49,憂鬱なお茶会
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少しだけ、気持ちが憂鬱になっている自覚がある。
半分は、受け止めると決めたもの。半分は、この後に待ち受けるもの。
「奥様。準備が整いました」
「ありがとう。アンネ」
「いえ。それにしても……この時期に奥様を呼びつけるだなんて、なにを考えているんでしょう」
アンネの表情はどこか怒っているもの。そういう顔をする理由が解るから、私にはなにも言えない。
「仕方ないわ。断れないもの」
「ですが……」
言いかけて、でも、きゅっと眉根を寄せて表情を切り替える。
アンネも解ってる。だから、不毛なことは言わない。
外出のためにアンネとともに部屋を出る。
侯爵邸の上階の窓からは庭がよく見える。広大で手入れの行き届いた庭はとても美しくて、私も散策が好き。時々旦那様が一緒に散策してくれて、その時間も好き。
窓から庭を見ていれば、侯爵家の庭師でしょう青年の側にリティア様の姿が見えた。
リティア様は楽しそうに笑顔で、満たされているというのがその表情から分かる。庭師の青年は作業のために手袋をつけ、動きやすい服装が少し汚れている。その手には鋏があって、作業の手を止めてリティア様に付き合ってくれている。
私の視線の先に気づいたアンネが「ああ…」と言葉か息か分からない音をこぼした。
「先日庭師が連れてきた見習いの青年ですね。リティア様が気に入っているそうで」
「そうなの?」
少し驚く。
家に誇りを持つ彼女が庭師に気を許すなんて少し意外だけど、青年は貴族令嬢相手にも物怖じせずに会話をしてリティア様から笑顔を引き出しているみたい。
(私のせいで息苦しくさせているものね……。少しはいい息抜きになるといいんだけど)
そう願っていると、青年の目がこちらを見た気がした。
離れていてはっきりとは見えない。だけど、そう感じた。
一瞬だけどくりと鳴った心臓に驚いている間に青年はまたリティア様との話に戻っている。
(気のせい、ね)
そう判断して、私は外出のためにまた歩きだす。
外に出て馬車に乗り、屋敷を後にする。
馬車に揺られながら行き先を思う。……やっぱり、少しだけ気が重い。
それでも馬車は止まらない。進んで、目的の場所へ。
屋敷での調査はあまり芳しくない。だけど、分かったこともある。
今のカフカント侯爵家は、貴族の家では本来守られるべき序列が守られていない。守るべきだと思われていない。
当主である旦那様。本来、屋敷でその手腕を発揮し使用人をまとめ、一家を取り仕切るのは当主の妻である私の役目。
だけど、実際にそれをしているのは、子息オリヴァン様の奥方、エリーゼ様。
エリーゼ様はいつも陰ながらオリヴァン様を支える物静かな方。控えめで、大人しく、だけど伝えるべきことはちゃんとオリヴァン様にお伝えしている姿を何度も屋敷では見ている。
エリーゼ様は嫁いできた私にも決して悪態はつかない。オリヴァン様と同じで時に義母として、時に友人のように、状況に合わせて接してくださる。
私は使用人たちから嫌われているし、信用もされていない。主人を誑かした女として見られている。
エリーゼ様の手腕にはいつも感謝しているし、不甲斐ないことを申し訳なくも思っている。
そして、リティア様。
彼女の周りには私をよく思わない使用人が侍っている。リティア様が私に不満を言うときも、その後ろで賛同の目をしている。それを見るたびアンネが眉を吊り上げているのを知っている。
私は、シルティ様からの助言とオリヴァン様の言葉で、そんな者たちの動きをさりげなく見ていた。
(茶会のときに控えてくれていた者の中に、リティア様と同様に獣人をよく思わない者が半数いた。……胸の内では本当はもっと多いのかもしれないけれど、それだけで捕まえることはできない)
なにかしらの証拠があったとしても、守護獣の力でそれを消してしまうことは簡単。
火があれば燃える。水があれば洗い流せる。風があれば遠くへ飛ばせる。時間が経つほど証拠の品を見つけだすのは難しい。
(このままじゃ、犯人は分からずじまい)
そうなったら、ロザロス公爵やシルティ様はどう思うのかしら……。カフカント家としても謝罪や賠償が生じる可能性が高い。
考えて、重い息が出る。
(犯人を見つけるって、約束したのに……)
このままじゃ果たせなくなりそう……。それじゃ、だめなのに……。
項垂れてしまっていると馬車は止まり、扉の外から到着を告げる声をかけられた。
開けられた扉からアンネと一緒に降りる。
目の前にある屋敷に胸の内で息を吐いた。
「ようこそお越しくださいました。カフカント侯爵夫人。どうぞ、こちらへ」
屋敷の執事であろう男性が恭しく案内してくれる。だけどその道は、外を通る。
使用人の目がないのはほっとするけれど、庭へ直行して待っている人には、やっぱり気分が落ちる。
(だめ。見せてはいけないのよ)
自分を必死に奮い立たせる。
(やるの。やらなくちゃ。シルティ様だって、ずっとお一人で耐えていらしたのだから)
茶会からもう一週間。まだシルティ様の容態について情報はない。
ロザロス公爵様は社交界でも口を閉ざしてひどく険しい顔をする。だから皆、夫人は相当によくないのだと知っている。
ロザロス公爵様はそのお立場から他の貴族とのやりとりはそつなく、問題が残らないようになさっていると、皆が知っているから。
庭を歩いて見えたガゼボ。そこにいる数人のメイドと、先に座っている一人の女性。
案内を受けていくと、私に気づいて視線を向ける。
「お嬢様。カフカント侯爵夫人をお連れしました」
「下がっていいわよ」
「はい」
慣れたように命令し、カップに口をつける。
執事が去って、私はアンネを後ろに数歩彼女に近づき、軽く礼をする。
「お招きありがとうございます。イーヴァ伯爵令嬢」
「おかけになって」
立ち上がることも、挨拶することも、ない。
それには後ろのアンネが少しだけ反応しているだろうけれど、私はもう慣れたもの。
屋根の下に入れば日差しが遮られる。だんだんと感じ始める太陽の熱から少しだけ解放されると心地よさを感じる。
座った私の前に紅茶の入ったカップが出される。
「毒は入っていないから」
この方も、あの茶会に参加していた一人。
……手が、少しだけ震えている。だけどそれは気取らせないように、カップを手にして口にする。
(大丈夫……。犯人はおそらく侯爵家の中)
それでも、あの毒が私を狙っていたものだと思うと、まだ少し怖い。
ソーサーにカップを戻し、手は膝に置く。それを見てイーヴァ伯爵令嬢は「ふふっ」と笑った。
「そんなに怯えなくていいじゃない。私があなたに毒を盛るなんて……心当たりでもあるのかしら?」
「……そんなことは」
「あらあら」
口許に指を添えて笑う。
地味な私とは違って可愛らしいイーヴァ伯爵令嬢のそんな仕草からは、まさに高位の貴族令嬢というべき品が感じられた。




