルティ様はどこかいつもとは違う。丁寧な言葉遣いも所作も見てきたものなのに、その目がどこか違う。
「……そんなにお元気なら早く皆にも知らせてあげればよろしいのに。皆、もうだめかもって心配してましたのよ?」
「リティア」
「ははっ。心配? それはないな。図太いかくたばるか、賭けにでもされていそうだ」
そっけなく、どこか非難するようなリティア様をエリーゼ様は窘める。だけど、それを気にした様子もなくシルティ様は自虐を口にして笑い飛ばした。……公爵様の眉が僅か上がったけれど。
(やっぱり、これまでのシルティ様とはどこか違う)
旦那様もオリヴァン様も同じように感じているのかもしれない。少しだけ、シルティ様を観察するように見ている気がする。
シルティ様はまるでそれを分かっているかのように口端を上げ、ゆったりと本題を始める。
「わたしなりに考えた。わたしとしては今回の事、当事者だけでケリをつけたいんだ。ギルベールも公衆の面前で暴露してカフカント家を貶めるようなことはしたくないとのこと。一致しているからそうすることにした」
「……なぜ?」
旦那様の目がシルティ様を見る。シルティ様はその目を受け止め、だけれど、なにも言わない。
それを見て思わず膝の上で握った拳に力が入った。
「――どういう意味? うちに犯人がいるとでもいうの?」
「そうだ」
「ありえない! ひどい侮辱よ! お父様もおじい様もどうして黙ってるの!? でたらめ言われて犯人扱いされてるのに! それもこんな獣もど――」
「――座れ。リティア」
大きく張ることもない。静かで、重たい音。
それを発したのはオリヴァン様で、重く鋭く、圧する音にはリティア様も声を途切らせた。
「失礼。続きをお願いします」
オリヴァン様はシルティ様を見る。そのときにはいつもの声で、私も無意識に体に入っていた力を抜く。
「茶会のときにカフカント夫人のカップに盛られた毒の狙いはカフカント夫人だった。カフカント夫人は他の招待客と違い、侯爵から贈られたというカップを使っていた」
「……」
「そして、わたしが持っていった茶で毒が使われた。犯人をわたしにでもしたかったんだろうが、計算外でわたしが毒を口にしてしまった」
カフカント家の使用人、それもメイドなら、私が使う茶器が旦那様からの贈り物だというのは知っている。だから、他の方々とは違って誰にまわるか分からないということはない。
だから私も、私が狙われたんだと、そう思った。
「なぜカフカント夫人が狙われたのか。――簡単な話だ」
「……私が、よく思われていないから、ですね……?」
「……君とカフカント侯爵とは歳の差もあり、さして裕福でもない子爵家の娘。玉の輿も度が過ぎた」
……解っていた。嫁いでからずっと、その類の視線は毎日感じていたから。
だからあの噂も、仕方ないと思って甘んじて受け入れた。
「カフカント夫人をよく思わない者。――屋敷には、さぞ多いのでしょう?」
「……否定はできない。それに、獣人をよく思わない者も」
「そろって潰そうと思った。第一の狙いをカフカント夫人に、第二をわたしにして」
屋敷には獣人嫌いも私嫌いも多い。……犯人の候補は大勢いた。
改めて突きつけられる事実に旦那様たちの表情に険しさが乗る。エリーゼ様ですら表情が険しい。私に代わって屋敷のことをしてくれていたから、きっとだれよりもそれを痛感していらっしゃる。
「カフカント侯爵。調査はどうなりましたか?」
「証拠がない。使用人の部屋も一通り調べたが、なにも出てこなかった」
「燃やすのが一番簡単でしょう。証拠が出なければどうにもできません」
疑わしい者は数人いる。だけど、そこからが進まない。
証拠がない。本人が素直に自供してくれるならその証言で解決できる。だけどそれはないし証言しか手がないとなると、冤罪とならないように細心の注意が必要になる。
「この件に関してはカフカント侯爵の判断にお任せします」
「……よろしいのですか?」
「ええ。――ただ」
平然と答えを出したシルティ様はけれど、その口端を上げて旦那様を見つめる。どこか不敵で、譲らない、怖いくらいの金色の強い瞳。
隣の旦那様の背が強張るのが微かに感じられた。普段からどんな相手にも堂々としている旦那様も、どこか緊張していらっしゃるのかもしれない。
私も、心臓がうるさい。この部屋に入ってからずっと。
――シルティ様が醸し出す空気に、呑まれている。喉が渇かないように、唾を飲む。
再びの緊張と沈黙。その中でシルティ様は調子を崩さず、言い放つ。
「――カフカント夫人に対する悪意ある噂、その根源は取り除かせてもらう」
息を、呑んだ。
目を瞠る先に、私を見つめるシルティ様がいる。
(どうして……。いえ。そんな……根源なんて……)
どうして、そんなことをするの?
噂なんて仕方ないのに、除くなんて……。
『継母上の周りには噂が多い。状況からそれは仕方のないことであるともいえます。娯楽とされていることも理解はします。ですが――仕方ない、ではない。どうかそれを心に留め置きください』
(仕方ない、じゃない……)
だけど、そう思えなかった。どうしてもいろいろと見られるのは仕方のないことだから。
「侯爵やご子息は分かっておられるんだろう?」
「!」
思わず隣の旦那様を見る。旦那様はシルティ様を見ていて、私を見ない。
だけどその横顔は強いようで、諦観のような少しの揺れを滲ませている気がした。
重いほどの沈黙の中、オリヴァン様の深いため息が力ない言葉と一緒にこぼれた。
「……継母上の、父上との婚姻に関して出た……色仕掛けだ色に狂っただのというものは……貴族の婚姻上あるものだと、そう思っていました。――継母上を薦めてきたのがイーヴァ伯爵であり、父上との婚姻前の継母上とロザロス夫人の交流を嗤って悪評としたのがイーヴァ伯爵令嬢でなければ」
「狙いは分かりやすかった。だが私は、アリシャを迎えることを決めた。……謂われない噂の的にさせるだろうことは承知の上で」
……分かる。だって旦那様は、私と婚姻したその日、言ってくれた。
『今後、君は婚姻に関してひどい噂を立てられるだろう。そうさせるのは私だ。怒っていい』
怒るなんて、そんな感情は全く湧かなかった。
ただただ、申し訳なくて。
「――……結局、おじい様がひどく言われることになったのはその女のせいなんでしょう? もともとイーヴァ伯爵令嬢に取り入ってたんだから」
ぎゅっと拳に力が入った。
思い出してしまう。あの日、イーヴァ伯爵令嬢に言われた言葉も、旦那様の救いの言葉も。
(私は――……)




