47,それが自分にできること
師団長会議が終わればそれぞれ受け持つ師団へと戻る。俺も会議室から第九師団のもとへ戻るため廊下を歩く。
「まさかシュバルツが君たちと合同訓練をするとは思わなかった。あいつは団長直属か第一師団くらいとしかしない生粋の武人だからな」
「俺も話をもらい驚きました。部下たちにも貴重な機会になり、非常にありがたいです」
「そうだな。それに、君が率いるようになって第九師団の実力はとても上がっている。興味を持つのも当然か」
「ありがとうございます」
廊下を歩きながらバートハート殿と言葉を交わす。
バートハート殿率いる第二師団は第一支部勤めなので、このまま城を出て戻ることになる。俺と同じ道は途中までだ。
「また今度第二師団とも訓練を頼もうか。君たちとの訓練は騎士一人ひとりの実力の底上げに非常に有益だ」
「ありがとうございます。第二師団も強者揃いですので、部下たちにもよい経験になります」
「うきゅ。うきゅきゅー」
「どうした?」
肩に乗る守護獣が俺になにか訴えてくる。ちらりと視線を向けるとなにか言いたげに俺を見るので、そっと手を出す。
手に乗った守護獣をそのまま目の前に連れてくる。俺が歩く振動が手に、守護獣に伝わって少し上下している。
「うきゅぅ……。うー」
なにか言っている。むすっとした顔で。
(……不服? 拗ねている?)
そんな表情だ。
それを見て考える。守護獣が不服を覚えるようなことが何かあっただろうか?
「……静かにしていろと言ったことに不満があったのか?」
「きゅきゅきゅ」
「違うのか……? では……隠形させろと言われたことか?」
「きゅきゅきゅ」
俺が言葉を紡ぐたびに守護獣が首を横に振る。どれも違うらしい。
ではなんだろうか……。首を捻る俺の隣からくすくすと笑う音が聞こえた。……俺が守護獣の意思を読み取ろうとしているとき、こういう周囲の反応は度々ある。
「バートハート殿。なんでしょう?」
「いや。守護獣は、シュバルツのことで不服なのかな、と思って」
「きゃう」
「そうなのか……?」
守護獣がバートハート殿を見て首を縦に振った。バートハート殿も守護獣を視て笑みを浮かべたまま教えてくれた。
「以前もシュバルツに受けて立つと言っていただろう? シュバルツは君が守護獣の力を使えるようになってからの試合を楽しみにしているようだが、守護獣は君がしてきた訓練を知っているから、いつでも受けてやるぜと思っているのに、君は人にそういうことを言わないし見せない。知っている身として少し不満なのかな、と」
驚いた。バートハート殿がそこまで読み取っていたことも、守護獣が縦に振る首がそれを肯定していることも。
守護獣を視れば「うきゅきゅー!」と短い手を精一杯上にあげている。
「……なぜ、そこまで読み取れるのですか?」
「ん? 守護獣は主を想っているから、その人の性格や為人を多少と知っていればな。自分の守護獣ならどうかと考えることと、あとは経験則。まあ、外れることも多少なりとあるが」
「そうですか……」
俺は、他者の守護獣など全く分からない。自身の守護獣ですら、読み取れない。
経験からくるものなら、俺はだれよりもそれが足りない。解っている。それが一朝一夕にはどうともならないものであることも。
「それに、君の守護獣は非常に表情豊かで、君が大事だと態度で表現している」
手から肩に移動し、すりすりと頬を寄せてくる。……それは俺も同意できる。
そんな俺と守護獣を見て、バートハート殿は優しい目で笑った。その大きな手が、俺の頭に載せられる。
「!」
「守護獣の意思を読み取るためのアドバイスを一つ。――君がもっと、君を大事にしなさい」
そう言って、バートハート殿の手が俺の頭から離れた。
離れていくぬくもりが、その手の大きさが――……記憶にあるものに重なる。胸が、少し痛む気がする。
「……善処、します」
「ははっ。君らしい答えだ。とはいえ、君の奥方がいれば心配ないかもしれないな」
「それは……安心できるものなのでしょうか?」
「私はおおいにできるものだと思っているが?」
にやりと笑みを浮かべながら俺を横目に見ないでほしい。
彼女がどういう人か、バートハート殿とてこれまでのことで知っているだろうに。
バートハート殿は視線を前方に戻して笑みを消すと、声音を変え、少しだけ声量を落とした。
「とはいえ、奥方は大丈夫か?」
「……」
「今はなにかと騒がしい。相手のせいで余計に」
「……カフカント家を疑っておられますか?」
「あの方は常に中立だ。己を窮地に落とすような無謀はなされない」
裏があるだろうと、その目が俺に問うてくる。
しかし、俺も正確なところが解らない。だから沈黙を返す。
少しの間、廊下を歩く足音だけが耳に入る。守護獣も俺に言いたいことを伝え終えたからか、静かに肩に乗っている。
カツカツと靴が鳴る中、もうすぐバートハート殿と別れるというところで、俺は口を開く。
「――バートハート殿。彼女とカフカント夫人の間にある噂、ご存じですよね?」
「ああ」
「それについて、どう思っておられますか?」
俺の問いにバートハート殿はしばし沈黙した。答えられない、ではなく、考えている。
バートハート殿とて貴族だ。社交界にも姿を見せている。
だからこそ知っているはずだ。バートハート殿は俺とは違い、貴族社会の話題もよく知っている。
「……正直なところ、話を聞いたときにはそんな人かと思った。だが、今のロザロス夫人を見ていると信じがたいと思う。今回のことでまた耳に入り、そういえばと思い出したくらいだ」
「……」
「だが気になるのは、ロザロス夫人もカフカント夫人も一切否定に動かないことだ。お二人は社交界でも目立つということはない――……まあ、いろいろな噂で目立ってはいるが、それも言葉。本人たちがその場での行動で何か起こしたことはない。――なにかが形を変えた、それが妥当なところだと思っている」
別れの場所。そこに着いて互いに足を止める。
バートハート殿は俺をまっすぐ見て、俺もバートハート殿を見る。
「俺もそう思います。そして叶うなら、その噂も、今回のことも、だれもに真実を知らしめたい」
「……意外だな。君がそんな大胆なことを言うとは。……夫人のためか?」
「……」
その言葉に、咄嗟の言葉が出なかった。
彼女のため。そう思ってこんなことを言ったわけではない。
俺のため。そんなことを自分で思ったことはない。
ただ。ただ――……
『わたしが、君を幸せにする』
初めての衝撃をそのまま俺の胸に残している、彼女の表情と言葉。
「――……彼女に、返せるものを返したい」
どんな想いで生国を出て。どんな想いで俺のもとへ来て。
父親のことも戦のことも気にしていないとあっけらかんと言っていた。だが――……それでも、心に傷があるのは間違いない。
家族を失う痛みを、俺とて知っている。
それはなにも違わないはずだ。
(彼女が、俺を幸せにすると言うのなら――)
俺は、彼女を幸せにする、なんてことは言えない。
だからこれは、ただの、恩返しのようなものだ。
そう思って告げた俺に、バートハート殿はうすらと笑みを浮かべて頷いた。
「分かった。私も可能な限り協力しよう」
「ありがとうございます」
礼を言う俺にバートハート殿は気にするなと言うように肩に手を置く。その重みと協力を惜しまないと言ってくれる態度に感謝を抱く。
「ロ、ロザロス第九師団長様……!」




