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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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46,新たな噂

 ~*~*~*~*~*~






「――……は?」

「あー……さすがに主サマも驚くか。あからさまっていうか、こうなると主サマも利用された側だよなあ……」


 屋敷の使用人の中には「奥様のお見舞いを…」と言ってくれる者が少なからずいる。そういう者は日中にわたしの部屋を訪ねてくる。だから、いつ屋敷の使用人が来ても問題ないよう寝間着を着用している。

 わたしの側には常にリアンかアステナが控えているから、屋敷内での用事は二人に頼めば問題ない。リアンも今のところ「奥様重病!」をちゃんと通してくれている。

 そして、そんなわたしに情報を運んでくれるのは密偵であるゼノンとアラン。


 ギルベールが夜会に出席している夜。リアンとアステナはもう今日の仕事を終えた。そのタイミングでゼノンがわたしのもとに報告にきた。

 ベッドの上のわたしを見つめるゼノンは、腕を組んでやれやれと肩を竦めている。


「今の社交界はそれが回り始めてる。どうします?」

「発信元は?」

「今アランが調べてる。すぐ分かる。……予想、できてるんじゃ?」

「……」


 候補は、いくつもある。それらが頭の中を駆け巡る。


「……ギルベールもそれを仕入れてくるだろうな」

「だろうな。今夜の夜会、カフカント侯爵家も総出で出てるみたいだし」

「そうなのか? それは――……思い切ったな」

「だよなあ。噂の渦中に飛び込むとか、どっかの姫サマみてえだわ」

「そんな誰かの密偵になると決めたのは誰だったかな?」

「あー。空が綺麗だー」


 くるりと頭が動いて窓の外を見る。空は暗いし雲が多いんだが?

 そんなゼノンに喉の奥が震える。


 むすっとした表情が向けられ、そんな表情を見つめる。


「こうなったらもう放っておいてもいいんじゃねえか? 後はあっちが払拭に動くべきだろ?」

「そうだな。普通の貴族なら、そうだろうな」

「……はいはい。主サマは変わってましたね」

「わたしはわたしのやり方でやるだけだ。――ゼノン」

「あいよ」


 わたしを「主」と言いつつ言葉は砕けているし礼儀もない。言いたいこともはっきり言ってくれるし、実力もある。

 非常に、よき密偵だ。


 なんだかんだ言いつつもわたしを見つめ、指示を待つ。迷いないその動きを見て口端が上がる。


「カフカント侯爵家に入れ。――調べるべきは、二つ」


 指でそれを示し、調べるべきことだけをゼノンに告げる。

 それを聞き、ゼノンは迷うことなく「了解」と了承すると、姿を消した。


 そろそろ日付が変わる頃か。そう思って窓の外を見る。


 社交界に回り始めている噂。ゼノンからの報告を思い出し、少し、胸が痛む気がした。


「……大丈夫だ。だから、安心しなさい」




 ♢




 翌朝。ギルベールが出勤前に部屋に来てくれた。

 用件はもちろん昨夜の夜会のこと。


「――というわけで、あなたの病状はそれとなく流布しておいた。犯人についても」

「ありがとう。演技はうまくできたかな?」


 少しだけ面白がって聞いてみると途端に渋面顔になる。言葉よりも雄弁で思わず笑ってしまう。守護獣はどこか誇らしげに「できた!」と言わんばかりに胸を張っているんだが?

 なにか言いたげに、けれどそれをこらえるように息を吐き、ギルベールはわたしを見る。


「それからもう一つ、どうやら今、ある噂が出回っているようだ」

「内容は?」

「……。――カフカント夫人は、侯爵だけでなく子息オリヴァン殿まで誑かしている、と」


 ゼノンから聞いたのと同じ内容だ。どうしても口端が上がるのが自分でも分かる。

 それを見てなにを思ったのか、ギルベールは僅か眉根を寄せた。


「……まだ、関与する気か?」

「もちろん」

「毒の件に関してならば異論はない。だが……違う状況になってきている。もうここで手を切ってもいいと、俺は思う」

「そう思う者がほとんどなんだろうな」

「……。では俺からも聞きたい。カフカント夫人とあなたの噂。あなたはあながち間違いではないと言ったが、本当はなにがあったんだ? ……それが今回の事態、あなたや夫人が狙われたことに関係しているんじゃないのか?」


