48,それぞれの家
「ロ、ロザロス第九師団長様……!」
バートハート殿と別れようというとき、切羽詰まったような声が俺を呼んだ。
バートハート殿も何事かと視線を動かす。俺も同じように視線を向けた。
一人の男性が駆けてくる。
年齢は四十前後。服装は騎士団のそれだが、どうにも腰に佩いた剣が少々頼りなく見えてしまうのは、その人のまとう空気のせいかもしれない。
駆けてくるその人に体ごと向き直る。初見の相手に守護獣が「うー?」と警戒しながら首を傾ける気配がした。
ずっと走ってきたのか、その人は俺たちの前まで来ると乱れた呼吸を整えるように数度深呼吸をする。
「どうした。クロサブル殿」
「と、突然申し訳ありません」
息が整った途端の謝罪。それもまたどこかこの人の人柄を表しているようだ。
貴族としてはクロサブル子爵。仕事としては第七師団師団長補佐官。
そして、カフカント夫人の実父。
今、この人が俺に声をかける理由は簡単に予想できる。
クロサブル殿は俺を見て、すぐに頭を下げた。
「この度は、娘の件でたいへんなご迷惑をおかけし、申し訳――」
「謝罪は不要だ」
最後まで言わせるつもりはない。
そう遮った俺に目の前の肩が跳ね、隣から視線を感じる。
「しかし――」
「不要だと、言った。それともクロサブル殿。あなたはご息女に関する噂、事実だというのか?」
「そんなことはありませんっ――!」
がばりと頭が上げられ、否定が紡がれる。それに少しだけ安心した。
謝罪と不安に揺れる目の前の瞳。それはやはり、親子なのだなと思わせる。
クロサブル殿はどこか気弱な人だ。悪口だろうが皮肉だろうが、言われても言い返すことができず曖昧に微笑むような、そんな姿を社交界でちらりと見たことがある気がする。
(カフカント夫人もどこか似ている気がする)
それが親子というものなのだろうか。俺にはよく分からない。
だが、セバスに言われた言葉が耳に蘇って、少しだけ胸中が安らいだ。
「クロサブル殿。俺は、今回の件をカフカント夫人の仕業だとは思わない。……妻もそうだ」
「それは……ですが……」
「親として、想う気持ちは理解する。だが、あなたが、信じてやってほしい」
息を呑む音が聞こえた気がした。
親の気持ちなど俺には分からない。だが、理解しようとすることはできるし、成長を願い、見守り、厳しくしなければいけないという難しさは実感している。
肩に乗る子どもを撫でてやれば「うきゅ」と嬉しそうに鳴いて俺の指を掴み、すりすりとすり寄ってくる。
「ロザロス様……」
「この件は、これでいいか?」
「! は、はい……!」
クロサブル殿は俺よりも年上なので、こうも恐縮されると少々居心地が悪い。
……父が亡くなってからか、立場や年齢で接されることにこう感じるようになったのは。あまりにも、俺の立場は変わりすぎた。
口を挟まず見守っていたバートハート殿もクロサブル殿の肩を軽く叩く。それにもまた彼は恐縮したように小さく礼をした。
それを見ているとどうにも肩の力が抜ける。
今回の件、クロサブル殿にも多少なりと影響は出ているだろう。彼は子爵位を持つ貴族だ。社交界での肩身の狭さは想像に易い。
カフカント侯爵や侯爵夫人が脳裏をよぎり、思い出したことを問う。
「クロサブル殿」
「は、はい」
「かつて、ご息女が俺の妻に泣かされただの高笑いされただの、そういった噂が出たとき、詳細を聞いたのか?」
「え、あ……はい」
少しだけ力が抜けたような、困っているような、けれどどこか薄らと笑みが浮かんでいるような、そんな表情でクロサブル殿は頷いた。
「娘が、話してくれました。なので私はあれが誤解であると知っています。同時に……娘を、誇らしく思いました」
誇らしく。
噂とは真逆のものだろう。
(まったく。なにをどうやったらこうもねじ曲がってくるんだ……。これも反獣人派が流したせいか)
困るような、少しの憤りを感じるような。自分でも解りづらい胸中だ。
しかしとにかく、反獣人派が厄介であることは身に染みた。
(俺の周りにも多いが、状況や判断を誤らないという前提でバートハート侯爵家やカフカント侯爵家、ティルズバーン公爵家には協力を願いやすい。クロサブル子爵家は……)
社交界での立場は、どっちつかず。
公然とした中立派……ではなく、気弱な性格が出ているといえる。これは他家とは少々違う。
考えて、ふと、バートハート殿を見た。
「バートハート殿。騎士団内で反獣人派というと、誰を思い浮かべますか?」
「そうだな……。家が反獣人派となると相当数いるが……。第三師団団長ボルダッツ殿、第四師団団長グラディセ殿、第七師団団長シェルギニツ殿……師団長格なら彼らの家は反獣人派であり、彼ら自身もそうだといえる」
「第七師団……」
ちらりと視線が動く。
目の前にいる第七師団師団長補佐官は、驚きと怯えを滲ませた表情を浮かべて背筋を伸ばした。
「わ、私は――」
「解っている。クロサブル殿は難しい立場だろう」
必死になにかを言おうとしたクロサブル殿を制する。しかし、内心で舌打ちしたい気に駆られた。
(どっちつかずのクロサブル子爵家。公然と中立派とするカフカント侯爵家。反獣人派のシェルギニツ伯爵家。かつての噂の元凶ともいえるイーヴァ伯爵家。……クソッ)
俺の表情を見て何か悟ったのか、バートハート殿は落ち着いた様子で俺を宥める。
「ギルベール殿。反獣人派は貴族には決して少なくなく、王都の民も多くがそうだといえる。だが、決してそれが敵になるとは限らない」
「……はい。解っています」
落ち着けと自分に言い聞かせる。そんな俺の肩に乗った守護獣がぺたぺたと頬に触れているのが感じられた。
その感触もまた俺を落ち着かせてくれる。感謝を込めて撫でてやれば嬉しそうな顔をした。
「クロサブル殿。あなたのお気持ちは確かに受け取った。……妻にも、意識が戻ったときに伝えておく」
「……はい。本当に申し――……いえ。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、クロサブル殿は礼儀正しく去っていく。おそらく第一支部へ戻る師団長のもとへ急ぐのだろう。
その背を見送り、息を吐いた。
「ここ数年、あまり考えなくてよかったことに直面したか?」
「……そうですね。そういえば、非常に面倒だったなと、思い出しました」
「ははっ。まったくだ」
ここ三年に俺も慣れてしまっていたのだろう。
思ってため息がこぼれ、そんな俺を不思議そうに守護獣が見つめていた。




