51,大嫌い
夜。外はすっかり暗くなって、静かになる。
気分が優れなくて夕食は自室で摂った。お行儀悪いけれど、腰かけたベッドにぱたりと横になる。
何度も何度も耳に蘇る、昼間の会話。
何度思い出しても、変わらない。
(これまで何度も逃げだしたいと思った。でも、できなかった)
私はお父様に似て、いざとなると臆病者。
あのときからずっとそう痛感している。
(でも、シルティ様のために犯人を捕まえたいと思った。それに――……)
シルティ様が、私を守るためにいさせてくれた檻を。
旦那様が、私を助けだしてくれた檻を。
――壊したい。私の手で。私の意思で。
……そう、思ったはずなのに、昼間の出来事でその意志が挫けそうになる。
そんな自分が、嫌い。
嫌になって枕を引き寄せて顔を埋める。そんなことをしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「……アンネ? だめ」
「違うからいいかな?」
「!?」
がちゃりと開かれて、笑み交じりの声が入ってきた。その声に思わず顔を上げて体を跳ね起こして、扉を見る。
笑みを浮かべた旦那様が、そこにいた。
「旦那様……。おかえりなさいませ……」
「ただいま。気分が優れないようだと報告を受けてね。大丈夫かい?」
「……はい」
――旦那様を見ていると、胸が痛い。
どうしても昼間のことを思い出すから。私が……彼が望まないことを、させてしまうかもしれないから。
(……シルティ様の回復まで待つ? でも、どんな容体か分からない。もしも……遅れたら、そこからじゃ……)
今しか、ない。
でも、それを口にする勇気が出てこない。
(――ああ。私は結局、なにもできない、誰のためにもなにも為せない)
悔しくて、仕方ない。
旦那様は私の手を引いてソファに座らせた。
私がうじうじしていた部屋は明かりも点いていなくて、旦那様も点けようとはなさらない。
静かな月明りだけが光源の室内。私と旦那様だけが、隣あって座っている。
「……アンネから、報告を受けた。イーヴァ伯爵令嬢に呼ばれたそうだね?」
「!」
「私には黙っているように、君に言われたとも言っていた。彼女も君のためにとした報告だ。責めないでやっておくれ」
解る。アンネはいつだって、私の大切な味方だから。
いつも、この屋敷でも私のために動いてくれる人だから。だから、私がするべきことは――……。
「……申し訳、ありません」
「謝らなくていい」
旦那様のぬくもりにあふれる手が、私の頭に優しく乗せられる。
このぬくもりはいつも優しい。私との婚姻が決まってからずっと、変わらない。
――泣きそうに、なる。
「何を言われたのか、だいたいの想像はできている」
「っ……わ、たしっ……嫌ですって、言えなくて……。嫌なんですっ……! 言いたいのに言えない自分が大嫌い……! なにもできないばっかりでなんの力もなくて……独りで闘ってる人を見てるだけしかできないなんてっ、もう嫌!」
「……」
「許せない! でも一番許せないのは私! 私なんていないほうがいいって、死んだほうがマシだって何度も思った! でもっ……できないっ……。いざとなると震えて、怖くなって……」
言葉が、あふれて止まらなくなる。
涙がとめどなくて。流す自分が嫌になる。
「なにを言われたってどう思われたってシルティ様の味方でいたい! だれよりも優しくて相手を想うあの人の側で、私も一緒に闘いたい……! そんな資格ないってシルティ様に言われてもそれでもっ……!」
「……」
「約束したの! 犯人を捕まえるって! それも守れてない! 口ばっかり! ――もう嫌嫌嫌! 獣人を獣人ってだけで馬鹿にする奴らなんて大っ嫌い! 面倒で口だけの貴族も大っ嫌い! 馬鹿馬鹿馬鹿! だれが反獣人派なんて入るもんですか! しつこいならファルダ国へ移住してやる!」
自分がなにを言ってるのかなんて、分かってない。
勢いのままに、口から出るままに、吐き出した私の耳に入ったのは――……
「――ふふっ。ハハハッ!」
旦那様の笑い声だった。
聞いたこともない。楽しそうに、お腹を抱えそうなくらいに、旦那様が笑ってる。
(……。!? わ、わたし今なに言ったの……!?)
全然憶えてない……!
もしかしてとんでもないこと口走った……!?
おろおろとしている私の前で旦那様はまだ笑いの余韻を残して呼吸を整えている。
私も混乱がひどいから、お互いに自分を落ち着かせることに集中する。……ダメだわ。冷静になっても何を言ったのか全然思い出せない。
笑みが鎮まった旦那様はまだ口許に笑みを残したまま、その視線を扉のほうへ向けた。
「入ってきなさい」