 読みは、悪くない。わたしもそう思っている。

 そしてそれは――『シルティ』とアリシャ・クロサブルを踏みにじった、噂の始まり。






 ~*~*~*~*~*~






『ロドルス国王都では、どうしても、人間種が獣人といればよく思われない。それだけさ』


 今朝。彼女に昨夜の夜会のことを報告し、噂について聞いた俺に彼女はそう言った。

 それ以上、なにも言わなかった。


 王都民は獣人嫌いだ。それは俺も感じている。

 彼女を娶ってからの貴族の社交界、彼女が町へ出て直接知った平民層での蔑視。どちらも決して気分がよくなるものではなかった。

 辺境領では互いに声をかけあうし、商売関係の話だって笑みを交えてしあう。それを見て、その中で生活していた俺にとって、王都の獣人蔑視は理解が難しい。


(それが、噂の根底)


 カフカント夫人も言っていた。――噂が流れたのはイーヴァ伯爵令嬢と取り巻きに見られたから、だと。

 彼女たちが獣人が関わることにいい噂など流すわけがない。そして彼女は、もとから流れていた数々の悪評と混ざり、悪女と認識された。


(カフカント夫人はそう思っていない。……夫人は、彼女と交流をもとうとしていたのか?)


 そもそもに、なぜ、彼女とカフカント夫人は泣いて嗤ってという噂にされた時間を過ごすことになったのか。例の病で倒れる以前までに彼女が外出したという報告は一度も受けていない。

 考えても、思考が忙しくこれという推測が浮かばない。


 ……いや。今は仕事に集中しろ。

 思考を切り替え、目の前の書類を見る。書類の側で守護獣が同じように書類を覗き込んでいる。解らないのか、すぐに視線を外して机を降りると俺の膝に乗った。


「次。予定されている師団合同訓練についてだが、第三師団と第七師団」

「ああ、間違いなく。我が第三師団が演習場にて第七師団と訓練を行う」

「第七師団、相違は?」

「ありません」


 騎士団にて騎士団長と各師団師団長が行う師団長会議。今はその最中だ。


 俺も合同訓練予定の書類を見る。

 第三師団師団長であるボルダッツ殿。第七師団師団長であるシェルギニツ殿。どちらも俺はあまり言葉を交わすことはない……というか、俺を嫌っているので、最低限の会話以上はしない。

 ボルダッツ殿は以前でもそうだったが、俺をあからさまに嫌っている。シェルギニツ殿も社交界では反獣人派の態度をとっている。俺のことについても彼女のことについても気が合うのだろう両者は時折合同訓練をすることがある。


 立場的に似たところがあるのは騎士団長も承知の上なのだろう。両師団長をちらりと見る。


「両師団長、広く、部下の力を伸ばす鍛錬を期待する」

「はい」


 ボルダッツ殿は僅か眉根を寄せ、シェルギニツ殿は殊勝な態度。

 そんな両者をちらりと見てから、騎士団長の続きの言葉を待つ。


「それから、第六師団と第九師団」

「あいよ」

「はい」


 俺とワルツハルト師団長が応じる。それを見た騎士団長は僅かに片眉を上げた。


「珍しいな、シュバルツ。おまえが第九師団と訓練とは。初めてじゃないか?」

「まあな。第六師団おれらに比べりゃまだまだだが、やってみるのもおもしれえかと思ってな。おいギルベール。ちっとは守護獣の力、使えるようになっただろうな?」

「……訓練中です」

「なんだまだかよ。早くしろ。おいこら守護獣。おめえもさっさと俺とやりあえるようになれ」

「うきゅ!? うきゅきゅー!」


 俺の膝でのんびりしていた守護獣が呼ばれたことでぱたぱたと飛んで机に乗り、威勢よくなにかを訴えている。しかし小さい見目のせいかワルツハルト師団長に「やる気だけは一丁前だな!」と笑われた。

 守護獣はそれに対してさらになにか言いたそうにしているが、今は騎士団師団長会議の時間。守護獣を抱き、膝に戻す。「なんで?」というような目で俺を見上げるので「少しだけ静かにしていてくれ」と頼んでおく。


 緊張感のある師団長会議も俺の守護獣がひとつ鳴けばどこか空気が緩む。

 それにあまりいい顔をしないのは俺をよく思わぬ師団長や俺に呆れている騎士団長。バートハート殿はくすくすと喉を震わせている。


「……ロザロス。守護獣を隠形させておいてはどうだ」

「すみません。私の守護獣は隠形を嫌がるので」


 騎士団長がため息をついた。しかし、嫌がるものを無理にさせることもできないので、俺もそれ以上言うことはない。

 とりあえず、こういうときは静かにしているようにちゃんと言い聞かせよう。そう決めた。


「今回の会議は以上だ。解散」






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